[読み物-04]マンションを買って売った話【1】
前回、読み物-03として自分の半生記を公開して恥を晒したわけたが、あちらは自分がその時々に暮らしていた家のことと絡めつつ、その間の思い出をあれこれ書き連ねてみたものだ。カミさんとの結婚とマンション購入の決断をしたところで一旦区切りを付けさせてもらったのだが、それは自分の人生が結婚を転機に大きく変化し、それまでのバタバタした日々が嘘のように平穏な毎日になったためである。両親に振り回されることもなくなったし仕事も安定した。
要は、書くことがなくなってしまったという次第。そのように風向きが変わったのは、自分自身の力というよりは絶妙な手綱捌きによって自分をコントロールしてきたカミさんの堅実さによるところが大きいのだろう。
で、上述のとおりマンションを購入した訳である。マイホームの購入というのは大抵の人にとって一生に一度あるかないかの出来事であり、勿論自分も初めての経験だったが、いざ自分が購入する立場になってみると、マンション選びにおける理想と現実の駆け引きだったり、契約する時までの様々な検討事項だったり、入居するまでに起こるイベントだったり、印象深い出来事が沢山あった。
ちなみに一生に一度の買い物、と書いておいてなんだが、自分はそのマンションは10年を待たずして売却してしまった。事情は種々あるのだがそれはいいとして、売却する時にもまたあれこれ興味深い出来事が発生した。
折角なので、それはそれでまとめておきたいと思い、マンション購入から売却までの四方山話を、新シリーズ「読み物-04」としてつづってみようと思う。
購入決意と物件探し:
当時自分が勤務していた会社は、自社のビジネスモデルがヒットしたことで業績が右肩上がりだった。いきおいボーナスも大盤振る舞いで社員の懐事情がいい感じに潤ったためか、同僚や上司が続々とマイホームの購入に踏み切っていた。一方、自分は持ち前の散財癖によってほんの3年くらい前までじり貧にあえぐような暮らしをしていたので、マイホームを買うことなど微塵も考えていなかった。それよりまずは生活の基盤を立て直す方が先だからだ。
そもそも、その当時暮らしていたアパートは建物も新しいし駅からも近いので、さしたる不満があるわけでもなく、引っ越したくなる動機があまりなかった。強いて不満を挙げれば間取りが1LDKだったので荷物持ちの自分としてはやや手狭に感じることがあったくらいなものだ。
そんな自分にマンション購入を唆したのは世話好きの同僚である。彼は終の棲家のみならず、健全な資産形成の手段として前年に区内のマンションを購入していた。そうした経験からマンション購入なら今が一番、と半ば説得するような勢いで勧められたのだ。もちろんそれでどこぞの投資物件を買え、なんて話だったら、もうすぐにありがとうございました、といってお引き取り頂くところだが、そういう訳ではないらしく、単に世話好きなだけで下心はないっぽい。
自分は生まれてこの方殆どの期間を賃貸住宅で根無し草のように過ごしてきたためか、いつかはマイホームを手に入れてみたい、という漠然とした憧れをずっと持ち続けていた。なのでチャンスだというなら手に入れたいと思うが、とはいえ購入したらお金を払うのは自分である。マイホームを購入してローン地獄に陥るなんてことになったら恨んでも恨みきれない。
そんな話を(もう少しやんわりと)伝えると、じゃあ今の家賃は?と聞かれた。アパートの家賃は10万円ほどである。そう回答すると、それだけ支払っているなら、同じ金額をローン返済に充てるだけで、都区内に3LDKが買えるよ、という。そうなの!?
