2号車の通路で列車が停車するのを静かに待つ。通路に立っていると、窓の外の様子は車内の明かりがガラスに反射して全く分からない。少しずつ列車の速度が下がり、前に並んでいた人が動き始めたのを見て、竜飛海底駅に到着したことを知った。

トンネルは旅客駅ではないので、見学ツアーに参加できる切符を持っている者以外は降りることが出来ない。そのため乗降時に車掌が切符をチェックする必要があり、開ける扉を2号車に限定する必要があったのだ。
案の定、ツアーの存在を知らない乗客が、気軽に降りようとして車掌に制止されていた。まぁ、確かに何も知らずに乗ってトンネルの途中で止まって、人が何人か降りようとしていたら、自分も行って見たい、という気持ちになるのも分からなくはない。
だが、ここに降り立つことが出来るのは、選ばれた人のみなのだよ。
ちなみに、非常用の駅なのでホームの幅が狭い。こんな所をぞろぞろと歩かれたり、写真撮影で留まられたりしたらいつまで経っても列車が発車できない。2号車ドアの目の前に本坑と作業坑を結ぶ広い通路がある。下車した乗客はホーム側にいる係員に誘導され、速やかに通路へ移動させられる。ドアを開けるのが2号車なのはそんな理由もあるようだ。
降車が完了すると、係員の合図に従って列車は扉を閉め、静かに発車していった。暫くトンネル内を走り去る列車の音が聞こえていたが、それもやがて聞こえなくなった。今は見学者のざわつく声と、送風機の音だけしか聞こえない。なんだかとても非日常的だ。
今年の新春の軍艦島もそうだが、気軽に立ち入れない場所にいるという高揚感が、自分を変なテンションにさせる。カミさんには、自分たちが今とてつもなくレアな場所にいる、という実感はまだ得られていないようだ。

今いるのは、海面下140m。何かあればひとたまりもなく命を落とすであろう、ある意味リスキーな場所である。が、見えるのはトンネルのコンクリートのみ。そんな大それた場所にいるという実感は沸かないが、いざという時の逃げ場が良く分からないというのは少し不安になる。
トンネル内だけに、降り立つとひんやりとした空気に包まれる。また湿気がすごい。それもそのはず、トンネル内は常に18度から20度になるよう空調でコントロールされているらしく、湿度も常に100%とのこと。喉にやさしいね。
事前学習でネットで調べていた時に、ホーム部分に掲示された「竜飛海底」の駅名票の写真を見た気がする。折角なので撮りたいなと思ったが、ホームを一瞥したらこの場所からは少々映しづらい場所だった。あの写真はどうやって撮ったのだろう。
ライトグリーンのJR北海道カラーのウィンドウブレーカーを着込んだOBと思しき係員から点呼を取られる。その後一旦、作業坑へと移動。めいめいベンチに腰掛けて、まずは見学ツアーの概要の説明を受ける。

説明の後、再び本坑へ移動して、トンネルのあらましの解説を受ける。

まず、今いるこの場所、竜飛海底駅という名前がついているが、冒頭で触れたとおり、ここは駅ではない。つまり客扱いが無い。もちろん改札などもない。トンネル内で災害があった時の地上への避難路として設けられた場所なので、正しくは竜飛定点という。
かつて北陸本線の北陸トンネル内で列車が火災を起こし、乗員乗客合わせて30名もの犠牲者を出すという大惨事があった。その教訓から長大トンネルを掘る際には、万一の時に乗客が確実に避難できるよう各種の対策が講じられることになった。
この竜飛定点(と吉岡定点)もそれら一連の設備の一つとして作られたものである。
これらの設備がどのような機能を持っているかについては後述する。

