信州ドライブ【12】(2010/09/20)

皆神山:


この皆神山という山だが、地図で見ると不思議な形をしている。南部から北上しながら千曲川へと流れる藤沢川蛭川という2つの河川によって作られた扇状地の上に、周囲の山々から切り離された離れ小島のようにポッコリと存在しているのである。

この特異な形状から皆神神社によって提唱されているのが、この山は世界最古最大のピラミッドであるという説だ。といっても神社の境内の看板に書かれているくらいの主張だが。自分は今回見に行かなかったので実物を見たわけではないが、見てきた人のレポートによると、その看板にはこの山が2~3万年前にスサノオノミコトによって人為的に作り上げられた、宇宙へ向かうための航空基地であると書かれているそうだ。もう香ばしさが凄いでしょ?

その根拠も冴えている。この地質がダイナモ的役割を果たすことで、電流、電磁波を発生することができ、物体の垂直離着陸が可能な構造となっているからだという。ではどのようにしてこの山を作り上げたのかというと、重力制御を行うことで長野盆地辺りにある石ころを浮き上がらせてこの場所に持ってきたのだそうだ。

もう、めっちゃ電波。ゆんゆんしまくってる。こんな毒電波を神社という由緒ある施設の中の人が主張しているのだ。見に行けば良かったな。

 

話は変わって、昭和40年代にこの地が全国区で一躍有名になるできごとがあった。松代群発地震である。その名のとおり5年間もの長期に渡ってこの地を揺らし続けた地震である。多い時には3分に1度揺れていたというのだから住民のストレスは相当なものであったことだろう。

その一連の地震の震源地が全てこの皆神山の地下であったそうだ。それでこの地震のメカニズムを解明するために地質構造などの様々な調査が行われ、その結果この山の地中に数百メートルに渡る空洞が存在することが指摘された。空洞があるということは即ち身が詰まってない状態ということで周辺に特異的な低重力域も発見された。

更にこの地域では地震発生前に空が光ったという報告が相次いだ。地震前には様々な予兆があり、それらを現代では宏観現象と呼んでいるが明確な関連性はまだ見いだされていない。

当時はオカルトがブームになっていた時期で、こうした真偽不明な情報と、現状との関連性がよく分からない低重力域というキーワード、その他諸々が一緒くたになって、何やら見えざる手によって操られているのではないか、なんて論調がしばしば登場したらしい。恐らく皆神神社の神職もそうしたキーワードを耳にして、世界最古最大のピラミッドという着想を得たのかもしれない。

 

では、この皆神山の正体は一体何なのかというと、古い火山であるらしい。粘り気の強い溶岩が噴出したため流れ下ることなく盛り上がって今の形が形作られたのだそうだ。北海道の昭和新山と同じようなものか。それであれば地下の空洞域もマグマだまりの跡として説明がつく。

余談だが、日本軍によって掘削が進められた地下壕は群発地震により一部崩壊したそうだ。日本軍の土地選定の根拠もあてにならない。恐らく根拠の後半部分はほぼ思い込みだったのだろう。陛下がこちらにいる時に群発地震が発生したらどうするつもりだったのだろうか。陛下が移転を拒んだのも、穴倉で地震に見舞われたらたまらないというお考えがあったのかもしれない。まぁ、地震がなくても周囲の出入口を同時に占拠されたらその時点で詰みだもんな。逆にいうと日本軍側にその想定はなかったのだろうか。いや、ないわけがない。どさくさに紛れて・・・的な思惑があったのだとしたらもしや。あっ自分も電波を飛ばし始めてるwやはりこの地には何かがある。

 

さて、皆神山の話で大幅にわき道に逸れてしまったが、竹山隋護稲荷神社である。本堂の奥に別のお堂があるのが見えたのでそちらへも行ってみようと思ったのだが、踏み出してすぐ軒下に蜂がいるのを見つけてしまい、結局その先へ進むことは諦めた。

雨降りだったこともあり足早な散策となってしまったが、この街はなんか色々ある。今回見切れなかった部分も含め、改めて訪問してじっくり見学してみたい。

 

上田電鉄 下之郷駅:


午後は帰宅に向けたルートを取りつつ、その沿線の鉄道巡りをさせてもらうことにした。もちろんそればかりだとカミさんが飽きるので、いい感じのところがあったら、ちょこちょこ立ち寄りたい。

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まず初めに向かったのは上田電鉄別所線下之郷駅である。この駅に車庫が併設されており、そこに置かれた車両の中に見てみたいものがあるのだ。

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この駅は面白い構造をしていた。通常駅前広場に面して駅舎があり、そこから改札を通ってホームへと移動するのが一般的だが、この駅はホーム上に駅舎が設けられていた。なのでまず最初に線路を渡る必要があった。

この路線は元東急の車両のみで運行されており、自社オリジナルの車両はない。

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こちらが現有車両となる、7200系と1000系である。だが今回のお目当てはこちらではない。かつて同じく東急から譲り受けた5200系という車両を見にきたのだ。といっても既に廃車されており本線上を走行する姿を見ることはできないのだが、ここ下之郷の車庫に今も保管されていると聞いている。

ホームから5200系の姿を探したところ、ホームから離れた車庫の奥の隅の方に停められている特徴的な銀色の車体が見えた・・・のだが、見えているのは車体横の一部分のみ。ダメもとで駅員に声をかけて、車庫を見学させてほしいと相談してみたのだが、係がいないので案内できないと言われた。打つ手なしか・・・。

 

仕方ないのでどこか敷地外から見ることはできないかと、駅周辺を散策してみることにした。だが、車庫の周囲は民家が建ち並んでいてなかなかその姿が見えてこない。

そこで一旦少し離れてみることに。住宅地を抜けるとやがて田んぼが広がるエリアになる。うまいこと近くに行けそうな道がないかとあぜ道を歩いたりしているうちに、ようやくそこそこの距離に車両を眺められる場所を見つけた。

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というわけで元東急5200系。ご覧のとおりガードが堅い。車両の前面にはブルーシートがかけられ、さらにその前には資材置き場が邪魔をして鉄壁の布陣である。なぜそこまでガードを固めるのか・・・。

この車両は日本で初めて製造されたステンレス車体の電車として知られている。年に何度か車両を公開するイベントが催されているらしく、恐らくそうしたタイミングでないとその姿を目にすることができないようにしているのかもしれない。集客を増やさなければならない都合上やむを得ないのかもしれないが残念である。

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ということで諦めて車に戻る。その道すがら別所線の電車がやってきたので撮影。自分は車両コレクションを増やす目的で鉄道写真を撮影しているので、ほとんどが駅での撮影なのだが、この時はなんか雰囲気の良さを感じて風景を交えた写真を撮ってみた。割と珍しいことだが、5200系が見られなかった感傷的な気分がそうさせたのかもしれない。

Posted by gen_charly