今は地価が下落傾向だし金利も下がっているので、35年でローンを組めばそう言った物件が充分射程圏内に入ってくるらしい。自分が今から35年ローンを組んでも支払いが終わるのは60代後半である。いつ定年するか、あるいはいつ仕事をパージされるか分からない不安はあるが、後回しにしていたらその分もっと買いづらくなる。
そう考えると確かに買い時なのかもしれない。まぁ、焦って無理に買う必要はないとは思うが、いずれチャンスが来た時にすぐ動けるよう、情報収集くらいは進めておいて損はなさそうだ。
と、丁度その頃、自分の上司がマンションを購入した。先の世話好き同僚の発言を裏付けるように、都区内の4LDKのマンションの高層階、角部屋というリッチな部屋であるにもかかわらず、自分が住んでいるアパートの家賃と同程度のローンで手に入れたという。
それを聞いたら、情報収集などせずともちょっと探せばすぐに理想の物件に巡り合えるような気がしてきた。そう考えたら善は急げ、である。
前後して当時同棲していた今のカミさんと晴れて夫婦になった。そのせいでその年はイベントが目白押しだったので多忙極まりない毎日だったが、その合間を縫って物件を探し始めた。
理想は今暮らしている京王線の沿線で、中層階以上の日当たりの良い4LDKである。
京王線沿線は落ち着いた街が多い。日常生活を送るのに非常に暮らしやすい街なので、できればこれからもこの地域で暮らし続けたい。
日当たりと階数はセットである。マンションに暮らす最大のメリットはその日当たりのよさと眺望ではないかと考えている。だが都内ともなればタワーマンションでも買わない限りは周囲の見晴らしがよい場所など相当限られている訳で、見晴らしについてはひとまず置いておくとしても日当たりの良い部屋はマスト条件にしたい。そうなるとある程度の階数より上の部屋でなければならないだろう。
そして間取りの4LDK。まだ結婚したばかりなので、すぐに子供が欲しい訳ではないが、将来的には2人くらいは設けたいと考えている。その前提だと2人の子どもそれぞれに部屋が必要になるはずだ。自分も趣味が多い人間なので作業部屋が欲しい。あと夫婦の寝室、となれば必然的に4部屋必要になる。カウントにカミさんが入っていないが、彼女は自分のプライベートスペースは不要であるらしい。
以上のような物件が3000万円台であるなら即決したいところだが、夢を見すぎだろうか。
何か月かに渡って近隣の物件をチェックしたが、そんな物件あるわけがなかった。やっぱり夢物語か。。。エリア条件をマストにするとそのほかの部分で何かしらは諦めなければならない。部屋の広さだったり、日当たりだったり・・・。
周辺の他路線の沿線もチェックしてみたが、どこも似たり寄ったりだ。JR線沿線や東急線沿線はブランドイメージが高すぎて話にならないし、小田急線や西武線沿線も京王線沿線以上に高い。
一方で、埼玉、千葉方面を向くとだいぶお手頃な感じになってくる。立地さえ我慢すればそれ以外の理想が全て兼ね備えられている物件もある。でもあの辺は街の印象もあまり良くないし、通勤が取り立てて便利という訳でもない。だったらまだ当面今のアパートのままでいい気がする。
ダメもとで都区内も調べてみた。まぁそんな都合の良い物件があるわけないだろうな、と思っていたのだが、思ったよりは物件がヒットした。
ただ、それらの物件は基本城北・城東エリアに限られる。即ち板橋、北、足立、葛飾、江戸川、といった他県と接する辺縁のエリアである。
板橋や北はまだしも、足立から向こう側は低地なので地震や洪水に弱そうだ。町のイメージもあまり良くない。以前からそう思っていたので、これまで長いこと世田谷~調布の界隈を離れずにいたのだ。それなのにこれからさらに長い期間を暮らすであろう終の棲家をそうした脆弱でイメージの悪いエリアに構えるってどうなのよ。
とはいえ、このエリアは通勤の面では調布と比べたらかなり便利な場所である。城東、城北とひとくくりにして切り捨ててしまうには惜しい気もする。よく調べて行けば場所によって雰囲気が良くて地盤が安定している地域もあるのではないか。
この辺りの物件は全体的に相場が低めになっていて、条件を入れるとかなり沢山の物件がヒットしてくる(その理由はこちらに記載)。それらを一つ一つ選別していくと、最終的に荒川区に建設予定のマンションが候補に残った。
ということでそのマンションのモデルルームを見に行ってみた。モデルルームはどこもそうだが、希望に満ちた暮らしのスタイルが提案されている。見ていていいなぁとは思うが、自分らがそういう暮らし向きになるわけがない。どうせ部屋の中はとっ散らかって生活感あふれる部屋になってしまうに決まっているので、そうした暮らしの提案は参考程度。
