[読み物-04]マンションを買って売った話【6】
売却:
散歩に行ったついでに近所の不動産に立ち寄って、自宅の売却を考えている旨を伝えてみた。色々と売り出し希望条件をヒアリングされそれぞれ答える。
その中で売り出し価格をいくらにするかという話になった。自宅マンションの他の物件の成約相場がどのくらいか聞いてみた所、自室と同程度の条件の部屋の成約価格は、今のローン残高が完済可能な金額程度では成約出来ているそうだ。売り出し価格はその成約相場を基準にして値引き交渉前提で少し高めを提示するのがセオリーということなので。+200万くらいの価格を売り出し価格にしてみた。
そのままの金額で成約すれば万々歳だし、値引き交渉で200万まで譲歩したら相場相当。それ以下になるなら交渉決裂、という訳だ。
どうなるかはその時になってみないと分からないが、まずは売却にチャレンジしてみるか。ということで契約書にサインをした。それには売却の手数料として売価の2%、また新たに購入する不動産の仲介手数料として購入価格の3%を申し受けると書かれていた。
もちろん気が変わってこのまま住み続けたい、となれば売りやめをすればよいだけなのでリスクはない。
今後店頭に掲載する広告を作成して売り出しを開始するとのこと。更にその情報は業界のネットワーク上にも共有されて、様々な不動産や不動産サイトに掲載されるそうだ。それと同時に住み替え先の物件についても希望条件に合致するもの見つけて提供、内覧への同行をしてくれるとのことだ。
ちなみにずっと売れなかったからと言って、費用を取られるわけではない。あくまで売却が成立した時に支払う手数料以外の費用は発生しないということだ。
数日後に販売チラシのイメージが送られてきたので内容をチェック。それが済んだらいよいよチラシがあちこちで共有されて掲載されることになる。チラシが出来上がっていく様を見て本当に売ってもいいものだろうか、という迷いがでる。上述のとおり売りやめはいつでもできる。もちろん買主が現れて売買契約書にサインしちゃったらもう後戻りはできないが、それまでは充分迷ってもよいのだ。まだ住み替え先の相場観などもよく分かっていないので、思うような物件が見つからなければやめてしまえばよい。という訳でGoサインを送った。
ちなみに不動産売買における一般的な引き渡し日は売買契約の3カ月後とされることが多いようだ。つまり売れたらその後3カ月以内に新居を決めて買主に明け渡さなければならないということである。売れる前に新しい物件を購入することはできない(その理由は後述)。
とはいえいつ自宅が売れるかは予想がつかない。一応、期限を決めて売りに出して万一売れなければ不動産の言い値で引き取ってもらうようなサービスもあるにはあるが、不動産による買い取り金額は相場より下がるのが普通だ。
ある日突然売却が決まったとして、その後たった3か月で新しい引っ越し先なんか決められるるものだろうか。その後数十年を過ごすであろう家をそんな短期間で決めることには抵抗がある。
この問題を回避する方法としていったん賃貸に引っ越すということが考えられる。賃貸暮らしをしながら住みたい物件をじっくり探せば、間違いのない物件選びがしやすいだろう。しかしマンションに引っ越す時にあれこれ家具を揃えてしまったので、いまさら2DKのアパートなんかじゃ荷物が納まらない。なのでそれなりに大きな部屋を借りる必要があるうえ、今の自宅から賃貸、賃貸から新しい家へと2度の引っ越しが発生するのでその分の費用も発生する。賃貸に引っ越してどのくらいの期間で新居が決まるかにもよるが、少なくとも100万くらいはかかるはずである。
なんかそれももったいないと思ったので、買い手が付いたら速やかに新しい家が買えるよう今のうちから物件を探して下見をしておくことにした。建物選びの条件を整理しておけば3カ月しかなくてもスムーズに物件が決められると思う。
そんなわけで売りに出してからというもの、毎週末のようにあちこちの物件を見て歩いた。新築、中古の別なく見るようにしていたら、だんだんと審美眼というか、自分らが希望する建物選びの条件のようなものが見えてくるようになってきた。ただし予算は決まった範囲の物しか見ないようにした。当然高ければ高いだけより条件が良くなっていくのだが、そういうものを見てしまうと欲が出て購入金額が上振れしてしまいかねないからだ。それでまた高い物件に引っ越したら住み替えの意味が半減してしまう。
