沖縄社員旅行【9】(2005/09/19)

沖縄第一ホテル:


2005/09/19

そして最終日の朝を迎えた。ここまで問題を起こすことなく過ごすことが出来た。限られた時間を目いっぱい使い切ってあちこち観光して回っているせいで疲労困憊した結果、余計なことを考えるヒマがなかったのが主な要因だが、もしそれを見越した提案だとしたらYちゃんはかなりの策士かもしれない。知らんけど。
まぁ、最終日も気を抜かずに有終の美を飾って綺麗な旅の思い出で締めくくりたい。

本日の帰りの飛行機は夕方に那覇を出発する。空港での時間なども考慮すると15時くらいまでが本日の行動可能時間となる。
昨日まで沖縄本島内でも割と郊外のエリアを中心に観光してきており、まだ那覇あたりの観光ができていないので今日はその辺を散策することにしている。

 

まずは朝食である。計画当初からのYちゃんのたっての希望である沖縄第一ホテルの朝食というのを食べに行くことになっている。
この朝食コースは非常に人気がありなかなか予約が取れないらしいのだが、出発前に電話で手配したところ幸いこの日の9時からで予約が取れた。

9時に店なので色々逆算して起床は6時。まぁ昨晩は比較的よく眠れたので問題なく起きられたが。
準備を済ませ4日間お世話になったホテルをチェックアウト。同じ便で沖縄入りをした同僚たちは違う便に乗るらしくチェックアウトはバラバラだった。

それから那覇市内へと向かう。沖縄第一ホテルは安里(あさと)と言う地区にある。道が分かりづらくて何度か行き来してしまったが、時間には無事間に合った。

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クラシカルな趣のホテルである。創業は1955年と言うから創業50年。建物はいい具合に年季が入っている。
入口の奥には大きなダイニングテーブルがどっかりと置かれている。その横のカウンターで受付を済ませるとそのダイニングテーブルに案内された。

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ダイニングテーブルから大きな窓越しに中庭が一望できる。建物は木造で昔の学校のような懐かしい雰囲気がある。
テーブルには他に数組の客がいて相席となっていた。なんかこういう雰囲気の食事はあまり経験がないので粗相をしないか少し緊張した。

着席するとほどなく料理が運ばれてきた。

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中途半端に手を付けた後の写真で恐縮だが、料理はコース形式で続々とテーブルに並べられていくので全部揃うまで我慢することが出来なかった。
料理は沖縄産の食材や調味料のみで作られた薬膳で20品目以上の料理が並ぶが肉の類は一切ない。だがどの食材も味付けが絶妙で、野菜ばかりを食べているとは思えない。どれも美味しい料理だった。ただ、働き盛りの男性の胃袋にはちょっと優しすぎた気がする。ぺろりと平らげてまだちょっと物足りない感じだった。

 

ちなみに料理はどれも土地で呼ばれている名前だったのでとても覚えきれなかった。店員が料理を運んでくる都度教えてくれるのだが聞き取れなかったり、聞いてもピンと来なかったり。なので物によってはそこにあるものがどういうものなのか全く想像できない状態で口に運ぶというちょっと不思議な体験をした。

ナーベーラー(=ヘチマ)とか、ターンム(=田いも)辺りは聞いたことがある単語だったので、フムフムなんて頷きながら聞いていたが、沖縄の言葉が次々に出てくるので耳が構えてしまうようになった。モズクスです、と言われてそれはいったいどんな食材なのだろうと思いつつ口に運んだらもずく酢だった、なんてこともあった。なんだか予想外の連続で殊の外エキサイトする食事だった。

この薬膳朝食、料金は3000円である。予約する時は高いなと思ったが3000円分の価値がある朝食だった。

 

食事を済ませてからロビーを見て回っていたらジャムが売られていた。手作りの物らしくラベルに飾り気がない。黒ゴマのものがおいしそうだったので1本ゲット。

店を出る時に、この後国際通りをぶらつきたいので近所の駐車場を教えて欲しいと訪ねたら、ここに停めておいていいよと言っていただけた。ありがたく置かせて貰って、ここから散策が始まった。

 

沖縄都市モノレール:


国際通りへはここからなら歩いて行ける場所なのだが、その経路に並走するように沖縄都市モノレールが通っている。
このモノレールは言わずと知れた沖縄で唯一の鉄道である。折角なので乗車してみたいと思いモノレール経由で向かうことに。

安里駅のホームに上がると程なくモノレールがやって来た。2両編成でこじんまりとしている。モノレールと言えば大抵4両とか6両くらいのイメージなので2両で足りるのだろうかと思ったが、沖縄はまだまだ車メインの社会なのでうまく利活用されていないのかもしれない。

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このモノレールはゆいレールという愛称が付けられている。「ゆい」は結いの意。その結いは助け合いを意味する 「ゆいまーる」から来ているとのこと。

沖縄はゆいレールが開通するまで長らく鉄道空白地帯だった。古くは大正から戦前にかけての一時期鉄道があった時期も有ったのだが、戦時中に被災しそのまま廃線となってしまい、以後ずっと沖縄県内で鉄道が敷設されることはなかった。

米軍の施政下において完全な車社会となりその状態が長らく続いたが、車社会と渋滞は切っても切れないもので那覇市内の渋滞はどんどんひどくなる一方であった。そうしたなか、大量輸送が出来てかつ定時性に優れる鉄道を見直そうという機運が起こり、2003年におよそ60年ぶりとなる沖縄の鉄道としてゆいレールが開業したのだった。

60年ぶりの鉄道となれば生まれてこの方鉄道に乗ったことがない、と言う人も当然現れる。どうやって乗るのか分からないという人は殊の外多いらしく沖縄都市モノレールのWebサイト上には乗車の仕方を丁寧に記載したページなんてものがあったりする。

 

列車に乗車する。車内はロングシートがメインで運転席の付近のみ前方を向いたクロスシートになっている。ここは子供の特等席だ。窓が大きく取られ、その分座席の背もたれは低めになっていて観光客の利用も意識したものであることが分かる。

そして2駅ばかり乗車し国際通りの入口となる牧志駅で下車。

Posted by gen_charly