都内の東日本大震災【8】

3月14日 物流の停滞:


ダラダラと過ごした週末はあっという間に終わってしまった。また月曜日が来たので出勤である。ただ原発事故の影響が心配である。もし状況が悪化した場合、職場が正しく避難誘導をしてくれるだろうか・・・心配の種は尽きない。だからといって行かないと欠勤になってしまうのがサラリーマンの悲しい運命。なので様々な思いを断ち切って出勤したのだが、職場は閑散としていた。通勤に使う路線が運休して出勤できない人が結構いるらしい。それなら自分も電車停まっていることにして休んでしまえばよかった。どうせ職場にいたところで開店休業である。こんな状況で、チマチマサーバ構築なんかやってられるかっつーの(結局やらざるを得なくなるんだけど)。

とりあえず仕事している間に緊急事態が発生したら大変なので、仕事中は携帯のワンセグでニュースを流しっぱなしにしておくことにした。

出社して初めて知ったのだが、地震によって自社の物流センターに保管されている商品に、かなりの被害が出たらしい。棚からの商品落下がもっぱらだが、中身は平気でも箱がつぶれると出荷できなくなる。土日はそれらの片付けと検品のために、倉庫の従業員が総出で対応したそうだ。

そして東北方面を担当している営業は、客先の安否確認に忙殺されていた。ただ、忙しそうにしている人は彼くらいなもので、他のメンバーは手持ち無沙汰そうに過ごしていた。何しろこんな状況なので物流はほぼストップ状態。注文量もがっつり減ってしまっている。なのでやることがないのだ。

ところが意外なところに計画停電の影響が出て、社内がにわかに慌ただしくなった。朝の時点でも、計画停電は予定どおり実施すると言ってみたかと思ったら、状況によっては停電を見合わせると変節したり、当初は鉄道も例外なく停電対象になると言っていたのに、急に鉄道は対象外にすると言ってみたりと、計画停電の名が廃るような無計画っぷりをいかんなく発揮していた。

で、自社の物流センターがあるエリアは、計画停電の対象エリアからは外れていたのだが、隣接する地域が対象エリアとなっていて、例によって本当に停電しないのかがはっきりしない。またそれか。とにかく無計画状態なので、突然停電しないとも限らない。倉庫といってもきょうび何らかのシステムは稼働しているし、エレベーターやフォークリフトを動かすための電力も必要だ。特に物流センターは従業員がルールに従って粛々と業務をこなすことが求められるので、逆にいうと突発的な事態への対処が苦手だったりする。

そんなわけで物流センターの運営会社から、今日の昼をもって建物の電源を全て落とすと通知してきたのだ。それでは業務継続ができない。ということでやむなく午後で出荷を打ち切ることになった。それで関係各所へ納期遅延の連絡を入れなければならなくなった営業と出荷チームがにわかに忙しくなり始めた。

だが、結局エリアの停電は発生しなかった。さすがにリストに記載のないエリアを前振りなく停電させることは、影響が大きくてできなかったのだろう。といっても影響が大きいからとか、周囲が反発するからといった理由で、停電エリアから除外することができるなら、最初から計画停電なんかやらなきゃいいのにと思った。そのうち、大変ですアピールをしているだけだと、誤解されないか心配である。

大きな被害のなかった東京周辺だが、震災の影響が徐々に現れ始めた。物流の停滞である。現代では全国各地に工場や倉庫を分散させて、効率よく荷物の配送が行えるようなシステムが構築されている。ところが東北地方のほぼ全域で地震による被害が出たため、工場は稼働できないし道路網も各地で寸断されてしまった。そのうえ燃料も枯渇し始めたため、物流の肝となるトラックが稼働できず、結果的に商品供給が滞るようになったのだ。

そしてそれに拍車をかけることに繋がったのが、商品の買い占めである。オイルショックの記憶が残る世代の人や、転売を目論む人がすかさず買い占めに走るので、必要な人が買えない事態に陥った。店側も1人1点などと制限して対処するが、それにクレームをつける客がいるらしい。

このこともまた自社に影響を及ぼした。商品の入荷が滞り始めたのもあるが、一番影響が大きかったのは自社で契約している運送会社からの、集荷締め切り時間繰り上げの申し入れである。燃料の枯渇に伴い、トラックの運用が変更になったそうだ。

自社は運送会社の最終便が出発する19時が最終出荷となっている。受注、在庫引当て、出荷指示、ピッキング、仕分け、梱包、という流れを経て、ようやく商品が出荷できる状態になる。上記のうちピッキングから先の行程が物流センターの担当範疇となっており、最終便の出荷に間に合うように逆算して、出荷指示の締め切りが15時となっている。

ところが運送会社からの申し入れは、最終出荷を14時として欲しいというものだった。単純に逆算すると10時には出荷指示を完了しなければならない。10時なんてまだ受注すらろくに終わっていない時間帯だ。それはつまり、ほとんどの出荷が翌日になってしまうことを意味していた。

もちろんお客さんに9時までに発注してくださいね、なんて言えるわけもないので、結局運用は従来どおりとなる。ところがトラックが出ないので、できあがった荷物は翌日の出荷に備えて一角に積み上げておかなければならない。つまり物流センターの運用が非効率なものになってしまうのだ。大きな企業なら、運送会社に圧力をかけて撤回してもらうなんてこともできるのかもしれないが、自社はしがない中小企業なのでそういうわけにもいかない。

結局、他の配送業者を別途手当てすることになった。といってもその業者は、小回りがきく分小さな会社なので、従来の業者と同等の配送能力があるわけではない。暫くの間、従来どおりの出荷ができずに、綱渡りのような運用を強いられる羽目になった。

もちろんIT担当の我々も、そうした状況を傍観できる状況にはなかった。出荷指示方法や配送業者の変更に対応できるよう、システムの改修が発生した。ほとんどは細かなパラメーターの変更程度の作業だったが、一部プログラムソースの書き換えが必要な処理もあって、でも即時に反映してくれという、現場からの強い要望に応えるために、通常のテストをすっ飛ばして、いきなり本番の書き換えという荒業で乗り切らざるを得なかった。これは心理的にかなりくたびれた。

影響が出たのはそれだけではなかった。燃料の枯渇によってガソリンが入手しづらくなり、多くのガソリンスタンドで給油制限をし始めたため、社用車を使っての営業活動に支障が出るようになった。給油制限があってもすんなり給油できるならまだよいのだが、ガソリンスタンドは長蛇の列ができていて、何時間も待たなければ給油すらできないような状況になっているらしい。それでも入れられるのが少量なので、毎日のようにそれを繰り返さなければならず、その分帰宅が遅くなって困ると営業がぼやいていた。

ちなみにこの翌日、3月15日に静岡県東部を震源とするマグニチュード6.4の地震が発生した。静岡県東部というとエリアがモヤっとするが、震源は富士山の直下だった。東北太平洋沖地震が常軌を逸するほどの巨大地震だったので、これに誘発されていよいよ富士山が噴火し、東京を含めた東日本が全滅するなんていう流言飛語も散見された。そんなさなかの大地震だったため、自分もさすがにいよいよかと不安になったが、幸い噴火には至らなかった。

驚くべきは静岡県民の冷静な対処であった。冒頭で述べたとおり、静岡県は随分昔から、東海地震に備えた対策を重点的に行ってきた自治体である。普段から地震が起こった時の対処をたたき込まれていたこともあって被害はゼロ。さすが静岡県民である。

Posted by gen_charly