八ツ山リターンズ(2010/05/05)
5月5日と言えばこどもの日だが、我が家には子供がいなかったのでただの連休である。この年はGWこれと言った予定を入れていなかったので、カミさんが出かけて不在の日を使って半日ばかりブラブラすることにした。このところ半日しかブラブラしていないのは昼前まで寝ているからである。。。
2010/05/05
まず向かったのは新橋駅。ゆりかもめの車両の写真がまだ撮れていなかったので1枚くらい撮影しておこうと思ってやってきた。
7000系。この形式は数次にわたり製造されており、この編成は3次車に当たるそうだ。新交通システム(最近はAGTって呼ぶのかな?)自体はわりと好きな鉄道車両の形態であるのだが、なぜかゆりかもめにはあまり興味が湧かずコメントできない。
次に向かったのが天王洲アイル駅。自分が撮り鉄リターンズとなるきっかけとなった場所でもある。
ということで東京モノレールの1000形。ちょっと強引なズームになってしまったが開業当初の塗り分けとなっている編成だった。
1000形は従来の500形、700形と比べると格段にスマートなデザインになった。この1000形が主力だった頃に天王洲アイルが勤務地となり、その時に初めて東京モノレールに乗車した。思った以上にスピードを出して走るし、線路は想像以上に起伏に富んでいて列車をガードするものが何もない所をぐいぐいと走るものだから、なかなかスリリングな路線だなと思ったことを思い出す。
ちなみに当時は700形がまだ現役だったが、その頃は撮り鉄趣味を封印していた時期だったので残念ながら1枚も撮影していない。
こちらも1000形。当時の標準カラーである。でも個人的には以前の赤い色の方が好きだったなぁ。
それから2000形。
自分が天王洲アイルでの勤務から離れた後にりんかい線が延伸されてこの駅が乗換駅になった。そのせいでいつの間にか改札が増えていた。
で、次に八ツ山鉄橋へ行ってみることにしたのだが、折角天王洲アイルまで来たので久しぶりに当時の職場の辺りを散策しつつ歩いて向かうことにした。
天王洲アイルの駅前はオフィスビル街になっている。バブル末期辺りが開発のピークだったのか、バブル全盛期のようなアバンギャルドさはないものの、シックで重厚なビルが立ち並んでいて当時はハイセンスな街だった印象がある。ただ、そういう場所なのでランチが高くていつもコンビニ飯しか食べていなかった。とはいえそこに勤めていたOLさんたちはバブルの余韻をまだ残していて、そういうランチの店にたまに誘われた。断るのも気が引けたので誘われたらご一緒したのだが、まぁ貧乏人にとって財布からどんどんお金が飛んで行く街だった。
天王洲から八ツ山鉄橋までの道のりは務めていた当時には毎日のように歩いていたのだが、何故かちょっと迷ってしまった。結構忘れちゃう物なんだな。。。
で、八ツ山鉄橋脇の踏切に到着し早速カメラを構えた。ここは自分が撮り鉄趣味を再開させた記念の地である。
やってきた車両は京浜急行新1000形。以前とは違いがっつりズームの利くカメラなのでこんな写真も撮れるようになった。
京成3700形。
800形と新600形。京浜急行の車両にちょいちょい「新」が付くのは、過去に同じ形式の車両が存在したためである。なぜ形式が重複するのかというと、京浜急行、京成電鉄、都営地下鉄、北総鉄道、新京成電鉄、千葉ニュータウン鉄道で車両形式が重複しないように協議されているためだそうだ。
京浜急行が0~2000番台、京成が3000番台、都営が5000番台、北総が7000番台、新京成が8000番台、千葉ニュータウンが9000番台にそれぞれ振り分けられているので、京浜急行としては2999以下の番号しか使えない。なので廃系列になった番号が再利用されて「新xx形」となる訳である。
ちなみに上記鉄道会社の中に直通運転を行っていない新京成が混ざっているが、以前北総線と直通運転をしていた名残かもしれない。将来的に直通運転を再会することになっても良いようにしているのか、未だに新形式は8から始まる番号での採番が踏襲されている。
その新京成も2025年に京成と合併することになっている。その折に新京成所属車両は3000番台に改番されるのだろうか。
で、最後が京成3500形。
今回はライトな散策だったが、まぁそういう日もあるということで。