一方、自宅の方も月に2、3件の割合で見学希望の話が来る。都度受け入れて見学してもらうのだが、雑然とした部屋を見せたら購入意欲が失せてしまうのではないかと思って前日に自宅を綺麗に整理整頓していた。おかげでその頃はモデルルーム並みに綺麗な部屋で暮らすことが出来たのだが、いかんせん手間がかかって骨が折れる。
頑張って態勢を整えて見学者を迎えていたのだが、見学に来る人はちょこちょこいてもなかなか購入希望に至ってくれない。気が付けば半年以上掲載し続けていた。
半年も内覧を受け入れていると流石に疲弊してくる。売り出しがちょっと高すぎるのだろうか。値引き交渉も何もそんな値段じゃ誰も買わないよ、と市場からそっぽを向かれているような気がしてくる。。。
その間も粛々と住み替え先の物件をしらみつぶしにあたっていた。最初は不動産が紹介してくれる物件を見に行っていたのだが、徐々に土地勘が出来てくるようになってくると、自分たちで散歩がてら現地を歩き回って建売物件などもチェックするようになった。
そうして沢山の物件を見学していると、中には大いに気に入る物件に出くわすことがある。だが、購入したいと思っても銀行の住宅ローンは重複して組むことが出来ないので、今の家が売れないことには手出しができない。だが今の家の方は売れる気配がない。結局手をこまねいているうちにどれも売却済みになってしまった。
丁度その頃、売主物件というものを知った。いや、物件には必ず売主がいるのだが、その売主から直接購入すると仲介手数料は不要となるのだ。仲介してもらっていないのだから当たり前の話だが、このことを知ったのは目からウロコだった。仲介手数料が省けるだけで数十万くらいの値引きをしてもらうのと同じ効果が生まれるのである。
現地常駐の営業担当は大抵売主の社員だし、常駐している人がいなくても看板に売主の情報が書かれている。要は自分の足で探せばよい、ということだ。そう言うの得意。
ただ、ひとつ懸念しているのは自宅の売却を進めてもらっている不動産との契約である。前述のとおり契約は売りで2%、買いで3%の手数料を支払うことになっている。通常はどちらも3%なのだが、今回売買両方で手数料を取ることになるので売りの方を1%まけて貰ったのだ。こうした契約の条件下で自ら売主物件を探して購入することは許されるのだろうか。何らかの契約違反を指摘されるのではないかという不安があるのだ。
その話をして変に疑われるのも嫌なので、不動産屋に確認することもためらわれる。
売り出しから9か月が過ぎたある日、見学に来た人が強い購入意思を表明してきた。ただし売り出し価格から200万下げてほしいという。たまたま同時期に同じマンションの同じくらいの間取りの部屋が売りに出されていて、そちらが幾分安い金額で出されていたのだ。
その見学者は部屋としては我々の家の方を気に入ったので、できればこの家を買いたいが、購入価格の上限が決まっているので交渉不可であれば我慢してもう一つの方の部屋を買うということだ。
もう少し交渉したいという思いもあったが、9か月連続での売り出しは流石に疲れてしまった。ようやく購入希望者が現れて、この人を逃したら次いつ売れるか分からない。結局この人に売却することにした。売り出し価格より200万下がってしまったので、結局相場相当での取引に落ち着いた訳だが、それでもローン残高は十分にペイできたからまぁ合格ラインである。
この頃になるともう何軒も新しい物件を見学して、新天地での生活のイメージがだいぶ出来上がっていたせいか、売却に対する迷いはなくなっていた。
想定外:
ということで売却が決まったので、今度は新居を探さなくてはならない。取引をお願いしている不動産も早々に我々の新居を見つけなければならないということでしきりに物件情報を送って来る。だが、前述のとおりできるだけ売主物件を購入して費用を節約したいところだ。と言っても自分らが住みたい物件を選ぶのに売主も仲介かで決めるということもないので、そこは出たとこ勝負だが。
だが、ことのほか物件選びは難航した。丁度そのタイミングで売りに出ていた物件で気に入るものがあまりなかったのだ。自分は概ね納得できる物件もいくつか見つけられたのだが、特にカミさんが納得できる物件が見つからない。
3か月後の引き渡しから逆算していくとその1か月前くらいまでには引っ越し先を決めなければならない。つまり実質的にあと2か月で決める必要がある。
これまであれこれ物件を見てきて、全部入りで条件が揃っていた物件などただの1軒もなかった。折り合いをつけて我慢できることは我慢して行かないとずっと決められないという大前提はあるが、長く住む家を妥協で決められないよ、という意見も一理ある。自分の意見だけで決定する訳にはいかないので、出来るだけカミさんの要望が叶う物件を見つけたいが、タイムリミットは刻一刻と迫っている。
