[読み物-05]親父、旅立つ【6】
切断を決意:
それから2週間ほど過ぎて再び後妻から連絡があった。足の壊死が進行しその痛みのせいで食欲が落ちてしまっているという。ベッドから起き上がることもままならなくなり、ほぼ寝たきり状態となってしまっているうえ夜も痛みのせいで眠れていないらしい。そのせいかこの所衰弱が激しく時折会話が覚束なくなることがあるとのことだ。
足の壊死の進行は食い止めることが出来ておらず、いよいよ医師から足の切断を強く勧められたらしい。足の切断は当初壊死が始まった指2本だけを切断する想定だったが、進行が早くもはやひざ下全てを切断せざるを得ない状況になってしまっているそうだ。
手術を行い患部を切除すれば痛みの発生源が除去されるので痛みを取ることが出来る。ただし手術後、傷口が塞がるまでそれなりの時間を要するので最低3か月位の入院が必要になり、その間は傷口の痛みに耐えなければならない。
だが、痛みがなくなれば睡眠も食欲も回復できるので以前のような生活を取り戻せる可能性が高まる。とはいえ以前のように犬の散歩が出来るとかそういうレベルでの回復は期待しないでくださいと言われている。せいぜい家で身の回りのことがある程度1人で行えれば御の字位らしいのだが、いずれにしてもそのままでは壊死が進行するだけだから一刻も早く切断した方が良いと勧められたそうだ。
つまり今の痛みを受け入れて緩慢な衰弱および死を選ぶか、ひとしきり痛みに晒されるうえに膝下を失うが、将来自分の意思で体を動かせるようになることを目標に今頑張るか(ただし切断後にそういう未来が訪れるかは運次第)の二者択一である。極論、困難を乗り越えてまだ生き続けることにワンチャン賭けますか?と聞かれている訳だ。なんと残酷な選択肢だろうか。父にとって足の痛みに煩わされることのない生活が取り戻せることが第一であるのは当然だ。だがその為には乗り越えなければならない困難を伴う。しかも困難を受け入れても理想の状態にたどり着けることが約束されていない。自分だったらもういいや、ってなってしまいそうだ。
父は最終的に足を切断をする決意をした。もちろんそのワンチャンに賭けているのだろうが、それ以前にとにかく今の耐えがたい痛みをどうにかしてほしい、という思いが強いのだろう。
父の決断後すぐに日程の調整が行われ、手術日は2週間後となった。名残惜しさを整理するには不十分だが、一方で決意を心変わりせずに保つためにはちょっと長い期間だなと思った。
衰弱:
手術を決意した父だったが衰弱が止まらない。このまま自宅にいたのでは手術時の体力が維持できない懸念が出てきたので急遽入院することとなった。手術の決断からわずか2日後の話だった。
翌日、妹が病院で状況の説明を聞いてきた。入院時に種々検査を行った結果アルブミンという物質の数値がかなり悪くなっていることが分かり、現在は生存可能とされる値の下限に張り付いた状態という。この値が回復せず下限を下回ってしまうとすぐに死亡してしまうらしい。これでは手術どころではなく、それどころか下手したら明日、明後日にでも死んでしまうかもしれない、というショッキングな報告だった。
入院中の治療方針はまず先に足の痛みを緩和させて食欲を回復させることで、とにかく手術に耐える体力を蓄えることを目指す治療が行われることとなった。と言っても、体力の回復についてはとにかく自分の力で食事ができるようになることが最低条件で、そこがクリアできないことにはどうにもならないそうだ。点滴で栄養の補給は行われるがそれだけでは不十分で食事でないと補えないものがあるとのこと。
もちろん栄養面もそうだが、そもそも食欲がないというのは即ち生きる気力がないということである。自身の生きる気力がなければ病院がどんな治療をしてもダメなのだそうだ。とにかく自分で食事を取れるようになることが今後のカギを握るのだという。
なお、強い痛み止めを使っても痛みが抑えきれない場合、食欲の回復も期待できない。それだと回復を目指した治療も困難となるので、緩和ケアへ切り替えるそうだ。
緩和ケアに切り替わると言うのはつまり、積極的な治療を取りやめることである。現状の苦痛を取り除くことのみを目的とした治療となり医療麻薬が使用される。医療麻薬を用いれば苦痛をかなり緩和することができるが、もはや自力での食事など望むべくもなく、意識は混濁した状態が続くため衰弱が一気に進み、大抵の人は数日程度で亡くなるそうだ。つまり安らかな死を目指した治療に切り替えると言うことだ。
