多摩・神奈川(2010/05/22)

カメラを新調してからというもの撮り鉄が止まらない。週末に予定が入っておらず、かつカミさんがどこかへ出かけたりする日は、大抵カメラを持ち出して近場の鉄道の撮影にいそしんでいた。

この日もそんな日だった。
自分は東京の東部に暮らしているが、それ以前は長らく京王線沿線で暮らしていた。だがその当時は撮り鉄を封印していたので鉄道写真は殆ど撮影していない。その間毎日のように乗車していた車両が写真も撮らぬままいつの間にか廃系列になったりしている。当時は当時の自分がいたので今更言っても詮ないのだが、撮影しておけば良かったなぁと後悔した車両もいくつかある。

 

もちろん今現在もまもなく引退してしまいそうな車両がある。撮りそびれて後悔する前に撮りに行っておくことにした。ついでに適当に周遊してこれまで比較的手薄になっていた神奈川方面の車両も撮影してきた。

今回自分が撮影した車両は通勤電車ばかりなので多くの人が普段から目にしている車両だと思う。恐らく沿線の人にとっては珍しくもなんともない車両ばかりになると思うが、印象深い車両に的を絞ってご紹介したい。

 


2010/05/22

自宅を出発してまず向かったのは笹塚駅。都営新宿線の始発駅である。都営地下鉄は自分が盛んに鉄道車両を撮り歩いていた当時もわりと手薄な鉄道会社だった。
と言うのも、子供の頃は地下鉄の写真を撮影しに行く時に営団地下鉄(東京メトロ)の1日乗車券を買って回っていたからだ。その1日乗車券は都営地下鉄では使えず(使えるものもあったがその分高かった)、そのうえ路線も3路線しかなかった(当時は大江戸線は未開通だった)ので少ない小遣いの中からやりくりをしなくてはならない状況下でおのずと選択肢から外れがちだった。

そんなわけで、京王線の撮影に着手する前に新宿線の撮影をしようと思ったのだ。

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で、10-000形。都営地下鉄ではこれで「いちまんがた」と呼称しているそうだ。
当時は浅草線や三田線の車両と比べて随分とあか抜けたデザインだったので、個人的には都営線車両の中でピカ一だと思っていた。
長らく新宿線の顔だった車両だが既に過去帳入りとなってしまった。

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10-300R形。信号装置を新しくする折に既存車両が老朽化していたため車両の入れ替えで対応したものだ。信号装置を新しくするだけなので先頭車両のみが新造車となっている。
全て新造した編成も存在するが、こちらのタイプの編成は既存車両と見た目を合わせるために帯の塗り分けが異なっていた。
その後10-000形は全て10-300R形に置き換えられたので、これらの先頭車も新たに製造した中間車に付け替えられている。

 

続いて向かったのが明大前駅。井の頭線を一躍有名にしたステンプラカー(って呼び方もずいぶんな愛称だが)の3000系が車両入替に伴って風前の灯らしい。

言うまでもないかもしれないが、ステンプラカーは井の頭線に導入されたステンレス車両で、先頭部分だけを7色のFRPで覆っていた。ステンレス+プラスチック(FRP)ということでステンプラだ。

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暫く待っていたらやってきた。こちらが3000系。適切にメンテナンスされているせいか車両の状態は悪くないように見えるが、当時井の頭線は20m車体の1000系への置き換えが進められていて、その一環で18m車体の3000系は全て置き換えられることになり、こうした程度の良い車両も一緒に引退となってしまった。

 

そのあと京王線で高幡不動駅まで行き、そこから動物園線に乗り換える。

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6000系5扉車、京王線きっての異端児である。高度経済成長期から続く沿線人口増加による朝ラッシュ時の混雑のために、つつじヶ丘から新宿寄りの区間の遅延が常態化するようになった。
特に千歳烏山と明大前は乗客が多数乗降するため時間がかかって列車の遅延に繋がっていた。そこで扉を増やすことで乗降時間の短縮を図る目的で平成の初頭に登場した車両がこれである。

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この車両が京王線内を走行していた頃に沿線に住んでいたことがあるが、確かに朝の通勤時間帯の混雑は尋常ではなかった。押し屋に押し込まれながら無理くり乗車していたので車内はみっちり満員、うっかり鞄を落としてしまうと拾えないレベルだった。

この車両は他社で相次いで登場した6扉車やワイドドア車と同様、そんなのっぴきならない混雑へ対処するための切り札として登場した訳だが、扉の数が違うのでホーム上の乗車位置が変わってしまい、殺気立ちながら列に並ぶ人たちからは不評を買ってしまったらしい。

それでも乗降時間の短縮に一定の成果はあったようだが、5扉車となったのはこの形式のみで以降の新造車両は再び4扉車に戻ってしまった。更に5扉車として製造されたグループも再び4扉へ改造されるものが出てきた。そのまま廃車まで運用させるのではなく、わざわざ4扉に戻すくらいだからよほど評判が悪かったのだろう。その改造工事も車体を新造するのではなく車両を切ったり貼ったりして4扉化するという大手術が行われた。流石魔改造で知られる京王重機である。

で、改造されずに残った編成も本線からは追い出されて最後の残党が頑張っていたのがこの動物園線だった。上述のとおり京王線を走っていた頃に何度も目撃していた車両だったが、カメラを向けることがなかったのでなくなる前に撮影出来て良かった。

 