難航を極めた物件探しだったが、引き渡し期限のぎりぎり1か月前に千葉県某所の物件の購入することになった。その家が選択肢の中では一番良い条件の物件だった。カミさんは概ね納得しているのだが、本当にこの物件でよいのか、何か見落としはしていないのだろうか、と意思決定の踏ん切りがついていないようだった。これから長く暮らすであろう家の購入なので、出来るだけカミさんにも納得してもらったうえで購入を決めたい。じっくりと悩む時間を取ったうえで、最終的のその物件をの購入が決まったのは19時過ぎだった。それから店舗に出向いて契約となり、開放されたのは23時近く。長い一日だった。。。
ともかく、新しい住まいは無事決まった。一軒家で庭はほどほど、日当たりはまぁまぁ、価格はそこそこ、充分ではないか。
その物件は売主物件だった。つまり不動産の仲介を経由せず勝手に契約をしてしまったのだ。さて不動産にどうやって言い訳するか。。。
一頻り悩んだ末、ちょっと小賢しい一計を案じた。
色々あって家内の実家に一度引き上げることにしたので新居は購入しないことにした、と伝えることにしたのだ。これなら家の事情が絡む話なので相手もツッコミ辛いだろう。なかなかの名案ではなかろうか。
数日後、その旨を伝えるため不動産に連絡。すると電話口の向こうの担当者の口から思わぬ一言が発生られた。
「承知しました。そういうことでしたら仕方ないですね。では、鍵の引き渡しはxx日でお願いします。」
えっ・・・!?
なぜ自分が動揺しているかというと、不動産から言われたxx日というのは、売買契約時に取り決めていた引き渡し日の1週間前の日付だったからだ。つまり引き渡し日が1週間前倒しになったのである。その日付は新居のカギを受け取る予定日よりも前である。
自分の小賢しい嘘を見抜いて意地悪をしているのではないかという猜疑心が頭をもたげてくる。動揺がバレないようにつとめて冷静にその理由を聞いたら、その理由は至極まっとうなものだった。
ちょっとややこしい話なのだが、まず前に述べたとおり住宅ローンはほとんどの場合重複して組むことが出来ないという前提がある。つまり住み替えの場合、今住んでいる家のローン契約が解消されてからでないと新居のローンを組むことが出来ないのだ。
これを今回の取引に当てはめると、まず、今の家の売買契約が成立して買主がその購入代金を売主に支払う(ローン契約が実行される)ことで、所有権は買主に移るので、通常であればこの時点でカギを引き渡さなければならないのだが、住宅ローンを複数組むことが出来ないために売主はまだ新居の契約が完了できていないのが普通だ。
なので、買主からの支払いに合わせてローンを完済して契約を解消し、速やかに新居の方の売買契約を行ってローンを実行し、新居のカギを受け取る段取りを取ることになる。
ただ、これではどう頑張っても、買主にカギを引き渡す前に荷物を運び出すことが出来ないという話になってしまう。そこで住み替え時に限りカギの引き渡しを契約日から1週間程度後ろ倒しにするという特例があるのだ。
既に契約が住んでいるので買主のローンの支払いは始まっちゃうけど、すぐに引っ越すから入居は1週間待ってくださいね、ということだ。売主はその間に引っ越しを済ませばよい。
今回の場合我々は住み替えの前提だったので、上記の特例が適用されて契約日の1週間後の日付をカギの引き渡し日として設定されていたのだが、今回自分がした申し出はつまり、引っ越し先が予め用意されています、と言っている訳だ。全く浅はかである。
だったら特例は適用しなくてよい訳だから、契約のとおり契約日にカギを引き渡してくださいね、と言われた訳である。
これはまずいことになった。。。とりあえず正直に事情をゲロする前にまずは新居の営業担当に相談してみよう。
話を聞いた営業担当はちょっと困ったような口調で、何とか二重ローンの契約が可能が銀行がないか探してみます、と言ってくれた。
座して回答を待っていてもしょうがないので、並行して引っ越し業者の手配と荷物の片づけを進める。
それから数日後、営業担当から連絡があり自分のような条件下で特別に融資実行してくれる銀行を見つけたとのことだった。ただし頭金を多めに入れることが条件とのこと。頭金はとりあえず調達できるめどが立ったので、その銀行で申し込みを進めて貰うよう回答した。どうにか首の皮1枚つながったようだ。。。
その後は粛々と引っ越しの準備を進めた。数日後に融資実行日とそれに伴うカギの引き渡し日が決まった。今の家の引き渡し日の1週間前だった。