妹は医師からの説明を受け方針に同意してきたと言った。話を聞く限り父の回復には過度な期待はできないような気がした。回復の望みが薄いのであればわずかな希望にすがって苦痛に耐え続けさせるよりは安らかに死ねることの方が父のためではないかと思った。なので妹が下した判断に異論はなかった。
なお、治療の最中に急な心停止などが起こることもあり、その場合の積極的な蘇生措置(具体的には人工呼吸器の装着など)をどうするか確認を求められたそうだが、こちらも特に不要であると回答したとのこと。
面会:
最悪の場合、今日、明日にも父が亡くなってしまうという話は流石にショックだったが自分たちに出来ることは祈ることくらいしかない。とにかく父の気力に期待するしかない。
ここ最近新型コロナの感染防止のために面会禁止となっていた病院だが、事情を勘案して特別に面会の許可が得られた。これが父の生前の最後の姿になるかもしれないことを覚悟して病院に向かった。
病院に到着すると面会室に通された。数年前にもこの面会室で父の見舞いをした。当時はコロナ禍もなかったのでチビも同席して和気あいあいと会話したものだが、今回はかなりピリピリとした空気が漂っていた。
面会時間はわずか10分、テーブルには1人分ごとにアクリルの仕切りが設けられていた。会話の最中はマスクの取外し禁止、体などを触ることも禁止と尋常じゃない状態だった。
確かに万一感染させてしまって、院内クラスターなどを引き起こそうものなら目も当てられない事態となる。そうした制限もやむを得ないとは思うが、そうした中で特例とはいえ面会させて貰うことになんかそこはかとない罪悪感を感じた。
部屋で待っていると程なく車いすに乗った父が連れられてきた。が、その姿はひどく衰えていた。数週間前に実家で会った時も衰えてきているなとは思ったがもうそれどころではない。前回見た姿から10歳くらい老け込んでしまったように見える。
話かけても応答に覇気がない。アクリル板やマスクのせいもあるが、何と言っているのか聞き取ることすら容易ではない。何度も聞き直されるのが煩わしかったのか自らマスクを外して話し始めた。それでもあまり聞き取れないので、結局我々も父の横に行って耳元で会話せざるを得なかった。
扉の方に視線を送ると、その扉の外で看護師がこちらの様子を見ていた。咎められるかなと思ったが特に何も言われなかった。
問いかけに対して返ってくる返事は短かった。大丈夫か?と聞くと大丈夫と答えるのみで、どんな気分なのかとかそういう会話はできなかった。足の痛みはないが頭が重いと言っているので、強い痛み止めが打たれているせいで朦朧としているのかもしれない。
少しでも今の状況を聞こうと食い入るように話を聞いたが、非情にもタイマーの音が部屋に鳴り響いた。もう10分か、少しくらいなら時間オーバーさせてくれるかと思ったが、タイマーの音が鳴った瞬間看護師が部屋に入ってきて面会終了を告げられた。
仕方ないのでとにかく頑張ってご飯を食べて欲しいことを伝えて病院を後にした。
今がコロナ禍でなければ、もっとじっくりと父に寄り添うことも出来たはずなのにそれが叶わないのがもどかしかった。常に誰かがそばにいれば父も病の克服に多少なりとも前向きな気持ちになってくれる可能性があるのに、身内の誰とも会えない毎日を自らの気力だけを頼りに頑張り続けるのはかなりしんどい筈だ。それだけにこの状況が恨めしかった。
とりあえず病院を追い出されてしまったのであとはとにかく父自身の気力に期待するしかない。
毎日のように様子が見られないので父の容体がどうなっているのか、リアルタイムな情報が得られないのがまどろっこしい。知らせがないのがいい知らせという状態だが信じるしかない。
再び骨折:
入院から1週間ちょっと経過した。厳しい状況に置かれた父だったが、病院の治療が功を奏したかあるいは父が生きる気力を取り戻したか、死地から無事に生還し、その後も体力が順調に回復した。その結果、手術が予定どおり行われることになった。流石は不死身なオヤジである。
ところがその数日後父がベッドから転落し肋骨を骨折した、と病院から連絡があった。
万一身体に危機が及ぶ場合の身体拘束について同意したはずだがどうしてベッドから落ちるようなことがあるのだろうか。
それはともかく転倒なり転落なりしただけで容易に骨折してしまうほど骨が脆くなっているということがショックだった。奇跡が起きて無事退院してきたとしても、家でうっかり転倒などしたらすぐさま寝たきりに戻ってしまうかもしれないということだ。
肋骨を骨折した場合も自然治癒以外の方法がなく、手術にも影響しないということで放っておくそうだ。