その後商談スペースで営業担当の話を聞いた。まず、自分らがどのくらいのローンを組めるか聞いてみた。年収を伝えると少し調べられて、想定以上の高額ローンでも審査は通るであろう、ということだった。もちろんその分支払いは大変になるのだが、ちょっと夢が膨らんでくる。
そのマンションは3LDKクラスの部屋が多かったが、4LDKの部屋も多数販売されている。理想の4LDKだ。もちろんそれは当初の想定予算を超えるのだが、それでもボーナス払いを併用すれば11万程度の支払いで買えるらしい。それなら理想にこだわっても良いだろう。
間取り図と価格表の中から、我々の条件に合致する部屋をチェックしたところ、2つの部屋に候補が絞られた。それらの部屋はいずれも4LDKで階層は15階。最近のマンション間取りの傾向に則ってかなり広々とした間取りになっている。こんな部屋が自分の資金力で購入できるのか。
1つの部屋は南向き、もう1つの部屋は東向きの角部屋で、東向きの方は付近に建物がないので良好な眺望が得られそうな感じだった。
最寄り駅までは少し歩くが、その最寄駅から都心までは8キロほどなので通勤はかなり楽になりそうだ。
荒川区は周囲を北区、足立区、墨田区、台東区、文京区に囲まれた区で、他の区の知名度からするとイマイチぱっとしない自治体である。かつて小塚原の処刑場があった地であり、今でも南千住にはドヤ街が、三河島周辺にはコリアンタウンが残る全体的にやや香ばしいエリアだったりするのだが、その割に思ったより治安は悪くない。マンション建設予定地もそうしたエリアからやや距離を置いているので、そこまでナーバスに考える必要はないのかもしれない。何より、これまで見てきた物件の中ではこのマンションがダントツで条件が揃っているのだ。
ちなみに荒川区も周辺エリアと同様、主として低地帯に位置する自治体なのだが、販売会社の説明によると建設予定地の周辺はそうしたエリアの中において比較的地盤が安定している場所にあたるそうだ。であればその点についても安心して良いのかもしれない。
それほどまでに好条件のマンションではあるのだが、実はもう一か所板橋区にあるマンションも候補として挙がっていて、その物件との比較は大いに悩んだ。
そのマンションは7階の東南角部屋の4LDKという物件だった。こちらも条件は全て揃っているうえ、廊下の突き当りの角部屋なので自室の入口に門扉が付くよりリッチな作りになっている。荒川区の物件よりは低層階になるが、各部屋の日当たりはこちらの方が上等な感じだ。にもかかわらず価格は荒川区の物件よりも数百万円ほど安かった。それは立地の問題ではなく、当初の購入希望者が審査落ちしてしまってキャンセルになった物件であるためらしい。早く売却を済ませたい売り主の意向により大幅な値引きが入った部屋だった。
板橋区なら地盤はそれなりにしっかりしているだろう。そのことまで加味するともうこちらがベストバイと言ってよい物件なのだが、問題がひとつだけあった。それは自分の直属の上司が同じマンションの棟違いに住んでいることだった。というかその上司からこの部屋が売りに出ているという情報を得たのだが。
棟違いとはいえ、同じマンションに住んでいるということは、オフの時に顔を合わせる可能性があるということだ。管理組合の役員がかぶったりしたら、仕事以外でも毎月顔を合わせなければならない。といっても、自分は毎日顔を合わせて会話をしている相手なので、そのことについてはそれほど気にならないのだが、カミさんはプライベートは距離を置くタイプで、職場の人間と常日頃顔を合わせるリスクを感じながら暮らすのはイヤというダメ出しがあり、自分としてはかなり後ろ髪を引っ張られまくったのだが、結局こちらのマンションは候補落ちとなってしまった。
と、そんな経緯があって最終的に荒川区のマンションに絞られた訳だが、前述のとおりこのマンションは東向きの部屋と南向きの部屋が候補になっている。これもまた大いに悩んだ。価格や占有面積はほぼ同程度。通常同一間取りの部屋が東と南を向いていたら、南向きの部屋の方が高くなる。それが同程度なのがなぜかというと、東向きの部屋の方が眺望が良く、部屋の造りがリッチだったからだ。南向きの部屋は幾分シンプルに作られていて、かつ南面に隣接して同程度の高さの別のマンションが建っているので、階層の割に眺望が期待できないというデメリットがあり、結果的に同程度の価格になっているという訳だ。
