岩手の地震の爪跡を訪ねて - 9(2011/05/03)
— 陸前高田-1 —
陸前高田は、岩手県内で一番大きな被害が出た場所です。
通行制限が行われている可能性があり、制限が行われていなかったとしてもひどい渋滞が発生している可能性が高く、状況によっては引き返すことになるのを覚悟して国道45号を進みます。
よって、もしかしたら戻ってこなければならないことも考えながら国道45号を進みます。
途中、昨年磯ラーメンを食べた「ドライブインからくわ」が見えました。
高台に建っているので津波の被害は受けずに済んだようです。
ドライブインからくわを横目に見ながらそのまま進んでいくと、特に渋滞にも遭遇することなく陸前高田市に入ったことを示す看板を通過。
そこから少し行くと展望台のような駐車場があったので、車を停めてそこからの景色を眺めると、
長部漁港の方面が見渡せますが、そこに生活の痕跡は殆ど残っておらず・・・、
何の工場であったのかすら予想だにできません。。。
再び出発すると、すぐに「これより、津波浸水想定区域」と書かれた看板が見えました。
それを通過するとすぐに気仙中学校の建物が見え、3階建ての最上階までガラスが全て外れ、まるでこれから解体を待つ建物のような状態になってしまっていました。
そして中学校の裏手から先は見渡す限り家の土台と散乱する瓦礫のみしか見えない光景に切り替わりました。
この状況から、看板に書かれていたことが結構正確だったことが分かります。
この辺りは気仙町という地域で、陸前高田市の市街地のやや東側を流れる気仙川の更に東岸になります。
その先で国道は右折して気仙川にかかる気仙大橋を渡るのですが、ここは直進するようにと指示が出ていました。
指示に従って直進すると更にその先の路地を左折するよう指示が出ていました。
住宅と思われる建物の上に乗り上げてしまった車。
壁が流されているのに、中の食器棚や食卓などはそのままになっていて、生々しい生活の痕跡を感じました。
印象が強かったので思わず撮影してしまったものです。
その先は主に田んぼになるのですが、流されてきた建物、車、船などが至る所に散乱しています。
山肌に沿って回り込む道路の脇に生える木々の上のほうに、布などが引っかかったままになっています。
これは言うまでも無く、少なくともこの高さまで津波の水位が来たことを意味するわけです。
突然、目の前の道が大きく迂回しているところがありました。
砂利道で土手を回り込むように進むと、それまで通ってきた道が削り取られ、途中で途切れてなくなってしまっていました。
海側から気仙川に沿ってだいぶ内陸の方まで進んできましたが、一向に市街地側へ渡ることが出来ません。。。
このままでは市街地を抜けてしまうと思って、一旦折り返してみることにしました。
田んぼの中に打ち上げられた漁船。
河原に取り残されたアパートの2階部分。
その先で緑色の物体が横たわっていました。
よく見ると橋の残骸のようです。
ほかにも所々に橋の残骸が点在していました。
その先で一旦さっき来た道にぶつかりすぐにまた別れています。
そのたもとの看板に「8の字通行にご協力をお願いします。」と書かれていました。
気仙町付近も道幅が狭いところが多く、大型車のすれ違いなどに難があるということで、川沿いの道と集落内を抜ける道がそれぞれ左側通行の一方通行になっているようです。
更に進んでいくと、姉歯橋のたもとに出ました。
左側の姉歯橋は流失して橋脚のみが残されていました。
後で調べてみたのですが、上の写真の橋の残骸は、色からしてどうやら姉歯橋のようです。
ネットで距離を計測してみたところ、残骸があった場所までは800mも離れていました。