アメリカ西海岸の旅【1】(1991/03/29)
前年の暮れに、自分にとって2度目の海外旅行となった韓国旅行に連れて行ってもらい、韓国の鉄道を楽しんできたわけだが、帰国して何日も経たぬうちから、今度はどこへ行こうかとか、次はもっと遠い国に行こうよとか、早くも父はまだ見ぬ遠い国に思いを馳せていた。だが、これまでも何度か書いているとおり、自分は海外旅行をすることにあまり興味がなく、まして韓国から帰ってきた余韻もまだ冷めやらぬ状態だったので、もう当面いいよと受け流していた。
当時、世間はオカルトブームに沸いていた。ミステリーサークルだとか、キャトルミューティレーションだとか、エリア51だとか、そんなのが夕方のニュース番組に取り上げられたりするほどのブームだった。テレビは頻繁に特番を組んで何度も放映していたし、書店に行けばそういったものを特集した書籍なんかもごまんと売られていた。
そういうブームではあったが、自分は宇宙人なんて見たこともないし、いそうな気配もないから、まぁ鵜呑みにすることはなかった。遠い異国の地なら、そんなこともあるのかなくらいに思っていた。
で、少し前に見たテレビのバラエティ番組で、アメリカにある、ミステリースポットという場所が取り上げられたことがあった。上に挙げた数々のオカルト物件とは異なり、実在する建物が公開されていて、そこで起こる様々な不可思議現象を自ら体験できるのが特徴のスポットだという。その番組を見てちょっと行ってみたくなった。
当時はバブルの絶頂期で、円高だったこともあって、海外へは割と安価に行くことができた時代だった。父は昔から海外に憧れを持つ人で、手軽に行けるようになった今こそ、そうした国々へ行ってみたいと考えているようなのだが、1人ででも行きたいとまでは思っていないようで、しきりに自分を誘ってくる。だが自分がその調子で、なかなか同行に首を縦に振らないものだから、どうにか海外へ行きたくなるよう、あれこれ誘導しているようだった。
そんなある日、父に誘われて旅行会社にパンフレットをもらいに行った。そこは父が仕事でアジア諸国へ訪問する際に、いつも利用している店で、店員とも顔なじみの様子だった。もうすでに父の意向は把握しているようで、席について父が多くを語る前に、早々に世界の様々な国へと我々を案内するツアーパンフレットが並べられた。
父はそれを食い入るように読み込んで、タイはいいなぁとか、北欧のフィヨルドとか白夜を見てみたいなぁとか、エジプトのピラミッドなんてなかなか見られるものじゃないぞ、などと言って唸っている。現地の写真や旅行のイメージが付けば、自分も行きたくなる場所が見つかるのではないかと思ったようなのだが、冒頭で書いたとおり、自分はそもそも海外に興味がないので、残念ながらそうした誘導策は全くピンと来なかった。
そうした中でアメリカ西海岸のツアーのパンフレットを見ている時に、ふと、ミステリースポットを見てみたいと思っていたことを思い出した。それをボソッとつぶやいたら、父がすかさずオプションツアーとかあります?と店員に質問した。気が変わる前に話をまとめたかったのかもしれない。
でも、ないだろさすがに。あそこはオカルト寄りのB級スポットである。とてもツアーとして成立するものではない気がする。
ところが店員が少し調べたのち、ツアーのフリータイムに、ミステリースポットに行くオプションツアーを組み合わせることができるプランを見つけてきた。人のことは言えないが、あんなところ行きたがる人いるんだ・・・。
結局、それが決め手となりアメリカ西海岸へ旅立つことが決まった。まずロサンゼルスへ行って3日間過ごして、その後サンフランシスコに移動して更に3日間を過ごす、計7日間のツアーである。ミステリースポットはサンフランシスコからのアクセスとなるので、5日目に行くことになるそうだ。
行くと決まって少し情報収集をしている時に気が付いたのだが、サンフランシスコは車社会といわれる米国において、珍しく鉄道交通が発展している街である。それならそれらの鉄道にも乗ってみたい。そう思うと、なんか俄然楽しみになってきた。
学生である自分が、7日間も家を空けられる日はそうそうないので、日程は中学2年を修了した後の春休みとなった。当時の自分は興味のあるもの以外にあまり興味を示さない子どもだったので、自主的に動いたところ以外の記憶は正直言って曖昧である。思い違いや間違いなどもあるかもしれないが、お付き合いいただきたい。
ロサンゼルスへ:
1991/03/29
フライトは17:25発のシンガポール航空の便。その飛行機に乗ってロサンゼルス(LA)へ向かう。
外の景色が見たかったので、窓側の席を確保してもらった。父はその隣だ。もちろん座席はエコノミー。LAまで10時間以上かかるが、当時はエコノミークラス症候群なんてキーワードすらなかった時代なので、座席はめっぽう狭かった。
通路側には外国人の乗客が座っていた。通路に出るにはその人をまたいでいかなければならない。トイレに行くにも、いちいちごめんなさいをしなければならず面倒だったので、あまり座席から移動しなかった。

