岩手のばあちゃんの葬式【4】(2009/08/18)
葬儀:
2009/08/18
昨晩はそうして色々な話をして三々五々就寝の途に就いた。時間は午前を回っていた。とりあえず床に就くがこの家はエアコンがない。そもそも夏でもそれほど暑くならない地域なので普段なら窓を開けて扇風機でも回しておけばそれで凌げるのだが、この日の晩はなかなかの熱帯夜でなかなか寝付けなかった。故にやや寝不足気味だが起床。朝食を済ませて葬儀場へと向かう。
ばあちゃんは昨日と全く同じ状態で横たわっていた。違っていたら怖いが。
今日は告別式が執り行われることになっている。葬儀場の担当者も来場して式が始まった。前述のとおりこの地域の人は葬儀を人任せにしない。なので儀式のひとつひとつみんなが総出で協力しながら進められていく。もちろん自分にも役割が与えられた。
自分が人の死に立ち会うのは10年ほど前の祖母の葬儀の時以来である。もう既にどのように式を進行したのか詳細を思い出せないのだが、その時は父と父の弟の3人で葬儀を済ませている。父や父の弟もまた人付き合いが苦手な人だったようで、葬儀に参列した経験が少ないといって儀式はほぼ葬儀社に任せきりだったように記憶している。なので遺体に触れることには正直やや緊張した。
まず化粧を行う。これは主に女性陣の仕事。女性陣は葬儀の際に割烹着を着用することが習わしになっていて、あらかじめ用意された割烹着を着込んでから対応にあたる。顔を湯灌し、髪形を整えて、ほほに紅を当てる。これによって幾分血色が戻ったようになった。
続けて死装束を着せる。これは力が要る作業なので男性陣の仕事だ。一時的に体を起こすが抱えてくれる人に合わせて重心を調整してくれたりしないのでその重さが直に伝わる。平たく言うとかなり重たい。死後硬直で体がスムーズに動かないせいもあるのだろう。体は腐敗防止のためドライアイスで冷やし続けられており、そのひんやりとした肌触りには本能的な違和感を感じた。
儀式の段取りなど全く知らない自分なので、戸惑って足手まといになるのではないかと思ったが、式場の担当の的確な指示により無事役割を果たすことができた。
こうして浄土へと旅立つ準備が整えられたあと、お坊さんが入ってきて読経が始まる。あとは一般的な葬儀のイメージのままの進行で進められた。
告別式は午前中のうちに終了となり、午後は荼毘である。それまでの間に精進落としがふるまわれた。その仕出し弁当は働き盛りの男衆でも満腹になるほどの大盛りで流石に女性陣は幾らか残していた。
小1時間ほど経った頃に斎場へ移動するためのバスが到着した。また同時に霊柩車も到着し喪主とそれ以外に分かれてそれぞれ斎場へ移動する。
バスに乗り込んだ後、移動の車中で窓の外に流れていく景色をぼんやりと見ていた。夏の強い日差しに照らされた木々や建物は皆コントラストが強かった。自分はなぜかコントラストの強い風景を見ると意識が遠くに行ってしまうことがある。そういう時に過去の印象に残るシーンなどが脳裏をよぎったりする。この時は自分が幼い頃の夏休みにばあちゃんの家で過ごしていた時の思い出が脳内のスクリーンに映し出されていた。
ばあちゃんは誰にでも分け隔てなく接する人だった。その人柄が慕われていつも家には誰かしらが遊びに来ていた。昼間は応接間で談笑し夜は食堂のテーブルを囲って談笑する。そういう光景は自分の堪らなく好きなシーンである(好きなシーンなのだが、自分がそうありたいかというとそうでもないという、アンビバレンツな感情も同時に沸くのだが)。
じいちゃんばあちゃんがいて、両親とその親戚がいて、更に自分らがいる、この何の変哲もない3世代の構図はいつまでもこのまま続いていくような気がしていた。もちろん知識としてそんな馬鹿馬鹿しい話があるわけがないことくらいは分かっているのだが、今日明日にその構図が変化するなどとは考えていなかった。
