岩手の地震の爪跡を訪ねて - 8(2011/05/03)

— 沿岸部の被災地へ —

5月3日。

またしても寝坊して9時ごろに起床。
朝食の時に昨夜の地震の話をすると、みんな覚えていないと言っています。
震度2くらいの地震は気づかなくなってしまっていたと言う話しは本当なのかも知れません。
(あるいは酔っ払って爆睡していたか。。。)

従弟は生まれたばかりの赤ちゃんの世話が済んでから来るということで、少し遅くなるとは言っていたのですが、13時を過ぎた頃に到着。

丁度お昼時ということでおばさんがお昼の準備をしてくれたので、お昼を済ませてから出発。
心配するだろうと思っておばさんには沿岸部に出かけることをまだ話していなかったのですが、出発する直前に 「沿岸部に行ってくる」と話すと、

「一昨日も話したけど、沿岸部はまだ瓦礫が沢山残っていて釘とかガラスが散乱している所もあるから、気をつけるんだよ。タイヤが2本パンクしたら終わりなんだからね。」

と教えてくれました。
それから県外ナンバーの原付の車で行くと、被災地の人の目障りになるかもしれない、ということで、従弟の家の車で行くことにしました。

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原付はカメラマンになるので運転を従弟にお願いすることにしました。

今回のコースは基本的に昨年訪れた唐桑半島と陸前高田を目的地とするそうです。

「高田は岩手で被害が一番大きいところだから、渋滞とか通行止めとかで入れないかもしれないんだけど、気仙沼は知り合いがこないだ行って通れたと言っていたから、まず気仙沼へ抜けて、高田を目指そう。もし入れなかったら戻って気仙沼を見てみよう。」

ということで、一関から国道284号(気仙沼街道)でまず気仙沼に向かい、そこから国道45号を北上して陸前高田の方へ向かうコースで行くことになりました。

最悪、気仙沼にも辿りつけなければ室根山に登って、 そこから見える市街の様子だけでも見れればOKとしよう、という事も決めました。

ちなみに車中での新発見。

「陸前高田って『りくぜんたかた』っていうでしょ。でも地元の人は『たかだ』って濁るんだよね。」

普通は「高田」と書かれると大抵は「たかだ」と濁りますが、陸前高田が濁らないのは地元の人が濁らないからだと思っていたら、地元の人は濁るというのは変な矛盾です。
では誰が濁らずに「たかた」と読むことに決めたんだろう?

一関市内を抜ける前から時折渋滞があって、「ありゃ、こんなところから(渋滞が)繋がっちゃっているのかな??」 と思ったりしたのですが、どれも交差点の右折待ちとかですぐに通過でき、渋滞らしい渋滞にハマることなく、気仙沼市に入りました。

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どこで渋滞しているだろうか、どこで通行規制しているだろうかと思いながら走っていたら、あっけなく国道45号(東浜街道)のところまで着いてしまいました。

この国道45号は太平洋沿岸を通る国道なので、海まではもうすぐ、という事になります。
45号を左折して進んでいくと道路の右手側に瓦礫が山積になっている市街地が見えました。

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気仙沼市は津波だけでなく火災も発生して、市街地の多くの部分が焼失してしまったので、写真のように焼けた建物が多かったのが印象的でした。

無事気仙沼に入ることが出来たので、ひとまず気仙沼は通過して、国道45号を北上し、唐桑半島へ向かう県道26号へ。

この道は主に半島の尾根に沿って通っているのですが、所々標高の低いところも通っています。

その低い部分では、建物がごっそりなくなっている場所がそこかしこに見えました。

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「あれ、こないだ行ったコメリだよ。」

というので振り向くと、そこには無残な姿をさらしているコメリがありました。

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昨年は陸前高田の釣具屋でコマセを買い忘れてしまい、もしかしたら漁港の近くだし売っていないかなぁと思って立ち寄ったのですが、あいにく取り扱いがなくて、飲み物を買ったところです。
屋上の看板が無ければ、もはや元が何の店だったのかすら分からないほど破壊しつくされてしまってます。。。

