主に東急線【1】(2010/10/13)
この日は終日フリーだったので、ふと思い立って自分が幼い頃住んでいた家を探しに行ってみることにした。その家はアパートで川崎にあるのだが、住んでいたのは既に30年も前なのでまだ現存しているかどうかは不明。一応、自分が物心ついたころに住んでいた家なので、建物の外観などは何となくだが記憶もある。見つかれば思い出すことができるだろう。
ただし肝心の住所が分からない。最寄り駅と建物の印象だけが分かっていることだ。そこで父に尋ねてみたのだが、父ももう住所などは覚えていないという。だが、駅を降りてまっすぐ行けばあるはず、という情報を聞き出すことができた。
曖昧な情報ではあるが、まっすぐ歩いて行けばあると言うのであれば、そこに現存していればすぐに見つけられるだろう。ちょっとした探偵のような気分になって、その家を探しに行ってみようと思ったのだ。
結論から言うとその家を見つけることはできなかった。話が散らかるのでこのエントリ上では深く触れないが、そんなわけでせっかく川崎の方まで足を伸ばすのだから、ついでに鉄道写真ハントも目的に追加することにした。
2010/10/13
まず最初は新宿駅。JR東日本には215系という割とマイナーな形式の車両がある。未だに撮影できていないのだが、このところ運用範囲がだいぶ縮小しているらしい。特徴的な車両なので、撤退後に他の路線で再利用される可能性も低く、そのまま引退してしまいそうな気がした。なのでなくなる前に撮っておこうと時間を調べてやってきたのだった。

こちらが215系。JRの車両にしてはやや珍しい、紫をアクセントカラーにした車両だ。この車両の特徴は、ご覧のとおりほぼ全車両が2階建てになっていることである。

東海道線は混雑がひどく通勤ライナーも慢性的に混雑している。そこで少しでも着席の機会を増やす目的で従来の車両(185系ほか)より座席数の多い車両としてデビューしたのだが、ダブルデッカー(2階建て)なのが災いして車内がやや窮屈であるうえ、扉が2ヶ所しかなく乗り降りに時間がかかってしまうことから、乗客の評判が芳しくなかった。
そのせいか増備されることも後継車種が作られることもないまま細々と運用が続いている。恐らくこのまま静かに引退となるのであろう。

そしてこちらも引退間近な201系。ただ、中央線はこればかりだったので乗る楽しみが少ない路線だった。
それから向かったのが東急田園都市線の梶が谷駅。試しに降りてみたら駅のすぐ近くにトンネルがあって絵になりそうだなと思い、ここで少し撮影タイムとした。

トップバッターは8500系。まぁ、田園都市線といえばこれである。今さら狙うべき被写体でもないのだが、この列車はTOQ BOXというラッピング車両になっていて、帯の色がブルーなのが目新しい。トンネルを抜けてくる列車というのもこんな具合でなかなか絵になる。

大井町線用の9000系。前面の帯の色を変えて誤乗防止としている。

2000系。東横線系統で運用されている9000系の田園都市線バージョン。製造両数が多くなかったのでちょいとレアな車両である。

東武50000系。もう直通を開始してから結構な年数が経過しているが、未だに東急線に東武の車両が走っているとそこはかとない違和感を感じてしまう・・・。

そして東京メトロの新旧コンビ。8000系と08系。08系は随分とカクカクしたデザインだ。
それから1駅乗って宮崎台駅へ。ここがかつての自宅があった最寄り駅だ。駅を出て町中を軽く散策した。冒頭で述べたとおり、今回の散策の主目的である自宅アパートは見つけることができなかった。流石に30年も前の建物だからとっくに取り壊されてしまったのだろう。
それはさておき、駅前に出て驚いたのが周囲が坂ばかりだということだった。田園都市線は、おしゃれでハイソな奥様方が暮らす街がずっと続く路線というイメージだったが、ハイソな奥様方はこんな坂を毎日登り降りしているのだろうか。
余談だが、この散策の数年後、部屋を整理しているときに紛失していたと思っていた母子手帳が発掘された。自分の母子手帳が残っていたことに軽く驚いたが、その中に川崎の住所が記載されていたことにも驚いた。それで住所が分かったので後日再訪してみたところ、今も建物は残っていた。父の記憶が曖昧だったようで、駅を出て途中で曲がるのが正解だった。そりゃ見つからないわけだ。