[読み物-03] 住まいで振り返る半生記【37】

部屋番号20 - 東京都世田谷区某所(その4)

ということで、荷物の引っ越しも無事完了し、晴れて区民にカムバック。
芦花公園という駅は、各駅停車しか止まらない地味な駅で、駅前も当時はちょっとした商店街とスーパーが一軒しかなくあまり発展していなかった。それでも借りた部屋は駅から徒歩8分なので、場所としては御の字である。隣の千歳烏山や反対隣の八幡山へも歩いて15分くらいで行けたので特段不自由な場所でもなかった。

また、駅と反対方向へもう少し歩けば、駅名にもなっている徳富蘆花にちなんだ蘆花恒春園という広い公園があって、散歩に丁度良かった。


さて、ここでスモールスタートで再起を図るぞ、と奮起したわけだが、肝心な仕事の方が数か月後に契約を打ち切られる事態となってしまった。

自分は幼いころから頭痛持ちで時々片頭痛に悩まされていたのだが、近所に頭痛外来を謳うクリニックがあることを知って、片頭痛から解放されるなら、と藁にも縋る思いで門を叩いた。

先生に症状を伝えると、きっと直るでしょう、との力強いお言葉。その言葉に安堵すら感じた。20年来自分を悩ませ続けた頭痛とオサラバするため、その病院で治療を受けることにした。

具体的にどんな治療をするかというと、首の付け根にある星状神経と言われる場所に麻酔を注射する星状神経ブロックという治療と20分ほどの点滴。それからデパスなどの薬剤の処方である。

治療を始めてひと月ほどで頭痛の回数が目に見えて減っていることに気付く。
これでついに頭痛持ちともオサラバと思うと、自然に気持ちが前向きになった。ところがこの辺から2つの副作用に悩まされることになる。


1つは自分で自覚のないハイ状態になることだった。その時の自分は至ってナチュラルなつもりなのだが、後で振り返ってみるとハチャメチャなことをやっている、と言う感じ。ある日、階段から盛大に滑り落ちてしまい、あちこちしこたまぶつけたことがあった。幸い大きなケガはなかったが、不思議と痛みも全く感じなかった。
自分はなんということのないアクシデントくらいのつもりだったが、たまたま一緒にいたI氏は、階段から落ちたのにヘラヘラしているから頭がヤバい状態になってんじゃないかと心配した、と後日語ってくれた。


その頃、医者で点滴を受けている間に世間話をしていた看護師の女の子と仲良くなり、ひょんなことからお付き合いすることになった。自分の性格上、ナンパなどできる訳がないのだが、その時も変なテンションになっていたようだ。
その人から、あそこの病院はやばいよ、という話を聞かされた。星状神経ブロックは人によって昏睡状態に陥ることもある危険な治療だし、そもそも完治しないから、ずっと通い続けなければならなくなるのでやめた方がいいよ、と助言してくれた。


助言に耳を傾けるまでもなく、自分自身も通い続けるべきかは悩んでいた。
というのも、その医者は自由診療方式を取っていて保険が使えず、一回の通院ごとに7000円から10000円程度の支払いが発生していたのだ。医師からは週に1度くらいのペースで通院するよう指導されているので、それを律儀に守っていると治療費が嵩んで家計に重い負担としてのしかかった。

だが、通院して治療を受ければ片頭痛になることはなく、生活の質は大幅に向上する。片頭痛のことを考えずに済むので、ちょっとくらいは無理しても平気だし、前向きな気分でいることができる。このメリットは計り知れなかった。

結局、彼女からの忠告を受けても、通院はやめなかった。


だが、もう一つの副作用によって、通院生活は強制終了となった。その副作用というのが寝たら起きられなくなることだった。朝起きられないことはしょっちゅうだったが、目覚ましに気が付かなかったり、電車で寝過ごしたり、ということは今までなかった。
特に朝起きられないのは由々しき事態だった。目を覚ました時には10時過ぎ、ということが度々起こって、勤務先へ無断で遅刻を繰り返すことになって、とうとう契約打ち切りの憂き目にあってしまった。先立つものが無ければ通院も出来ない。それで強制終了という訳だ。

通院を辞めるのを待っていたかのように、ほどなくその人とも終わってしまった。

Posted by gen_charly