[読み物-03] 住まいで振り返る半生記【5】

【Episode 3 – 10歳~15歳】

まさかの両親離婚である。自分は父に引き取られたので、父との2人暮らしが始まった。だが、それは長続きしなかった。

自分は小学校を卒業して中学生になったが、この辺りの時期は自堕落で波乱に満ちた日々を過ごしていた。

10歳を過ぎて多感な時期に突入したせいか、エピソードに事欠かない。だんだん一つの部屋のエピソードが長くなってきた。

引き続き、家の話よりも思い出話の方が優勢だが、付いてこれているだろうか?w



部屋番号08 - 東京都中野区某所(その1)

両親の離婚に伴って父との2人暮らしを始めた家は、中野区の某アパートである。下記のような間取りの1DKだった。

0803

まぁ、取り立てて特徴のないアパートである。


この家に初めて足を踏み入れた時、玄関入った真っ正面に37インチのテレビが鎮座していた。見たこともない巨大なテレビになんだこれ、と思ったことを憶えている。37インチは今でこそ大したサイズではないが、当時はそんな大画面のテレビが家庭に置いてあることはまずなく、しかもブラウン管なので、とにかく見慣れぬ巨大さだった。

縦横1m、奥行き70cmくらいの巨大が画面が、床に直置きされている。仕事の伝手で入手したものらしい。

テレビは大迫力ではあったが、狭い部屋だし、地べたに直置きされていたので決して見やすいものではなかった。重さが100kg近くあって、そんじょそこらのテレビ台には載せられなかったので、直置きせざるを得なかったようだ。

後年になって引っ越しで運ぶのを手伝ったことがあるが、とにかく重くて往生した記憶がある。


さて、そんな家で口うるさいお袋や、手を焼く弟がいない春休みをのびのびと過ごし、4月の新学期から近所の小学校へ転入することになった。

ここに連れて来られる時に手ぶらで来てしまっているので、私物は何一つない。一応、後日坂戸の家からいくつか勉強道具などが送られてきたが、ほぼ新調することに。それらの調達は父がいつの間にか手配してくれていたのだが、転校して早々にそのことに起因する事件が起こった。

驚いたことに、父が買ってきてくれた体操服がよその学校の物だったのだ。学校に持参した体操服が他の子と違っていて発覚した。その日の晩に、体操服間違えて買ってきてるから、学校の物に交換してきてほしいと父に訴えた。が、これで我慢しろと言われた。嫌だよー。。。

学校の中で一人だけ近所の別の小学校の体操着である。そんな子供が転校してきたら、格好のからかいの的になるのは火を見るより明らかである。

父は子供の世界の微妙な機敏には全く疎い人間だった。この鈍さに後々何度か困惑させられることになった。


父は経営者なので帰宅は基本遅い。埼玉にいたころと比べたら毎日帰ってくるだけマシだが、大抵帰宅は22時過ぎであった。

晩御飯を作ってくれる人がいないので、いつも食卓に350円が置かれていた。それが夕食代である。何を食べたのか、とか、残高がどのくらいあるのか、とかといった使途は聞かれなかった。近所にコンビニがあったので、そこで買い食いしたり、父が週末に買いだめした食料を適当に温めて食べて節約を図り、たまった小遣いでコミックを買ったりして過ごしていた。

親の監視もほとんどなく、好きなものを食べて好きなことをやる解放感はたまらないものだった。寝る時間は21時とされていたが、見たいテレビがあれば、自主的に布団に入ることなどできるわけがない。一人でいることは全然平気だが、前述の通り、暗い部屋で寝るのだけは苦手だったので、もっぱら帰宅した父が階段を登る音に聞き耳を立てておき、音が聞こえたらすぐさま布団に潜り込む毎日であった。


そんな具合だったので、生活はだらけまくった。好きなものばかり食べていたので覿面に太るし、宿題も忘れがちになってしまった。勉強もスポーツもできない、よその学校の体操着を着たデブの転校生が、からかわれない訳がない。それを笑ってスルーするスキルがなかったので、学校では孤立しがちだった。

そういう生活を続けていても、父としても後ろめたさがあったのか、それほど強く咎められることはなかった。だが決められたルールを守らないとひどく叱られた。

Posted by gen_charly