小笠原上陸 - 27(2008/09/16)
— ついに父島を去るとき —
お礼を言って借りていたヘルメットを返却して、荷物を車に積み込んで出発です。
あぁ、刻一刻と島を離れる時間が近づいている。。。
このくらいの時間が一番感傷的な気分になりますね。。。
しかし、港まではわずか3分。
あまり感傷に浸る余裕もなく、車は港に到着してしまいました。
お礼を言って車を降りて、待合所に入ると、既に乗船を開始していました。
東京を出る時は整理券番号100番ごとに並んだのですが、父島ではやっていなかったようで、ゾロゾロと列を作って船に乗り込んでいきます。
船に入ると、船員に「ご一緒ですか?」と聞かれたので、はい、と答えると、少し飛ばした番号の紙を渡してくれました。
これはもしかしてちょっといい場所を選んでくれたのかと思ってちょっと喜んだのですが、すぐ奥に立っていた別の船員にチケットを見せると、Eデッキだといいます。
Eデッキは、船の一番下。。。
ちょっとションボリしながら、Eデッキまで降りて、指定された場所に歩いていくと、船の一番前の前、5人ほどのスペースになっている所の手前の左側と真ん中が原付夫妻の指定席でした。
これはこれで、雑魚寝の2等にしては、プライバシー(って言うほどのものでもないけど)が確保されてなかなかよい場所かもしれません。
しかもちょうど横の壁にはコンセントが付いているし。
荷物を棚に置いていると、奥に指定された乗客がやってきました。
・・・あ、行きの時に原付夫妻の隣に居た人だ。
船で見かけた人は、島に上陸してからも、狭い島なので何気に方々で会ってしまったりしたのですが、この二人はぜんぜん見かけませんでした。
どこに行っていたのだろう?
余計なお世話か。
それはさておき、出港時間が近くなったので、デッキに出てみると、船着場は黒山の人だかり。
みんな、おが丸で出港し、内地に帰る人たちを見送りにきた人たちです。
島民もいれば、2航海でこの船で帰らない観光客たちも居ます。
宿で洗濯している時に話した隣の部屋の人も見送りに来ていました。
こちらから手を振ると、向こうも気づいたようで、大きく手を振り返してくれました。
ちょっとしか話していなかったのに、これはちょっと感動してしまいました。
と思ったら、アクアの主人も見送りに来ていました。
(真ん中の紺のシャツを着た人)
大きく手を振って、何度もお辞儀をしてくれています。
わずか3日間しかお世話になっていないのに、ここまでやってくれる人は、他の場所に居るでしょうか?
いや、うちらだけを見送りに来たのではない事は分かりますよ。
分かるけど、やっぱり感動してしまうものです。。。
そうこうしているうちに、向こうの方に腰蓑を着けた人たちが並んで、踊りを踊り始めました。
南洋踊り、と呼ばれる踊りです。
脇ではお囃子担当がカカと呼ばれる木の打楽器を打ち鳴らしてリズムを取っています。
かつて島民が、南洋の島々と貿易を行っていた頃に持ち帰って広めたという踊りです。
4曲有って3曲は現地の言葉で歌うそうですが、1曲だけは日本語の歌詞になっているそうです。
そして踊りが終わると今度は小笠原太鼓が披露されます。
小笠原太鼓は八丈から伝わったものだそうです。
こちらは自由に好きなようにたたくのが流儀だそうです。
こんな踊りや太鼓の披露が船が出るたびに行われていて、これからの長い旅路の安全や、また帰ってきて欲しいという願いを込めているわけです。
小笠原太鼓の披露が終わると、出発の銅鑼が鳴って、船はゆっくり岸壁を離れていきます。
ゆっくりと離れていく間、見送る人も、見送られる人もみんな腕がもげんばかりに手を振って、お別れを名残惜しんでいます。。 。
2Fのデッキ部分にはナイトツアーでお世話になった次郎さんとピッコロさん(名前忘れてごめんなさい。。。)も来てました。
(次郎さん:赤い短パンの人、ピッコロさん:オレンジのシャツの人)
てか、次郎さん、危ないですよ。。。w
・・・これは船出ならではの光景です。
空路が開設されたら、こんな光景は見れなくなってしまうのでしょうか?
でもやっぱり空路の開設は島民の念願なんですよね。。。
島民の立場に立てば、それは十分理解できるのですが、一観光客の立場から見れば、小笠原は、不便だからこそ人気があるとも言える訳で、便利になって、島が観光開発されてしまうと長閑な小笠原の良い所がなくなってしまいそうな気もして、それは小笠原にとって良い事とも言えない様な気がするわけで。。。
空路が開設されても島の人たちが素朴な気持ちを忘れずにやって行けるのであれば空路はあっても良いような気がするのですが、本土からの資本流入で目の色が変わってしまう人も居そうな気がするし、発展することが島民にとっての幸せに繋がることは十分理解できるのですが。。。
賛否両論分かれている石原都政ですが、貴重な島の自然を保護しようと動いた事は決して悪いことではないと思うので、もし空路が開設されたとしてもそこら辺の舵取りをちゃんとして貰えるなら、諸手をあげて賛成なのですが。。。
そういった意味では、プロローグに書いた八丈島からTSLというのはなかなかよいアイディアじゃないかなと思っているのですが。 。。
ま、所詮は一観光客のたわごと、という事でひとつ^^;)。
船がゆっくりと二見湾を進み始めて、岸壁で手を振る人たちが見えなくなる頃、船の脇によってくる多数のボート。
噂には聞いてましたが、これはなかなか圧巻です。
島中のボートが出てきたんじゃないかと思うくらい沢山のボートが、いつまでもいつまでもおが丸に並走していきます。
ボートにも島民や居残りの観光客が鈴なりに乗って、こちらに向かって手を振り続けてくれています。
まさに島民が総出で見送りに来てくれているような感じです。
そして、15分ほど目一杯並走した後、一隻のボートが加速しておが丸を追い越していきました。
暫く先に進んだ所で、ボートを止めて、
これも恒例の飛び込み。
ボートに乗っていた人たちが、遊園地のアトラクションのように次々と海に飛び込んで行きます。
一通り飛び込み終わると、今度は別のボートが加速しておが丸の前に回り、
再びダイブ!
ダイブ!!
ダイブ!!!
これはとても圧巻です。
小笠原に来たことがある人が、リピーターになってしまうのが凄く良く分かる気がします。
程よい人数の島民たちに、程よい人数の観光客。
観光客たちは、島から殆ど離れず滞在するので、見覚えのある人に何度も出会ってしまうことも。
島民全てが、われわれ観光客を歓迎して迎え入れ、総出でまた送り出してくれる。。。
(妄想かもしれませんが。。。)
みんなが顔見知りになったような錯覚に陥ってしまうのも無理はないでしょう。
↑海に点々と浮かぶダイバーたち。
回収するのが大変そう。。。w
そして見送りのボートも見えなくなると、父島も徐々に小さくなっていきます。
デッキで見送っていた人たちは、バラバラと船室に戻っていきます。
原付たちも船室に戻って、酔い止めを飲んで、一休み。