ちなみに当時はとにかく毎日バタバタで深く考える余裕がなかったのだが、振り返ってよく考えてみると、引っ越し業者によっては有料で短期間預かってくれるようなところもあったのかもしれず、そういう所にお願いして預かってもらうとか、あるいはウィークリーマンションかなんかを契約して数日を乗り切るなんていう手もあったかもしれない。もう少し検討すればよかった。
というか住み替えのための借り換えであり、その契約日もはっきりとしているのだから、わずかな期間の重複を認めてくれる銀行さんがもっとあっても良いと思うのだが、なぜできないのだろうか。
こうした条件がネックになって住み替えを諦めている人もいるような気がする。人のライフスタイルは年齢と共に変わっていくのだから、時期ごとに住み替えをしていくようなライフスタイルがもっと浸透していいのではないかと思う。昨今空き家問題がクローズアップされているが、そういう不動産に流動性が生まれないのは、こうしたところにもその理由が隠れているような気がした。
そして転居:
それはさておきどうにか無事新居のカギを受け取ることができた。新居の方にも入居前にフッ素コーディングとワックスがけを済ませておきたいところだが引き渡しまで1週間しかない。マンションに引っ越した時以上に時間がない。
今回は荷物も多いので引っ越しは業者に任せることにしてある。荷物を自ら運ぶ必要がなかったので、カギを受け取ったその日から新居に泊まり込みで作業を行うことにした。職場から直帰して夜中まで作業を続けてどうにか2日ほどで作業を済ませた。
そして3日目には引っ越し。荷物とカミさんとチビを新居に受け入れたら、今度はマンションの方に泊まり込んで部屋の清掃を行い、きれいにした状態で引き渡し日を迎えた。強烈にしんどかった。。。
今回、買主の方も住み替えだったそうだ。つまりその人も住んでいた部屋を慌ただしく引き渡して、新居への入居してきたわけだ。余裕があれば引き渡し後にルームクリーニングなどを入れることもできるのだろうが、そういう事情なのでそのまま入居してくるつもりらしい。
それを聞いて汚れたままの状態で引き渡したらがっかりするだろうと考え、念入りにクリーニングを済ませておいた。
後日、不動産から取引終了の連絡を受けた時に、買主からすごくきれいな状態で引き渡してくれて感動しました、との言葉があったことを教えてもらった。やっぱりお互いが気持ちよく住めるのがいいよね。
余談だが、新しい家に引っ越した数か月後に常駐先が変更になった。新たな常駐先を決めるため何社か面談を受けたのだが、とある企業の面談の担当者が新居の近所に住んでいるということで話が大いに盛り上がった。
その人に気に入られ、またこちらも仕事のしやすそうな雰囲気を感じてそこの職場でお世話になることになったのだが、勤務開始して数日後、実はその人の家は新居から徒歩5分ぐらいの場所にあることを知った。近所とは聞いていたけどそんなにお近くだったとは。
おかげで自分の新たなホームグラウンドとなったその街の様々な情報を教えてもらうことが出来た。特に学校の評判などは今後チビが学校に通うようになった時の参考になりそうだ。
その人は後にその職場を退職することになったのだが、ご近所の縁で今でも仲良くお付き合いさせてもらっている。
ということで終の棲家のつもりで購入したマンションを9年余りで手放したお話はこれでおしまい。
自分が家を買い替える経験をするとは微塵も思わなかった。実のところ今もってあの時の売却の判断が正しい選択だったのか、と考えてしまうことがある。とにかく便利な場所にあるマンションだったので、そのまま住んでいたら老後まで快適に暮らせたことだろうと思う。
その一方で今の家は都内に比べれば自然も多く家も混み入ってないので、家の外に出てもまぁまぁ快適である。通勤は流石に遠くなったな、と思ったが、川越から通っていた頃に比べたら全然マシである。しかも新型コロナ禍以降テレワークが続いているので、通勤が遠いという点もデメリットではなくなりつつある。だからこちらの家を買ったことを後悔している訳ではない。
とはいえこれまでのライフスタイルを考えると、もしかしたらこの家を売りに出す日が来るかもしれない。チビが独立して自分らも歳を取ったら平屋で庭が付いているような家の方が快適なのではないかと思う。
といってもチビが学校に通っている間は引っ越しはないつもりだ。自分は親の都合に振り回されて小学生の頃に3回転校している。その都度人間関係を新たに構築し直すのはなかなか大変だった。チビにはあまりそういう経験をさせたくない。
あるとすればチビが独立した後か。。。
(おわり)