その後、多摩都市モノレール、京王相模原線を経由して橋本駅へ向かう。

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橋本で写したのは相模線の205系500番台。
相模線は八高線、久留里線と並ぶ南関東の三大非電化路線のひとつだったが、いち早く電化され新たに配置されたのがこの車両だった。他の205系とは一線を画す前面デザインになっていて、いいなーと思ったものである。

2022年に相模線沿線の客先に用事があったので久しぶりに相模線に乗ったが、いつの間にか車両が新しくなっていて驚いた。

 

それから横浜線と横浜市営地下鉄グリーンライン経由でセンター南駅へ。
センター南は横浜市営地下鉄のブルーラインとグリーンラインの乗換駅になっていて、地上駅なので両方の線を一網打尽にしてしまおうと目論んだ。

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まずはグリーンラインの車両。10000系、小断面のリニア方式の地下鉄である。地上区間で見ると短足っぷりがよくわかる。

そしてブルーラインである。こちらはかつては1000形、2000形が走っていたが既に過去形になってしまった。
当時は3000形の独壇場だったが、ひとつの形式なのに4種類に分かれている。

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3000形。

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3000R形

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3000S形

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3000N形

見た目は共通性を感じないほど異なっているのに、なぜ形式を分けなかったのだろうか。

 

それから東急田園都市線に乗って長津田駅へ。長津田で見たかったのは言うまでもなくこどもの国線の車両である。
こどもの国線も長いこと興味を持ちつつも訪ねることができなかった路線だった。と言うのもその名のとおり沿線のこどもの国への乗客輸送のための路線なので、土曜日(だったかな?)の休園日は運休だし、開園日も閉園時間に合わせて夕方くらいに終電、と言うダイヤが組まれていたので訪問タイミングを合わせづらかったのだ。

当時は専用のヘッドマークを掲げた7000系がのんびり往復していたが、やがて沿線開発が進み通勤需要が生じるようになった。

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そこで通勤路線化への改良が行われて列車の本数も増便され、新たにY000系が導入された。
前面の見た目は東急3000系に類似しているが、扉が3個であることが特徴だ。車両は横浜高速鉄道が所有しているため塗装なども変えられている。

 

そのあと向かったのが相鉄線。中央林間駅から小田急を経由して大和駅で乗り換えた(はず)。

相鉄線もまたあまり縁のない鉄道で大昔に横浜駅で撮影したきりだったので改めて撮影してみようと思いやってきた。降り立った駅は二俣川駅。

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まずは7000系。
相鉄の車両はクセがあるというか特徴的な車両を多く走らせている。この車両もそうだ。車両は日立が作っている。昔からそうだが日立が作るものは質実剛健というか無骨というか、あまり愛嬌のないデザインになりがちだ。

この車両は側面の窓が電動になっていてボタン操作で開閉ができるようになっている。まぁ近年は窓の開閉などあまりやらないのかもしれないが。

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次が8000系。
総じて近代的なデザインになったが、前照灯を中央下部に寄せているのが珍しい。
その他何種類か撮影したが、この辺で。

 

この辺の前後の記憶が若干曖昧だが、いずみ野線で湘南台駅へ向かい、そこから小田急で片瀬江ノ島駅へ向かったのだと思う。
向かった先は腰越駅。江ノ島電鉄の併用軌道区間がある場所として有名な場所だ。

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まずは2000形。大きな前面ガラスと合わせてスマートな車両だが、デビューは意外と古い。

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10形。ここ最近クラシック風の車両の増備が続いている。一般の観光客はこういう車両が来た方が盛り上がるのだと思うが、個人的にはあまり好きになれない。新しい車両なのに古いデザインにすると、スマートなのにゴテゴテしている感じになって、どうしてもチグハグな印象が拭えないのだ。

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500形。2000形の後に作られた形式で、シンプルかつスマートなデザインである。

 

ぼちぼち先に進もうと思い腰越駅に移動。

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300形がやってきた。江ノ電のなかでは最古参となってしまった車両である。何編成か存在したが今はこの車両のみとなってしまった。
タイミングよくやってきてラッキーである。

 

それから江ノ島駅へ戻り、今度は湘南モノレールである。
この路線も以前一度乗車しているが、当時は400形、500形が走っていた。400形はクラシカルなデザインの車両で、途中駅で目撃して慌ててシャッターを切ったもののブレブレだった。その400形は既に現存せず現在は500形と5000形が運行している。

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と言うことで500形。
どこの駅だろうか、記憶がない。鎌倉はその昔に鎌倉幕府が開かれた場所であるだけあって周囲は天然の城壁のごとく山に囲まれている。しかも殊の外急峻で急勾配に強いモノレールが最適だったのだろう。

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それから大船駅まで乗車し5000形を撮影。しかし懸垂式モノレールは見て不安になり乗って不安になる乗り物だ。
何せ車両が天井のレールから吊るされているのである。実際には万に一つもないだろうが、もしガイドが破断したら車両ごと数m下の地面に叩きつけられるのだ。そう考えると妙にソワソワするのである。

 

という訳でそろそろ撮影の旅も終盤である。大船から新杉田駅へ向かい撮影したのは横浜新交通。

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1000形。
ここも学生時代に一度訪問しているが、夜に立ち寄ったのでろくな写真にならなかった。いずれちゃんと日中帯に撮影をしようと考えていたが、新杉田は場所が中途半端でなかなか近くへ来る機会もなく今まで延び延びになってしまっていた。

と言うことでここでおしまい。

Posted by gen_charly