[読み物-03] 住まいで振り返る半生記【15】

部屋番号12 - 埼玉県鶴ヶ島市某所(その2)

一人暮らしをしていれば、たまり場になるのは当然至極。幸い不良連中に目を付けられることはなかったが、家のしつけがあまり厳しくなさそうな友達を呼んで夜通し遊んだりした。
だが、この家はとてつもなく壁が薄かった。そして、自室の上階には朝の早いめっぽう短気なオヤジが住んでいた。こんな不幸あるか。

20時を過ぎて友達と雑談などしていようものなら、そのオヤジの奥さんが降りてきて部屋の呼び鈴を鳴らす。これが露払いである。
奥さんが疲れた顔で、主人が起きるので静かにしてくれ、と懇願してくる。
そこではすみません、と謝るのだが、もちろんバカ騒ぎをしている訳ではない。常識的な音量で会話しているだけなので、こちらもどうすればよいのか困惑してしまう(呼ばなければよいのだが)。
場が盛り下がるのが気まずいが、一応気を使って小声で会話する。だが盛り上がってくるとだんだん声のトーンが上がってしまう。


すると、上階の部屋のドアを盛大に開ける音と、ずしずしと階段を降りる音が聞こえてくる。大将のお出ましだ。
自室の前まで来ると、扉を殴るわ蹴るわ、シリンダーをガチャガチャ回すわしながら、5分ほど怒鳴り散らす。
そんなオッサンにまともに対峙したら殴り殺されかねないので、無視を決め込んだが、そんなことが2か月に一度くらいあった。


ある日、自宅の呼び鈴が鳴った。また上階の奥さんか。
1人で静かにしているのになんだろ?と思いつつ、ドアスコープを覗くとそこには件の奥さんではなく、背広姿の中年男性が立っていた。
当時迷惑セールスとかそういうものがあることを知らなかったので、無警戒に扉を開けると、その人はエホバの証人を名乗った。

エホバの証人が何であるか当時は知らなかった。知ってたら開けない。その人はキリストの教えについて一緒に勉強したいという。
宗教に対する先入観は何もなかったので、まぁ、世界観が広がるなら、くらいの気持ちでその人に付き合ってみることにした。狭い玄関先での会話だったので、正直、その教えというのはあまり頭に入らなかったが。。。
教えを聞いた後、今後も毎週土曜日に来ますといって帰って行った。


来たる翌週、指定の時間きっかりにそのおじさんはやってきた。手にはメロンを持っている。前週の会話で自分が中学生にして一人暮らしをしている、ということ知っていたく感心したらしく、少しでも助けになれば、と買ってきてくれたそうだ。
果物は正直あまり好きではなかったが、ご好意ということでありがたく受け取る。その日も同じような話を聞いて終わった。


そしてさらに翌週も同じようにやってきた。今度は手にブドウを持っている。
いくら世間知らずな自分と言えど、果物がそこそこ高価なものであることくらい知っている。そう毎回何かを持って来られるとだんだん不安になってくる。肝心のキリストの教え、というものも、なんだか縁遠くてピンとこない。正直もういいかな、と思ったのだが、さりとてもう来ないでください、と断るほどの勇気はない。


ということで、とった手段はまたしても居留守である。その人は毎度きっちり同じ時間にやってくるので、その10分くらい前から家の電気を消して息を潜めてやり過ごした。
そしたら、翌々週はやってこなかった。

今となっては申し訳ないことをしたな、という思いもあるが、当時はどうしようもなかった。勘弁ください。


この家に住んでいる時に中学を卒業し、高校生になった。約束どおり父からPCを譲ってもらい、以降PC三昧の日々を送る。
引っ越しをして半年が過ぎたころ、自由気ままにやりすぎたせいか、不規則な生活が祟ってだんだん体の調子が悪くなり始めた。寝つきが悪くなり、眠ると大抵嫌な夢を見る。起きてもすっきりしないし、昼間はずっとダルい。でも夜はシャッキリするので、また眠れなくなる。。。
なにかのきっかけでそれを父に話したら、じゃあ、そろそろ引っ越すか?と言われた。


なんで、そうタイミングよく自分の逃げ場を用意してくれるのだろう。
もちろん、それは自分の事を慮っての発言だけではなかった。父自身、あれから後妻との生活に再チャレンジを継続しているが、相変わらず振り回されっぱなしの生活が続いているらしい。結局、自分がいようがいまいが後妻の烈しさは何ら変わらなかったようだ。
もはや疲弊も限界に達し、何時爆発するか分からないので、いざという時の逃げ場を作っておきたい、と考えているとのこと。


少し広めの部屋を借りてそこで暮らさないか、といわれた。

この暗くて隣近所が煩いひどい環境の部屋からオサラバできるのなら、自分としても悪い話ではない。高校に入り通う先も決まったので、学校が近くなればそれもまたメリットである。


そんな訳で、このアパートは退去することとなった。

退去の際、初めて隣人の顔を見た。若い夫婦だった。挨拶のついでに夜うるさくてすみませんでした。と謝罪したら、上のオヤジ、あれ昔からなんだよねー、大変だったねぇ。と慰めてくれた。心のつかえを一つクリアして退去できたのはありがたかった。

Posted by gen_charly