だが気がつけば自分らの世代は既にみな既婚者となり、既に子供がいるイトコもいる。つまりもう世代交代の時期が目前に迫っているのだ。
・・・なんだろうね、これは。多くの字数を消費して物凄く当たり前のことを言っているだけのような気がする。ただ、何故かそういう当たり前のことが自分事として考えると物凄く奇妙な感じがする。この感覚は何なんだろう。
じいちゃんの涙:
そうして暫くボーっと、とりとめのない感情の波を受け入れていたら斎場に到着した。館内に移動すると、ほどなくグループホームに預けられていたじいちゃんが到着した。じいちゃんは車いすに座ったままぼんやりとした表情でじっとしている。現状がのみ込めていないのだろうなと思った。認知症の状態があまり思わしくない様子が見て取れる。
じいちゃんとばあちゃんは当時では珍しく恋愛結婚だったそうだ。じいちゃんが一目惚れだったという話を耳にしたことがある。物静かなじいちゃんがばあちゃんといがみ合っているところを見たことがない。そんな最愛の妻を亡くしてしまったのだから、健常だったら相当に気落ちするはず。そう考えると現状が呑み込めていない方がむしろ幸せなのかもしれないなと思った。
少しして自分と目が合った。それでじいちゃんのそばに寄ったら、自分の名を呼んで、来たのかとぼそっと言って手を握られた。そして続けて、思ったより早く逝ってしまったなと小さな声で独り言のようにつぶやいた後、静かに大粒の涙をこぼした。
状況を認識できなくてぼんやりしているのかと思ったらそうではなかった。じいちゃんは全部把握できていて打ちひしがれていたのだ。はらはらと涙を落とすじいちゃんを見て何ともいたたまれない気持ちになった。自分はこんな風に感情を揺さぶられると言葉を失って二の句が継げなくなってしまう。なんと声をかけてよいのか分からなくなって黙って手を握ってあげることしかできなかった。
じいちゃんの顔を見るのは実に3年ぶりである。じいちゃんの周りの人間の中で自分は真っ先に顔も名前も忘れられておかしくない人間だ。だが見た瞬間に自分のことを思い出してくれたのが、すごく意外な感じがすると同時になんだか嬉しかった。
父がお袋と離婚して以来、自分が高校生になる頃までお袋の親族とはほぼ没交渉だった。カミさんとの結婚を機に一度挨拶に行ったのが3年前である。その直前にお袋からじいちゃんばあちゃんも自分のことを本当の孫のように思っているのだから気兼ねなく行ってきなさい、と背中を押してもらった。とはいえ自分も大人である。いくらそう言われても、高々数年間お世話しただけで血の繋がりもない自分のような人間を本当に家族のように思ってくれるわけがないことくらいは弁えていた。もちろん好意を持って接してくれているのだから、自分もできるだけそれに応えたいとは思っていたが。まぁ、大人同士のちゃんと弁えたお付き合いをしていくのが良いのだろうなと思っていたわけだ。
だが、そんな人間が突然現れたのにもかかわらず、じいちゃんは真っ先に自分の名前を呼んでくれた。この時お袋が言っていたことが本当だったんだと今更ながらに気づいてしまった。申し訳ないことをしてしまった。そしてばあちゃんとじっくりお話ができなかったことが悔やまれた。
少しして火葬の開始時刻になった。係員から説明があり儀式が執り行われ、炉の中に棺が送り込まれていく。こういうとき遺族が棺に縋って最後の別れを惜しむシーンがあるが、お袋もおばさんたちは特にそういうこともなく淡々と送り込まれていく様子を見送っていた。
それから1時間ほどで火葬が済みすっかり白い骨だけになって出てきた。骨を拾って集めて骨壺に収めたら今日の一連の儀式が完了となった。明日葬儀と納骨が行われるが、時間の都合で参席できないのは前述のとおり。我々は皆にお別れを言って帰途に就いた。
(おわり)