それから県道を一旦離れて、小鯖の集落へ。
比較的急な坂道を下り、集落に入ると、殆どの家がごっそりなくなってしまっていました。

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港まで降りると、小さな集落の全てが根こそぎ流されていて、港近くの道路はアスファルトが剥がれてしまったのか砂利道になっていました。
元々港の駐車場だったらしい場所に車を停めて、車を降りてみることにしました。

車を降りて改めて周囲を見渡すと、瓦礫はだいぶ撤去されてきているようですが、ありえない角度で突き刺さったままの軽トラがあったり、ガラスが外れてがらんどうになった住宅があったりと、自分が本当に日本にいるのかどうか良く分からなくなるような光景が広がっていました。

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港をはさんだ向こうに見えるガソリンスタンドは屋根がひしゃげていて、少なくともこの高さまで波がかぶってしまった事が分かります。

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岸壁は海中に落ちてしまい、かつては堤防だった場所まで波が押し寄せています。

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今回の地震では、気仙沼の辺りで80cm前後の地盤沈下が発生していて、おそらくこの辺もかなり沈んでしまったものだと思います。

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専門家の語るところによると、この沈下は数年かけて数十センチは戻るらしい、ということですが、この数十センチ、耳で聞くとそれほどの差には感じないのですが、実際に海に沈んでいるところを見ると結構重大な差であることが分かります。

「ここはね、ヒラメとか釣れるから何度か来た事があったんだけど、今いるところが駐車場で、そこの岸壁から遊覧船が出てたんだ。」

「ここの家のばあちゃんが、『どっから来たの?』って声かけてきて、タコの刺身を食べさせてくれたんだよね。」
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といって従弟が指さした先に見えるのはただの更地。。。

「ばあちゃん、生きているかなぁ。。。」

寂しそうにつぶやきました。

港の周りを少しだけぶらついて、今度は前回釣りをした唐桑半島の先端にある御崎(おさき)港へ行ってみることにしました。

「この道を通って港に行ったんだけど、覚えてる?」

昨年来た時はなぜかひどい鼻炎にかかっていて頭がボーっとしていたせいで、走った道路については断片的な記憶しかなく、どんな風だったかはっきりと覚えていません。。。

「う~ん、こないだは頭ボーっとしてたからあんまり覚えてないなぁ。。。」

ここも坂道を下ると港に至るのですが、さっきの小鯖に比べて港周辺に建つ家が少ないせいか、明らかに被害を受けているのが分かる家は港に面して建っている家だけで、それ以外の場所はさほど影響がなかったようにも見えます。

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上の写真の建物、前回来た時の写真でたまたまほぼ同じ方向を写した写真がありました。

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こうやって見ると、建物の真ん中から右側が根こそぎなくなってしまっている事が分かります。
しかしその背後に建つ民家とこの家と大して標高に違いはなさそうですが、なぜこんなに被害の出方が違ったのでしょう。

堤防に車を停めて再び車を降りてみました。
ここの港は脇にちょっとした公園のようなものが作られています。

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津波の水流のせいか、あるいは流出した瓦礫に当たったせいか、街灯が傾いています。

丁度トイレに行きたかったので、公園のトイレを使わせてもらうことに。
中に入ると、ここも個室の建具がひしゃげていました。

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水道は止まっているようで、個室の便器は悲惨な感じになっていましたが、小だけなので心の中で「すみません、お借りします」 とつぶやきながら用事を済ませました。。。

前回来た時はここで小魚を釣って楽しんでいたのですが、小鯖に比べてここは岸壁も水没しておらず、パッと見た感じでは何も影響がなかったようにも見えます。

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しかし、先端付近まで来ると、明らかに水面から岸壁までの高さが足りないことが分かります。

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それから暫く港の周りを見て回ったりしてから、今度は陸前高田方面に向かうことに。

Posted by gen_charly