離陸時は夕暮れ時だったので、景色らしい景色はほとんど見えず、成田市界隈の街の明かりが見えただけだった。この後夜間のフライトになるので、景色なんて何も見えないじゃないかということに気づいて落胆したが、意外にも雲の上に上がりきったら空が再び明るくなった。
濃い青色の空と赤みがかった雲の狭間を、ずっと飛び続ける光景は何とも不思議だった。地球の自転とは逆に進んで行くのだから一気に夜のとばりが降りてあとは真っ暗なのだろうと思っていたのだが、なぜか一向に暗くならない。当時は、成層圏のあたりまでくると、太陽の光が地球の反対側まで届いたりするせいだろうと解釈したのだが、調べてみると、飛行機が地球の自転のスピードを追い越してしまうために、アメリカの方の昼間の空が早々にこちらまで届いてしまうためだそうだ。
窓から見える景色はひたすらその2色しかない。眼下はひたすら雲に覆われ、雲の切れ間すらないので、雲越しに地表の様子を見ることもできない。なので自分が今どの辺を飛んでいるのかもさっぱり分からない。まぁ、雲の下はもっぱら海だろうから、仮に雲の下が見えたとしても海しか見えなかったのだろうと思うが。
さすがにこれは退屈だった。座席は狭いし身動きは取れないし景色は単調だし・・・。ヘッドフォンから音楽を聴いたりすることもできるが、興味のあるチャンネルもなかったので、自ら持ち込んだウォークマンで好きな音楽をずっと聴いて過ごした。
それとてもう何回聞いたっけ?となるくらい繰り返し聞いたのでさすがに飽きてきた。今日は起きてから成田への移動くらいしかしていないので全然疲れもなく、座席を倒してもほとんど寝付けない。

退屈が極まったころ、ようやく飛行機が高度を下げ始め、やがて雲の下に久しぶりの地面が見えた。これがアメリカの地か。
成田で見た風景と違い、あまり緑がない。全体的に乾いた景色がどこまでも続いていて、肌が乾燥して痒くなりそうだなと思った。
そうしてようやくLAに到着した。長かったー。日付変更線を反対方向へ超えていくので、LAに着いた時も3月29日であった。なお、この記事は現地時間ベースで記載するが、カメラの日付写し込みの設定を直し忘れてしまったので、写真に写っている日付は異なっているのでご了承のほど。
LA観光らしきもの:
到着したらその足でLAの市内観光。眠くてあまり記憶にない。といっても、初めて見る景色へのそれなりの興奮もあったので、車中でウトウトすることはなかった。ただ、終始ぼーっとしていたような感じだ。

ガイドから、ここが有名なビバリー・ヒルズですと言われて、その街路の標識の写真を撮ったが、ふーん、という感想しか出てこない・・・。

あとはチャイニーズ・シアターとかあちこち見たらしい。写真は撮影しているのだが現地の記憶はおぼろげだ。まぁ、日本にいたら今頃明け方だし、機内でほとんど眠れていないのだから、ぼーっとしないわけがないのだが・・・。
LAの夜:
観光を終えた後ホテルで解散。チェックインして一息入れたくらいの時間から目が冴えてきた。これが時差ボケか。父も同じことを言っている。
じゃあ、晩御飯でも食べにブラついてみようと誘われ、夜の街の散策に繰り出した。アメリカは犯罪が多いと聞く。特にLAは治安が悪いという話だ。あえてスラムに行く気などさらさらないが、土地勘がないので何が起こるか分からない不安がある。
自分はそんな気持ちでオドオドしていたが、父は全く物怖じしていない。楽しそうにアメリカの夜景を堪能している。そんな父の傍らにいるので安心感はあったが、父の泰然とした態度は、あまり根拠のあるものでもないので、全権を委ねるほど開放的な気分にもなれなかった。いざとなったら、父の力をもってしてもどうこうなるものでもないだろう。
歩いて暫くして、父が煙草に火をつけた。ところがほどなくすれ違った女性に咎められた。アメリカでは歩き煙草はダメらしいんだよね、とおどけながら話す父。分かってて火をつけたのか。どういう神経しているのだろうか。これが根拠のない物怖じのなさの正体である。
で、食事はマクドナルドで食べた。アメリカのマクドナルドは、日本と比べて非常にボリューミーというのは有名な話だが、実際にはどうなのだろう?と興味を持ったので行ってみたのだ。
果たして、ハンバーガーとポテト、コーラのセットを頼んだら、ポテトはバケツ、コーラは1リットルくらい入りそうな紙コップで出されてきた。噂どおりである。これぞまさしくスーパーサイズミーの世界だ。糖尿を患う父にとっては目の毒だったかもしれない・・・。
当時は育ちざかり食べ盛りだったので、この値段でこんなにたくさん食べれるんだ!と純粋に喜んだが、今だったらきっとうんざりするんだろうな。写真に撮らなかったのが悔やまれる。
その後ブラブラと小一時間ほどその辺を散策してホテルに戻った。