沖縄離島探訪【22】(2006/11/24)
おばあとのゆんたく:
おばあの招きに促されてその窓からお邪魔した。
「ごめんなさいね。なかなか出てこなくて。知らない人が歩いているとちょっと怖くてね。」
「いえいえ、こちらもいきなり押しかけてすみません。」
「いいの、いいの。」
そんな会話をしながら居間の座卓に腰を下ろした。おばあの声のトーンはさっきより明るくなっていて温度感の高さは感じられなかった。この分ならお叱りを受けることはなさそうだ。
というか、あれ、なんで自分は知らない人の家で正座しているんだ?数分前には想像すらしていなかったシチュエーションに戸惑う。
ついさっきまで全力で我々を警戒していた人からいきなり室内へと招き入れられるという急展開。ダイナミックすぎて感情がついて行かない。
そんな自分の戸惑いは全く意に介さず、おばあは奥の台所で手際よくお茶の準備をして我々に出してくれた。
もうお茶なんか出されたらゆんたくタイムに突入するしかない。もはや完全に道を聞くタイミングを逃してしまったなと思った。それが狙いか。でもまぁこれはこれで得難い機会である。目視して見当たらないんだから仮に教えて貰えたとしてもこんな格好では通れない気がする。折角なのでこのままゆんたくにお付き合いするか。
この分だとおしゃべりをしているうちにお迎えの時間になりそうだ。そんなことを思いながら出されたお茶を頂いた。
「どこから来たの?」
「東京です。」
「東京から。。。それは遠いところから。ウチの息子はね本土に住んでいるんですよ。」
お茶を出されるやいなや、おばあから矢継ぎ早に質問を受けた。答えを返すと言い切る前に次の話に移る。
「あんたたちノニ知ってるか?」
「知ってますよ。」
「これ、ノニジュース。裏の畑で採った奴だから飲んでみて。」
と言ってコップに注がれたどろりとした濃厚な液体を差し出された。上で知っていると答えたのはカミさん。自分はノニジュースなんて聞いたことがない。沖縄の名物か?
まずはカミさんが味見。
「あ、おいしい!ちょっと飲んでみて。」
といって自分に回してきた。恐る恐る口に含むとなんだか渋酸っぱいような味が口の中に広がった。なんかどこかで口にしたことがある味だな、と思って記憶を遡っていくと、子どもの頃に岩手のばあちゃんの家の庭に生えていた雑草をちぎって口にした時の味に近い気がする。その雑草はばあちゃんがうめぇから食ってみろ、と言っていた草なのだが、残念ながら名前が思い出せない。
いずれにしても自分の味覚はこれを美味しいとは理解しなかったが、健康には良さそうな味だ。八名信夫氏が出演する青汁のCMの名コピーを思い出した。
小さなおばあは曲がった腰をものともせず、ちょこまかと動き回っては色々な物を我々の前に差し出してくる。次に台所から持ってきたのは湯通しされた貝。皿に山盛りで持ってきた。それは大きさが2cmほどの小さな巻貝で名前は聞いても分からなかった。ご主人が獲ってきたものだという。醤油を垂らして食べたら臭みもなくうまみが果てしなく染み出してくる絶品な貝だった。
美味しい!!と悲鳴にも似た声を上げたら、おばあはまた台所へ行き、暫くして戻って来るとその貝をビニール袋いっぱいに詰めて持ってきて、家で食べなさいと手渡された。お気持ちは嬉しかったが日持ちはしなさそうなのでやんわりと遠慮した。だが持って帰れと半ば押し付けられるように渡されてしまった。今夜の晩酌のアテにするか。
しかし突然押しかけた我々に対する物とは思えないもてなしである。恐らく一期一会であろうになんだか恐縮してしまう。
おばあはなかなか腰を下ろさない。ずっと台所との間を行ったり来たりしている。そうしたなかで島の様子についてぽつぽつと語ってくれた。
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今はご主人は漁に出かけていて不在
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島の住人は6人だけど、そのうち2人は久米島に行っているので普段居るのは4人だけ
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あちこち具合が悪いので病院に行かなければならないが、毎回船で渡らなくちゃならないので骨が折れる
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昔は竹馬でオー島に渡ったものだが、今は船を通すために浚渫して深くなったので渡れなくなった
などなど。どの話も興味深く聞いた。別に上記は自分が質問した訳ではない。ほぼおばあが問わず語りで話してくれたものだ。誰かが来たら決まってこの話をしているのかもしれない。
おばあは何かを思い出したように再び台所に行って、またちょっとして戻って来た。今度は小皿に梅干しを乗せていた。
「これは息子が送ってきたものなんだけどね。美味しいから食べてみなさい。」
というのでひとつ戴いてみる。手作りの酸っぱい梅干を想像していたのだが、食べてみたら意外や意外凄く上品な味だ。お店で買ったら1パック1000円とかしそうな梅干しの味である。
思わず、この家にお邪魔して何度目かの美味しい~という悲鳴が出た。だが2人がそう感想を述べた瞬間おばあはゲラゲラ笑いだした。
「あんたら、よくそんなモンが食べられるな~。あたしはそんなすっぱいモン食べられないよ。」
え、さっき美味しいからっておススメしてませんでしたっけ?w
いや、でも本当に絶品級にうまいのよ、この梅干し。
2人の顔にそう書いてあったのか、おばあはこの梅干しもビニールに包もうとした。いやいや、こんなにあれこれ施してもらっては気が引ける。流石に梅干しは辞退したのだが、
「いいから。息子がどこかでお世話になることもあるかもしれないからさぁ。」
と、結局これも半ば無理やりに受け取らされた。良いのだろうか。。。
何かの偶然でそうなる可能性はゼロではないが限りなくゼロだろう。なんか息子さんにも申し訳ない気持ちになったが、凄い美味しい梅干しなのでお裾分けして貰えたことが内心嬉しかった。早く東京に帰って白めしに載せて食べたい。
その息子さんは和歌山にお住まいとのこと。なるほど梅干しが美味しい訳だ。
話はどんどん盛り上がっていく。そうした風景を1枚切り取りたくて写真を撮らせて欲しいと申し出てみたら、
「だめだめだめ、前に写真撮らせたら新聞に載っちゃって、それを見た息子から怒られたから写真はダメ。」
即座に拒否されてしまった。こういう特殊な環境の島なのでその特異性に触れたい自分のような人が時々訪れるのだろう。新聞記者だって取材してみたい対象であるに違いない。それで怒る息子さんの気持ちの真意は掴みかねたが、まぁ、無理強いするような話でもないので撮影は諦めた。