[読み物-03] 住まいで振り返る半生記【20】
【Episode 5 – 18歳~22歳】
ついに念願の独立である。決してイージーモードといえる生活ではなかったが、自分で自分の人生を切り開いていく感覚はなかなか面白かった。当時は都内へ進出するだけの収入もなく、まだ地元の友達とも遊びたかったので、坂戸、川越あたりを転々しながら暮らした時期である。
親元を離れて少し距離を置いたつもりだったが、ちょっとした誘惑にかられ、一旦実家に戻ることになった。
がその誘惑はとんでもない罠だった。
部屋番号14 - 埼玉県坂戸市某所(その1)
高校を卒業して、すぐさま独立という道を選んだ。とはいっても働き始める前で手元資金がなかったので、いきなり都内進出など高望みだった。それでも一刻も早く後妻から離れたかったので、地元で物件を探すことにした。
自分の生計で暮らす部屋なので、自分の意思で探して決めた。自分で探すのだから、何かしら住んでてワクワクするような物件がいい、ということで、いくつか見た物件の中から選んだのがこの物件である。
この物件は、5階建ての鉄筋マンションの最上階。5階で見晴らしがよいというのみならず、なんとロフトがついている物件だった。
2階建てアパートでロフト付き、というのはよくあるが、5階のロフトというのは斬新だった。家賃は5万円ちょっとだったと思う。
5万と言う価格はこの辺りの同程度のアパートの相場より幾分安く、にも関わらずロフト付きである。即決したことは言うまでもない。
相場より安かったのは、駅から遠かったのもあるが、エレベーターがついていないせいで人気がなかったというのもあるようだ。移動はもっぱら自転車だし、体力有り余る10代だったので、階段の上り下りも全く苦痛ではなく、この部屋に住むことへの障壁にはならなかった。
父は5階までの上り下りはしんどい、と嫌がったが、折角の自分の城、両親にそう気軽に訪ねて来られるようでは困るのであえてそうしたという側面もあった。
初めてのロフト物件である。昔レオパレスのCMを見て、それ以来いいなぁと思っていたロフトである。憧れのロフトは4畳くらいの広さがあり、寝床としてだけでなくちょっとした隠れ家的に使える広さがあったのがうれしかった。
雑然とした写真で恐縮だが、弟が遊びに来た時に撮っていた写真が残っていた。写真を貰った時はなんでこんな所撮るかなぁ、と思ったが、今となってはこれも貴重な写真である。
ロフトだけに夏場は流石に暑かったが、大きな窓がついていて、そこを開けておけばどうにか扇風機だけで凌げた。というか、部屋にエアコンがなかったので、ロフトに限らず扇風機で凌ぐしかなかった、エアコン付きのアパートはまだ少なく、あってもそういう部屋は家賃が高かった。もちろん自腹で買う金もなかったので我慢するしかない。
5階の部屋ではあったが、窓から大したものが見えるわけではなかった。そんな景色でも初めての自分の城から見える景色である。特にロフトの窓から見る風景はとても気に入っていた。
間取りを見て、ロフトを寝室、下の部屋をリビングとして家具の配置などを考えたが、いざ荷物を運び入れたらとっ散らかってしまってそれどころではなかった。結果、終始部屋が雑然としてしまい、気取った一人暮らし、という訳に行かなかったのが残念な所。
下の部屋については写真が無いので、3Dイメージを掲載してみた。流石に記憶はおぼろげだが、概ねこんな感じの部屋だったと思う。
ロフトへ上がる梯子が壁に垂直に取り付けられていたので、昇り降りが少し怖かった。
引っ越してきて数日後、まだ部屋の片付けもろくに終わっていないタイミングで来客。ドアを開けると新聞の勧誘に来たというヤンキー上がりのような兄ちゃんがいた。色々サービスするから取ってくれないか、というのだが、新聞代など払う余裕はなかったので、丁重にお断りした。が、しつこく勧誘してきてなかなか帰らない。何度か取ってくれ、いやいらない、の押し問答を繰り返していたら、急にそいつがブチ切れた。
「てめぇ、これだけ頭下げてるのに取らねえとか抜かしてんじゃねーぞこの野郎。こっちは時間使って来てんだ、時間返せ!」
今だったら冷静に即通報するところだが、当時は世間知らずの坊である。相当面食らった。まだ電話が開通していなかったので、通報もできない(もちろん携帯など持っていない)。こいつが暴れて殴らたら嫌だなぁ、なんて思いが脳裏をよぎって、ことを荒立てずに購読しちゃおうかな、と一瞬考えたが、そもそも無い袖は振れない。再度丁重に断った。そいつは捨て台詞を吐いて立ち去って行った。
心臓止まるかと思った。しょっぱなから随分手荒い歓迎である。神様はもっと人生の門出を祝福してくるものではないのか。
後日、また誰かが家の呼び鈴を鳴らした。応答すると、新聞販売店だという。またかと思い、流石に今度はドアごしに話を聞く。その人はこの辺で数日前に乱暴な勧誘があったと苦情が入ったので、謝って回っているという。ウチも被害に遭ったことを伝えたら、ドアの向こうで平身低頭謝っていた。まぁ、今後気を付けてください、という話をして終わりにしようとしたら、、、
「で、差し支えなければ、改めて新聞の購読いかがでしょうか?」
てめぇ、こっちは死ぬ気で断ったというのに、馬鹿にしているのかこのすっとこどっこい、一昨日来やがれ、である。
新聞を取る気はないし、仮に取るとしてもヨソで取る。今謝罪されたくらいであの日の恐怖を許して購読なんてする気になれるものか。
そのおじさんには悪い気がしたが、金輪際来ないでくれ、と丁重に断った。