[Inst-10] ROLAND SC-55mkⅡ
ピンボケの写真しか残っておらず恐縮だが、この音源は1990年代前半においてもっとも売れたMIDI音源である。なので懐かしいと感じる人も多いかもしれない。大いに売れたのはMIDI音源を用いたDTMが流行ったことや、PC9801シリーズ用のゲームの拡張音源として利用できたためだ。
MIDIの標準規格であるGM規格に準拠するのみならず、その規格をローランドが独自に拡張したGS規格にも準拠しており、32トラック、128音同時再生(だったかな?)というハイスペックな音源であった。
ただ、そうしたハイスペック音源だけにその価格も自分的にはかなりハイスペックなものだった。
この機種が大いに売れた当時、自分は時代遅れも甚だしいミュージ郎jr. Boardなる音源を使っていて、ブームの波に全く乗ることができなかった。
その後、せめてGMには対応している音源くらいは欲しいということでヤマハのCBX-T3を入手したのだが、ネット(当時はパソコン通信)で出回っている音源は大体SC-55辺りで作られているものが多くて、CBX-T3で再生させても微妙に再現性が悪かった。
だから自分もSC-55mkⅡが欲しいとずっと思っていたのだが、いかんせん高くて中古でも手が出せない。
そうして雌伏し続けること数年、ようやく中古でお手軽価格で売られているものを見つけたので、ついに入手したのがこれである。
早速手元のデータを再生してみたら、圧倒的に再現性が良くなった。そりゃ、この音源で作ったものなのだから当たり前なのだが。
前面には大きな液晶が付いていて、トラックごとのレベルメーターや設定している音色のパラメーターなどが表示されている。この液晶は実はMIDIでコントロールが可能で、オリジナルの文字や絵柄などを表示させることも可能だった。
当時はMIDI職人とでもいうべき、音源の性能を余すところなく使い切ってデータを作成する人がいた。そうした人が作成したデータがネットにごろごろ転がっていたので、探し出してはダウンロードして聞くのが楽しかった。
ところがそうしたMIDIブームが最盛期を迎えていた頃、突如JASRACがイチャモンを付け始めた。MIDIで作成した楽曲でもネットなどにアップロードする(個人で使用する物でない)場合に使用許諾と使用料の支払いを求めるようになったのだ。無料で提供している趣味のデータに使用料を払うバカはいない。冷や水をかけられる形でブームは一気に下火になってしまった。
捨てる神あれば拾う神あり、ということか、その事件と前後してブームになったのが通信カラオケである。当時の通信カラオケはISDN回線でメーカーのサーバーとダイアルアップ接続されていたので、リッチなコンテンツの送受信が出来ず、カラオケマシン側に使いまわせる映像データとMIDI音源を組みこんで音源データのみを通信して再生させるという方法を取っていた。
それまではレーザーディスクに生演奏と映像を入れたレーザーカラオケが主流だったが、映像や音声をいちいち収録しなければならないうえ、そのディスクチェンジャーに収められるディスクの枚数に限りがあることから、歌える楽曲が少し古めの誰でも知っているようなメジャーな曲ばかりという問題があった。
その点、通信カラオケは通信でデータをやり取りするだけなので、サーバー側のリソースが許す限りいくらでも新しい楽曲を取り揃えることが出来たし、誰が知ってるの?みたいなマイナーなアーティストの楽曲などもラインナップすることが出来た。もっとも、その演奏は生演奏と比較するとどうしても貧弱になってしまい、臨場感という意味ではイマイチではあったが、カラオケ愛好家のすそ野を広げることに大いに貢献した非常にエポックメイキングなものだった。
メーカーは次々楽曲をリリースするためにMIDIのプログラマーを大募集し、これがアーティストの卵にとって体の良いバイト先となった。
プログラムの仕方次第で生演奏に肉薄する音を再生させることも出来たので、MIDI職人の腕の見せ所でもあった。
ちなみに、その当時は有線放送がグレーゾーンすれすれで楽曲を配信していた。だが安価な月額利用料で様々な楽曲が配信されていたので、多くの店舗が導入してBGMとして利用していた。だがJASRACは店舗内でBGMとして楽曲再生する場合も著作権料の支払いを求めたため有線放送を廃止する店舗が続出。代わりに著作権フリーな曲を流したり、MIDIで打ち込んだオリジナルソングを流したりするようになった。居酒屋にいくと店の雰囲気に合わないJAZZが流れていたりするのは、そういう理由もあったりする。
(ついでに言えばライブハウスでアマチュアのコピーバンドが演奏する時も著作権料を払うよう求めたので、コピーバンドをブッキングしてくれるライブハウスも一気に数を減らした。)
街中で流行りのアーティストの楽曲を耳にすることが難しくなってしまったことが原因で、アルバムの売れ行きが落ち込んで日本の音楽シーンの地盤が沈下してしまったことも書きとどめておかなければならないだろう。音楽を積極的に聞かない人にとって流行の曲がなんだか分からなければアルバムなんか買う訳がない。まぁ当たり前の結果である。
大いに脱線した。まぁそんな訳で憧れの音源を手に入れた訳だが、自分が気軽に買えるようになるということは即ちモデルとしては末期であることを表す。言ってて悲しいが。当時、後継機種であるSC-88も発売されてからそれなりに時間が経過していたので、ネットにアップロードされているデータもSC-88上で作成する人の物が多くなり、この機種ですら正しく再現できないデータが増えてきた。
ある時、知人からヤマハのMU90を譲って貰えることになり、それを入手したことから、SC-55mkⅡは別の知人に譲ることとなって、過去帳入りとなった。