自分のマンション選びの基準として眺望の良さは良ければよい残したことはないのだが、南面からの採光も捨てがたい。眺望や部屋の造りを取るか、採光を取るかで悩んだ。悩んだ末、結局間取りよりも採光を選んだ。やっぱり日当たりが良くない部屋はいかん。
申し込みをしたらもう後には引けない。申し込みを終えた後で、やっぱ東向きの部屋の方が良かったかなぁ、とか、カミさんを説得して板橋の方にしておけばよかったかなぁ、と何度も自問自答する羽目になった。
申し込みの際、オプションの申し込みも同時に行った。オプションカタログに掲載されている物を注文すると、入居時までに整備した状態にして引き渡しになるそうだ。これがまたあったら便利そうだな、というものがわんさかと掲載されていて、あれもこれもと選んで行ったら、実に非現実的な価格になった。一旦深呼吸して、あっても使わないだろうな、という物を心を鬼にして省いたつもりだったが、それでも70万円分ぐらいになってしまった。その時は部屋の金額の大きさに比べたら些細な金額だったので、まぁそのくらいならいいか、みたいな気分だったが、販売会社の思うつぼだった気がする。これでも中古の軽自動車が買えるほどの金額である。少し後になって更に冷静さを取り戻した時、ちょっと無茶したなと思った。
ローンは販売会社が提携している銀行で契約することを考えていたのだが、職場の例の世話焼きな同僚から、職場の取引銀行を使えば色々サービスが受けられることを教わった。それでその銀行にも相談したら、金利の通年-1%優遇と団体信用生命保険料(団信)の銀行側負担を提示してきた。
団信とは契約者が死亡するなどしてローンの支払いが出来なくなった時に、残債の支払いが免除される保険である。近年ではローンを組む時に自動的にセットされ、保険料0円(というか銀行負担)というのが一般的になってきているが、当時は7、80万程度の保険料を契約時に一括で納める必要があった。それが無料というのである。金利優遇も1%と言ったら毎月結構な金額の差になる。その銀行で申し込んだのは言うまでもない。
ちなみに金利選択は結構悩んだ。ここ数年の金利はかなり低い状態が続いていて、変動金利を選択すれば毎月の支払はかなり抑えられるが、今後金利が上昇局面になった場合、容赦なく上昇していくことになるので、将来的に支払いが厳しくなるリスクがある。一方固定金利は複数選べて、1年固定、2年、5年、10年、20年、35年(だったかな)が選べる。これはその記載された年数の間契約当初の金利で固定される、というものだ。その代わり固定期間が長くなれば長くなるほど金利は高くなる。なので今後上昇局面に突入すると予測するか、当面低金利が維持されると予想するかで選択肢が異なる。固定金利を選んで金利が上昇しなければトータルで高い金利を支払うことになるし、変動金利を選んでバブルのような急激な金利上昇が起こったら支払えなくなる。
将来的に収入が保証され支払いに余裕のある人であれば、固定金利を選択した方が金利動向にあれこれ悩む必要もなくなるが、もちろん自分はそういうポジションにはいない。もはやギャンブルの領域である。これにもかなり悩んだが、結局中庸的な10年固定を選択した。
ちなみについでに。10年固定金利を選択してローンを組んだわけだが、それを例の世話好きの同僚が知ったら何してるの?と怒られた。このご時世に景気がいきなり良くなるなんてことありえないじゃないか、と。それに仮に金利が急上昇するようなことがあっても、信用を失っていない状態であれば、その時点で他行に借り換えて金利を固定することも出来るのだから、すぐに変動に変えるべきだ、と説得された。
彼はそういう世情を読むのが好きな男ではあったが、どこまで信用してよいか。。。数年ほど横耳で聞くだけで固定金利のまま支払い続けたが、一向に景気が上向かないので、4年目くらいに他行の変動金利のローンに借り換えを行った。結果年2回のローン払いを無くしても毎月の支払額が変動しないレベルに納まった。これだけで年数十万の節約である。これまでなんとバカなことをしてきたのだろうか。。。
申し込みから少しして審査が通ったと連絡があった。これであとは部屋の引き渡しを待つばかりである。といっても完成までまだあと1年ほどある。現地はまだ建物らしい建物が何もできていない状態である。実物を見ずに部屋を決めるというのは初めての経験である。それまでの賃貸物件では現物を見て決めるのがほとんどだったので、新築とはいえ物を見ないで買う、というのは度胸がいった。