奄美皆既日食観測ツアー【1】(2009/07)
日食というイベント:
まず日食とは何かについて簡単に解説したい。日食を知らないという人はほとんどいないと思うのでなんか口幅ったいが、一応おさらいということで。
地球は太陽の周りをまわっている。そして月は地球の周りをまわっている。この3つの星は時々一直線に並ぶことがある。これが月・地球・太陽の順に並ぶと月食、地球・月・太陽の順に並ぶと日食となる。
地球から見ると太陽も月も同じような大きさに見えるが、いうまでもなく太陽は月と比べるとはるかに大きな天体である。その大きさは約400倍も違うのだが、なぜそんなに大きさの異なる天体が同じような大きさに見えるのかというと、面白いことに地球から月と太陽までの距離も約400倍違っているからだ。なので見かけは同じ大きさに見える。この3者がずれた状態で重なると部分月食/部分日食、完全に一直線になって重なると皆既月食/皆既日食となる。
どちらも星が星の陰に隠れる天文イベントだが、月食は太陽から放たれた光が地球に遮られて月が暗くなるものなので基本夜に観測される。月は地球よりも小さいので陰に隠れる時間も長く、月が見える場所であれば概ねどこでも観測できる。一方、日食の方は太陽の前を月が御免なさいよ、と通過するイベントであるため日中に観測される。
月食については本題から外れるので一旦置くが、日食というと肌感覚的には月食よりも珍しいイベントという印象がある。だが発生回数だけでいうと実は日食の方が多く発生しているのだそうだ。といっても日食が観測できる範囲は月食と比べると遥かに狭く、そのせいで観測される場所が毎回異なる(これを日食帯と呼ぶ)。地球は表面の7割が海であるうえ、陸上であっても極地や高い山脈など人類が容易に足を踏み入れられない場所の方が多いので観測可能な場所が日食帯にかかる確率は月食と比べると低くなる。これが日食の方がレアイベントだと感じる理由である。
上述のとおり、日食は部分日食と皆既日食に分けられる。日食の中には月が太陽の中心点を通らないパターンもあり、その場合は太陽の一部だけが欠ける部分日食となる。逆に太陽の中心点を月が横切る場合でも、それが見られるのは日食帯のうち皆既日食帯と呼ばれるごく一部のみに限られ、それ以外の場所では部分日食として観測される。
ちなみに、日食には金環日食というものもある。月は地球のまわりを、地球は太陽のまわりをそれぞれ僅かに楕円の軌道を描いて周回しているので、お互いの距離は常に少しずつ変動している。そのため地球からのそれぞれの見た目もごくわずかに変化している。日食のタイミングで月の大きさが太陽を上回れば皆既日食、下回ったら金環日食となる。金環日食は太陽を完全に隠さないので一種の部分日食であるとも言える。
このように月の見かけの大きさが太陽よりも大きく、かつ人が行ける場所に皆既日食帯がかかる、という条件が重ならないと皆既日食を見ることができない。地球上の同じ場所で皆既日食を観測できるのは300年に1度くらいだそうで、もうそれだけで奇跡的な天文ショーに感じてしまうわけだが、もちろん天気にも左右される。天気が悪くて太陽が見えなければ見られないのは言うまでもない。如何にレアなイベントであるかおわかりいただけると思う。
ただし、レアといっても地球も太陽も月も極めて正確に動いているので、いつどこで皆既日食が発生するかについてはちゃんと計算で導き出されている。次に起こることが分かっている場所に行って観測すれば何度か見られるチャンスがある。
とはいえ、今のようにあちこち移動することができなかった古代の人たちにとって、突然空が暗くなり太陽が隠れてしまうこの天文イベントは畏怖の対象であったようだ。不吉の前兆と捉えられ、それが政情不安などに繋がったりすることもあったようである。日本の有名な神話である天の岩戸も日食のことを指していたのではないかという説があるそうだ。
さて、話を冒頭に戻すが、ことほど左様に珍しいイベントが日本で見られるというのだ。恐らく今回を逃したらもう一生目にすることはないだろう。であれば何としても見に行きたい。かつてハレー彗星が地球に近づいた時、流行に乗って天体望遠鏡を父に買って貰ったにも関わらず、大して使いこなせなかった少年がここまで大きくなったのだ。
ということで見に行くことにした。
どこで見る(見られる)か:
見に行くことにしたとあっさり書いたが、その道のりはなかなかに険しいものだった。まずは7月22日の皆既日食がどこで見られるか、だが、日本国内における皆既日食帯は奄美大島北部、喜界島、トカラ列島、屋久島、種子島の一部、小笠原の硫黄島といった島しょのみであった。
部分日食であれば日本全土で観測できるらしいのだが、皆既日食と部分日食では起こるイベントに天地ほどの差があり、特に空が夜の様に暗くなる様子や太陽から噴き出すコロナの観測といったものは皆既日食でしか見ることができない。そもそも部分日食なら概ね10年に1回くらいの頻度では見られるので、別にこだわって見に行く必要もない。皆既日食だからこそぜひとも見てみたいのだ。
ともかく今回の皆既日食を見るためには上述の南西諸島のいずれかの島まで足を運ぶ必要がある(硫黄島は一般人が立ち入ることが出来ない島なので除外)。地続きの場所ではないので行こうと思ったら飛行機かフェリーを駆使して向かわなければならない。ではどの島に行って観測するか。
皆既日食帯となるエリアのうち、その中心線に近いほど皆既日食が観測できる時間が長くなる。今回でいえばトカラ列島の悪石島が一番中心線に近く、およそ6分20秒に渡って観測できるそうだ。だが、トカラ列島といえば日本における秘境中の秘境である。自分は島好きなので一度は訪問してみたいと思い続けている島のひとつなのだが、秘境だけあってとくに東日本からトカラ列島への交通アクセスは極端に悪い。小笠原ほどではないが鹿児島港から村営船が週に2度就航しているのみで空路はない。
でもどうせ見るなら出来るだけ長い時間この天文イベントを堪能したい。憧れの島で日食観測なんて一生の思い出になること間違いなしである。
というわけでまず第一希望を悪石島に設定した。とはいえ、それだけアクセスに難のある島なので容易にはいかないだろう。もし悪石島での観測が叶わなかったら、その北側に位置する屋久島か種子島、それもダメなら喜界島、最終手段として奄美大島という順番で手配する段取りにした。
なぜ交通アクセスのよい奄美大島が一番最下位なのかというと、前に一度行ったことがある島であり、できれば違う島に上陸したいと考えたからである。まぁ、結論からいうとタイトルのとおり奄美大島で観測してきたわけだが、まぁ、その手配が完了するまでのすったもんだに少しお付き合いいただきたい。