[読み物-03] 住まいで振り返る半生記【29】
部屋番号18 - 東京都世田谷区某所(その2)
17.の家で暮らしていたころからバンド活動の方が軌道に乗ってきて、複数の団体を掛け持ちしたりしていた。それに伴って機材なども増えてきたので、運搬のために車が必要になることが増えてきた。月に2~3回のペースでスタジオリハが入るようになり、都度、埼玉まで車を取りに行くのは流石にダルいし時間も金も無駄なので、引っ越しが落ち着いた辺りで近隣の駐車場を探してみることにした。
と言っても駐車場代にそこまで予算が割ける状態ではない。せいぜい1万5千円くらいが上限だ。駐車場代も高い都内でそんな値段で見つかるわけがない、と思われるだろうが、自分は確たる根拠があった訳ではないものの、念入りに探せばお手頃価格のところが見つかるのではないか、と考えていた。
それはなぜかというと、以前父と中野で暮らしていたころ、父は駐車場を月8千円で借りていたからだ。
その駐車場は民家の使われていない駐車スペースを借りていたものなので一般的な月極とは違うし、15年も前の話なので今とは相場が違うということはもちろん理解はしている。
でも、世の中にはそういう条件で貸している人が確実にいるのだから、よく探せば見つかるのではないだろうか。まぁ、なくて元々なんだから気長に探してみよう、くらいの感じで探し始めて何軒目だったか、昔から地場で経営しているっぽい、ちょっと怪しげな店構えの不動産屋に入った。店の外見は人を寄せ付けなさそうなオーラに包まれていて、商売する気があるのかないのかよく分からない感じの店だが、こういう店は案外いい物件を持っていたりするものだ。
店に入ると、ボリス・エリツィンみたいな真っ白頭の年老いた店主が出てきて、「君みたいな若い人には安い方がいいね。じゃあ、ここを紹介しましょう」といって、出してきた駐車場は月1万5千円であった。しかも家から徒歩5分くらいの場所である。
やっぱりあった。きっちり予算内。自分が若いという評価はさておき、即座に契約した。
安いのには安いなりの理由があった。その駐車場はすれ違いに苦労するような細い道を通り、そこからすれ違い不可な細い路地に入って、しまいにクランクを抜けた先、というドライバ泣かせの場所にあった。そのうえ駐車場自体も狭いので、敷地内の切り返しも難儀する始末。
初心者ドライバーにはお手上げレベルの場所かもしれないが、まぁ自分はそこまで初心者じゃない。車が手元にあるメリットを考えれば、これしきデメリットのうちに入らない。エリツィン流石だぜ。
地元に駐車場を確保して、バンド活動がやりやすくなり、さあ、本腰入れるぞ、と腕まくりした矢先、メインのバンドでメンバーの入退団が頻発するようになった。メンバーが揃わなければスタジオに入ってもしょうがないので、活動間隔が空きがちになってしまっていた。
そこで暇そうにしているメンバーに声をかけ、自分がバンマスとなって新たにバンドを立ち上げることにした。ギターのツテがなかったので、雑誌でメンバー募集をしたところ、応募してきたのが家から10分ほどのところに住んでいる男だった。これまたご近所さんで。
そのギターの加入により、自分のバンドのメンバーはほぼ都内在住者で占められるようになった。それであればわざわざ遠いスタジオを借りる必要もない。烏山の近辺には3軒くらいスタジオがあったので、もっぱらの活動拠点はそれらのスタジオになってしまった。当然、車を出す回数も減ってしまう。頑張って借りたのになんだかな。。。
もっとも、リハ後にメンバーと駅前の居酒屋でワイワイやって、そこから10分も歩けば自宅というのは楽ちんだったので、これはこれでよかったのだが。
それと前後して派遣先も変更になった。コールセンター業務も丸4年、Win95も含めると4年半続けている。コールセンターばかりやっててもスキルアップしないので、そろそろ違う業務をやってみては、ということらしい。それで紹介された新たな仕事はヘルプデスクだったのだが、その客先はなんと自宅から自転車で通える場所だった。
街は充実、家は快適、職場も趣味の場も彼女の住まいも近所、車も手元、定期代もいらない。。。
自分の欲しいものは、ここ、千歳烏山の地で揃う。
そんなマンションポエムが簡単に浮かぶくらい、自分にとってこの部屋での生活は理想で完璧だった。