四国初日の出【7】(2008/01/01)
とさでんの路面電車:
さて、ぼちぼち夕食の時間となりつつあるがまだちょっと早い。そこで土佐電鉄(現とさでん交通)の写真を撮りに行くことにした。土佐電鉄は路面電車を運行している会社だが、全世界から集められた車両が走っていて路面電車の博物館なんて呼ばれている。
当初はそれらの車両をどこかの道端でハントしようと思っていたのだが、車庫に行けばもっと沢山の車両が効率よく収集できるのではないかと考えた。とは言っても車庫の見学が出来るかどうかは鉄道会社や車庫によってまちまちなので行っても断られる可能性もある。予め電話して確認するのがベストだが、そこまで時間にシビアでもないので現地直行で直談判してみることにした。
土佐電鉄の車庫は桟橋通り沿いにあって桟橋車庫と呼ばれている。邪魔にならないところに車を置いて事務所にお邪魔してみる。結果、見学の許可を貰うことが出来た。特に係員の付き添いはなく自由に見学してよいが、奥の車庫は危ないから入らないようにとのこと。
ということで車庫にお邪魔する。
庫内は比較的小ぢんまりとしているが、いくつかの留置線に思いのほか沢山の車両が休憩していた。今日は元日で休日ダイヤだから車庫で休憩してて問題ないくらいの需要なのだろう。
自社発注車両編:
ということでトップバッターは200形。土佐電鉄のもっとも土佐電鉄らしい車両。自車オリジナルだが機器構成は都電の6000形に準じたものになっているそうだ。あちらはもう鬼籍に入って長いがこちらはまだまだ現役。こうして古い車両が現役で動いているところを見られるのは何とも嬉しい。
続いて600形。これも自車発注の車両だが、都電7000形に準じているそうだ。片方はアンパンマンが描かれている。
こちらも600形。このように広告車体になっている車両がちょこちょこある。だがその宣伝対象がサービスエリアだ。
路面電車と自動車はインフラを共有するライバルだ。お車でどうぞ、な場所の宣伝をしてみんながそっちに行ってしまったら、路面電車の乗客が減ることに繋がりかねない。にもかかわらずそのライバルの広告を掲示しながら走っているのだから、なんか節操がないというか何というか。
あえて「下り線」と明記しているのは何か意味があるのだろうか。
ぐっと新しくなって2000形。2000年に導入されたので2000形。単純明快な名づけルールである。
この形の路面電車は割と他の街の路線でもよく見かける。
こちらは貨1形貨車。工事用具の運搬が普段の仕事だが時折花電車としても使われることがあるそうだ。
譲渡車両編:
ここからは他の路線からやって来た車両の紹介である。
始めは700形。こちらはかつて山口県にあった山陽電気軌道の車両で、同線の廃線後に土佐電鉄に譲渡されたものだ。
車体の塗装は山陽電気軌道時代の物にリバイバルされていて「ふくふく下関号」というヘッドマークが付けられていた。
こちらは800形。こちらも元山陽電気軌道の車両。両車の違いは台車の形式位らしい。
これも800形。人権啓発ネットワークの広告になっているが、ここにも先生のイラストが。このように高知県内では至る所で先生のイラストを目にすることになる。
末広がりなデザインの電車は300形。元西日本鉄道北方線の323形だそうだ。土佐電鉄にやってきてからカラオケ電車に改造されて、貸し切りなどで運行されたが、あまり出番がなかったらしく現在はここで休んでいることが殆どだそうだ。
真っ赤な車体がひときわ異彩を放っているのが580形。言うまでもなく名鉄からやってきたものだ。
名鉄は3扉で使われていたが、土佐電鉄は中乗り前降りなので最後部の扉は埋められている。
あまり活躍する場面がないのか、汚れが目立っている。
海外譲渡車両編:
さらに続く。今度は海外からやってきた車両編である。
まずはノルウェーはオスロ市からやって来た198形。元はオスロ市電の299号だったそうだ。なぜ土佐電鉄入線に際して198形なんて中途半端な形式が付与されたのだろうか。
車体はアルミで作られているそうだ。近年では全世界的にアルミ車体の車両が増えてきているが、この車両は1939年製造とのことで日本でいえば戦前だ。当時はまだ木造電車が幅を利かせていた時代である。そう考えると随分と早い採用である。
引きが無くて車体の一部分しか撮影できなかった。
次が、オーストリアはグラーツ市からやって来た320形。これもグラーツ市電時代は204号という車番だった。既に204号が土佐電鉄にあったので320形となったのかもしれない。
先頭の運転台部分はかなりの馬面だが、車体中央部の客室部分は思いのほか幅広になっている。そのため上から見ると長方形ではなく八角形みたいな形状になっている。
車庫の中で休んでいたのは、元ポルトガル・リスボン市電の533形。この車両は現地車番のままである。クラシカルなオープンデッキスタイルの路面電車だ。
見た目のデザインに破綻しているところがなかったので、持ってきてそのまま入線しているのかと思ったが、そのままでは走行できなかったらしく車体を鋼体化したり幅を狭めたりと大掛かりな改造が施されている。
車庫は近づくなと言われているので、離れたところから望遠で撮影。それにしても車両の前にトレーニングマシンが置かれてたり、横が喫煙所になっていたり、なんか取り扱いがぞんざいな気がするのは気のせいだろうか。
そしてこちらも元ポルトガル・リスボン市からやって来た910形。こちらも同様に入線に際して大規模な改造が行われている。元の車両の面影はサイドの窓の辺りだけだそうだが、元を知らないからということを差し引いても雰囲気がしっかり残っているのは見事というより他ない。
最後はドイツ・シュツットガルト市電の735形。これまた入線に際して大規模に改造されているとのこと。
2両連結構造になっていてそれだけでも土佐電鉄らしからぬところだが、1両当たりの長さが短いせいか台車は前後の車両に各1セットのボギー台車になっていて車両の連結部分は宙ぶらりん、という日本では例をみない構造をしている。
海外からやってきた車両はあまり活躍の機会がないのか、塗装が傷み始めている車両が散見された。
以上である。海外からの車両は全て車庫でお休み中だったので思いがけず全てカメラに収めることが出来た。車庫を訪ねて正解だった。事務所でお礼を言って退館。長らく滞在したような感じだが実際には15分くらいしかいなかった。いかんせんカミさんが車で待っているというので、あまり長時間眺めていられなかったからである。
土佐電鉄の撮影をしているうちに程よき時間になって来た。ぼちぼち夕食にしよう。土佐と言えばカツオのタタキだ。この辺りで食べられる店をガイドブックで検索すると明神丸という店がうまそうだった。
明神丸はひろめ市場という高知駅近くの市場の中にあるのだが、行ってみたらお休みだった。そうか、元日か。。。
次点候補となっていた店も軒並みお休みで取り付く島もない。結局マクドナルドで済ませた。
で、お次はお風呂だ。調べてみると高知黒潮ホテル 龍馬の湯というのがあるらしい。ここも休みだったら目も当てられないが電話して確認したら営業中だった。ホテル併設のお風呂ということだったが旅館ではなくビジネスホテル風の店だった。お風呂についてはあまりこれと言った印象が残っていないが、しっかり入浴して冷えた体を温めた。
お風呂が済んだら後は寝るだけである。明日はもう帰還を開始しなければならない。帰る道すがらで見所があれば立ち寄るというスタイルで帰宅することにしている。
それに便利な道の駅を探したところ道の駅南国風良里(なんこくふらり)が良さそうだったので本日の停泊地に決定。