北東北の旅【2】(2010/08/14)
伯母さんの家:
2010/08/14
郡山で東北道に合流したら後は覚悟を決めて北上あるのみ。郡山から先も所々流れの悪い所があったが、渋滞というほどでもなく思いのほかスムーズに進むことができた。流れが悪くなっているところはPAやSAの手前あたりがほとんどで、路肩に並ぶ入場待ちの列に影響されて本線走行のペースが落ちるようだ。今回はそれも織り込み済みなので、休憩は磐越道を走っている間に済ませておいた。なのでこのエリアはそのまま走り抜けて仙台を通過。流石に渋滞の波も仙台辺りまでだろうと踏んでいたのだが、これまた読みどおり志波姫PAまで進んだら入場待ちもなくすんなり滑り込めた。
その時点で3時を回っていたのでここで仮眠。
そして5時過ぎに起床。再び出発し一関ICに6時頃到着。スムーズに辿り着けてよかった。ここまで自分の読みが如何に適切だったかを力説してしまったが、実は1,000円高速がお盆の土日のみ適用となる旨が発表された直後から、その期間の渋滞はかなり過酷なものになるはずだとテレビなどで喧伝していたので、移動を控えた人が思いのほか多かったらしい。その結果、事前予測ほどには混雑しなかったらしい。まぁそれでも東北道などは数十キロ単位の渋滞になったわけで、やはり過酷なものとなってしまったようだが。
まぁ、ともかく一関に到着である。が、その時カミさんの携帯電話にお義母さんから時ならぬ着信が入った。こんな時間にコールが入るなんてただ事ではない。嫌な予感がしたがカミさんが電話を受けると、やはり鹿児島のおばあさんの危篤を知らせるものだった。先行してお義父さんが鹿児島へ向かったそうだ。これで我々もとんぼ返りになるなと身構えたが、お義母さん曰く、ひとまず状況報告のみで今のところまだ移動する必要はないとのこと。また状況が変わったら連絡するといって電話が切れた。
そうは言っても、そんな状況下であれば、すぐに鹿児島に移動できる態勢は整えておく必要がある。心の片隅に心配事を抱えたまま観光しても楽しめなさそうな気がする。それならやはり自宅に戻って待機した方が良いかな。とはいえ、お義母さんからの続報を待ってからの行動でも大丈夫な気もする。今日明日は一関の界隈にいる予定なので、いざとなればそこの一ノ関駅にすぐに移動できる。
カミさんと2人、車内で今後のプランをあれこれ考えて悶々としたが、結局、まずは予定どおり行動して、お義母さんからの連絡を待つことにした。
それから程なく伯母さんの家に到着。伯母さんたちは既に起きていて朝食の準備までして待っていてくれた。その朝食をありがたくいただき、ちょっとお茶を一杯飲んだらすぐに墓参りに出発となった。
神道のお墓:
ばあちゃんが眠る墓は一関市の東部、旧大東町のエリアにある。大東町の中でも山あいの奥まった場所に墓地があるので、一関の市街地に位置する伯母さんの家からでも軽く1時間くらいかかった。
無事にお墓参りを済ませたあと、伯母さんたちがもう1か所、別のご先祖様のお墓をお参りをしに行くというのでさらに移動。こちらも同じ町内にあるのだが、自分は初めて訪れた場所(多分)だった。
その墓地は、遠目にはどこにでもあるような普通の墓地のように見えたが、近づいてみると墓石や墓地の入口に漢字のようで漢字ではない記号のようなものが刻まれている。これは何だろう。興味深そうに見ている自分に気づいた伯父さんから、ここは神道の墓地であると教えてもらった。神道というのはいわゆる神社のことだ。
神道は不思議な宗教である。神社に行けば参拝するくらいには自分にも根付いている宗教であるが、帰依(という言い方が合っているか分からないが)しているというほどにはのめり込んでいない。イスラム教のアッラーを崇めているわけじゃないけど、モスク来たからちょっと礼拝していくわ、なんてことは普通ないと思う。だが大体の日本人にとって神社はそういう存在だ。初詣に行くのみならず七五三や厄除けで祈祷を受けることもあるし、学業成就や商売繁盛を願ったりもする。でも日常で常に意識するほど不可分に密着しているというほどでもない。
そもそも神社で祈祷してもらう時というのはハレとケでいえばハレの方である。神前結婚式のイメージは容易いが、不思議と葬に関する部分の印象が薄い。神道の葬式というのは見たことがない。だから神道の墓地というのがあること自体知らなかった。
伯父さんによると神道の墓地では墓石に屋号を刻むのが習わしなのだそうだ。屋号というのは集落において個人を特定するために用いられる呼び名である。かつて平民は名字帯刀が許されていなかったので、その集落内に同じ名前の人が何人もいるということが珍しくなかった。そこでその家の生業を頭に付けて「○○屋の誰兵衛」というように区別したのだそうだ。その○○屋が屋号である。
更に仏教ではないので戒名がなく、墓碑にはそのまま氏名が刻まれている。そうなるとやはりお墓参りの時はここで柏手を打つのだろうかと思ったら、そこは静かに手を合わせるだけで良いそうだ。なかなか興味深い風習である。
墓参りを済ませたら、じいちゃんやばあちゃんの兄弟たちのお見舞いに行くことになった。みなさんもうすでにご高齢なので軒並みグループホームや病院で過ごされている。1人ずつあちこちにいるので順番に訪問して回ったのだが、正直いって自分は全く記憶にない人ばかりだった。だが相手は自分のことを知っているという人もいる。そういう人は自分を見て懐かしそうに目を細めてくれたが、お互い忘却の彼方な人もいた。一応伯母さんが自分を改めて紹介してくれたのだが、お互いがあなたは誰?状態である。さりとてもうすっかり覚えていないっす、というわけにもいかないので、探り探りの対応となってしまい少し疲れた。