[読み物-03] 住まいで振り返る半生記【40】
部屋番号21 - 東京都調布市某所(その2)
この家に住んでいたのは2年弱だった。当時、勤め先の業績が好調で、周りの同僚や上司たちが続々とマイホーム購入に踏み切っていた。
自分もいずれはマイホームという希望はもちろんあったが、もっと年を取って収入が上がってから買うものだと思っていた。
だがその考えは間違いであると、先日都内のマンション購入に踏み切った同僚から諭されてしまった。年を取ったらローンは短期間でしか組むことが出来なくなり、同じ金額をローンで組んだら今買うよりも月々の支払いがきつくなる。将来、自分がそういうローンを払えるだけの収入が得られているかどうかは分からないのだから、資産形成のためにもむしろ今買って長期のローンを組んだ方が堅実だと。
更には、ここ数年地価が下落傾向にあり、都心エリアのマンションの売り出し価格が全体的に下がってきているそうだ。
基本的には数年前から続く不景気の影響によるところが大きいのだが、それ以外にも、このところ工場などの企業所有地の売却が相次いでいて、都心エリアに広大な敷地が多数供給されているらしく、それらが多数、マンションとして再開発されているので、供給が潤沢になっているらしい。
工場跡地など広大な敷地にマンションが建つと、数百戸規模の大規模マンションになる。それだけの戸数になると、自然と価格が安めに設定される。そして近隣に同じようなマンションが複数建つと、更に下げ方向の圧力となる。
そんなわけで今、全体的な相場が下がってきているのだが、そうした大規模な敷地も限りがあるので、供給がひと段落すると今度は売り手市場になって価格がまた上がることが見込まれる。だから、資産形成も考慮して、今が一番の買い時だ。そんな話を世話焼きの同僚が熱心に語ってくれた。
都心部に持ち家など、数年前の自分には考えられなかったことだ。だが、今なら現在の家賃と同程度の支払いで、都心部に3LDKとかの家が買えるらしい。
今のアパートは概ね気に入っているが、同じ家賃でもっと広い家に住めて、ローンの支払いが終わればそれが自分の物になる。。。それなら将来性を考えて今購入に踏み切った方が得である筈だ。
万一仕事に支障を来して支払いが難しくなっても、都内であれば売れなくて困る、と言うこともないだろう。
彼女にそういった話をして、マンション購入に向けた調査や物件探しを始めようとした。が、そのとき彼女から待ったがかかった。
「その前に言うことがあるんじゃないの?」
マンション購入の話に舞い上がって、意識の外側に行ってしまっていたが、まだ彼女である。もちろんそろそろ結婚というのは考えていたが、マンション購入を新しい賃貸物件を探すのと同レベルで考えていた。
確かに、同棲状態のままマンションを買うのは順番が違う。改めて彼女に向き直り、正式に家族になって欲しいと申し入れをした。
なんだか、マンション買うから結婚して、と言っているような気がしてならない。。。もちろんそんなつもりはないのだが、そこを繕う言葉が浮かばず焦る。まぁ、そういう前振りの後に言った言葉なので、織り込み済みだったとは思うのだが、切り出すタイミングを間違えたと思って、すごく気まずくなった。
不安な時間が少し続いたが、幸い首を縦に振ってくれた。なんというか、自分もついにここまで来たか、と万感の思いがこみあげてきた。
親に振り回され続けた子供時代。フラフラして人生設計らしい設計もしなかった20代。そんな人間が家庭を持って人並みの人生を送ってもよいのだろうか、という不安もなくはなかったが、これから人並みの人生がスタートする。少なくとも親の二の舞にだけはならないようにしよう、と固く決意した。
というわけで、長々思い出話を取り留めもなく書いてきたが、ここでいったん区切りとしたい。
マンション購入は自分の終の棲家を手に入れることと同義であり、イベントごとに家を引っ越すという不思議な家庭環境をその時々で暮らしていた家のエピソードを交えて話すという趣旨からかけ離れてしまうので、マンション購入以降の話についてはまた改めて綴りたいと思う。
(おわり)