さて、現在北海道新幹線が絶賛建設中である。新幹線がここを走るようになったら在来線はどうなるのか?だが、足元を見ると、写真の通りレールが3本敷かれている。冒頭で新幹線と在来線はレールの幅が違うから共存できない、ということを書いたが、このように3本敷いてあるということは、引き続き在来線の車両を走らせる想定があるということだ。
だが、これからも仲良く共存でよろしくね、というわけではないらしい。まず、そもそも旅客の取り合いが発生する。つまり、青函区間を通過する人は一定と仮定すると、それが新幹線と在来線に振り分けられてしまうので、通過する人の数に対して、列車の数が過剰になってしまう、という問題がある。
他に、意外なことにこの青函トンネルというのは、物流に対する貢献度が高い。なにしろ気象に左右されないので、安定した物流ルートとして重宝されており、このトンネルを一日50往復もの貨物列車が通過している。つまり貨物がこの路線のドル箱列車なのだ。これは新幹線で代行することが出来ないので、当然廃止不可である。
もちろん、新幹線を走らせない、という選択肢はない。結果、優先順位をつけて、在来線旅客列車は不要、という結論になった。つまり、新幹線開業後は一般の旅客が在来線の列車に乗ってここを通過することは叶わないのだ(設備としては走行可能なので、何らかのイベントで走ることはあるかもしれないが)。
じゃあ、新幹線と貨物列車で仲良く共存よろしく、となるか、というとこれがまた簡単な話ではないらしい。まず貨物列車と新幹線の速度差が問題になる。新幹線を新幹線たる速度(260km/h)で走らせて、かつ、貨物列車のダイヤを維持した場合、貨物列車が後からやってくる新幹線をトンネルの手前でやり過ごしたとしても、その新幹線はトンネルを出る前に一本先行する貨物列車に追いついてしまうそうだ。
トンネル内には追い越し設備がないので、新幹線はノロノロと貨物列車の後をついていくしかなくなってしまう。折角の50km以上の超絶ロングストレートであるにもかかわらず、新幹線が新幹線たる速達性をアピールできないことになる。かといってトンネル内に新たな退避設備を作るのは非常に困難な工事であり、現実的ではない。
これを解決するためには貨物さんに協力してもらい道を譲って貰うしかない訳だが、トンネル随一のドル箱列車を運行している貨物さんがそこを譲ってくれるとは思えない。
そもそも、東京~北海道間の移動に新幹線を使ってもらうためには、飛行機よりも便利になることが最低条件だ。ところが新幹線を全力疾走させたとしても、飛行機との到着時間の差はわずかでしかないらしい。
そんな微妙な競争のためにドル箱列車をやめていいのか?と言われたら多分何も返せないだろう。そういう駆け引きがあったかどうかは知らないが、とりあえず、開業後当面の間は、新幹線の速度を落として貨物列車に追いつかないようにするらしい。
それでは飛行機には到底かなわない。そうなると、そもそも無理やり新幹線を建設する意味があるのか?という話にもなりかねない。まさに痛し痒しである。
また、仮に万障繰り合わせて、新幹線を本来の速度で走らせられるようになったとしよう。そうなると今度は、反対方向の線路を走る貨物列車とのすれ違い時に生じる風圧が問題になる。最悪の場合コンテナが風圧で落下してしまう可能性があるのだとか。
これに対しては上下線の間に風防を設けるとか、思い切って新幹線サイズの貨車を作ってその中に車両を仕舞って通過するとか、半ば夢物語のようなアイディアも出ているらしいが、今のところ決定打になる解決策は定まっていないとのこと。
なんか、新幹線用に建設したトンネルなんじゃないの?という初歩的な疑問が拭い去れない。。。

文字が多くなったので、この辺で竜飛定点の話に戻そう。このホームは500m分の長さが設けられている。この数字が何を意味するか。新幹線は1両あたり25mである。仮に東海道新幹線と同じ16両だと1列車で400mなので、それが全て収まるように設計されていることが分かる。この辺からもトンネルが新幹線用として設計されていたことが感じ取れる。
とはいえ、高度経済成長のころならいざ知らず、昨今では新幹線も短編成化されている。16両の新幹線に旅客を満載した列車がこのトンネルを通過することは後にも先にもなさそうだ。
なお、自分の言葉であれこれ書いたが、現地で係員から聞いた話の受け売りである。
一通り解説を受けたのち、再び作業坑へ戻りさっきとは反対方向へ。

トンネル内の壁には浮世絵のタイルアートが飾られたりしているがなぜ浮世絵?

「たっぴかいてい」の駅名票を発見。ただ、ここはホームではないのでありがたみは半減。。。
でも写したw
その先で進路を下にとり、本坑の下をくぐって線路の反対側へと移動する。

所々で係員が立ち止まり、その場所にまつわる解説をしてくれる。
この分岐を左へ進むと、待避先となる斜めに掘られた坑道へと続いている。

係員の後についてしばらく歩いていくと、一定間隔でトンネルが斜めに分岐している場所に出た。斜めのトンネルは大概フェンスで塞がれていて、中に何かの機材が置かれているのが見える。すべての空間にちゃんと明かりがともっているので、先の見えない不安はない。
無人空間を思わせる絵を撮りたくて、あえて集団の最後方に下がってみた。カミさんは適当に集団の中に紛れて歩いている。
程よいところで物は試しに振り返ったら、そこには人っ子一人いない、ひたすら無機質な空間が広がっていた。
ここでみんなとはぐれたらどうなるのだろう、などと妄想すると、背筋がゾクゾクする。
しかし、トンネル内だけにGPSが使えないので、どういったルートを通ってきたのか曖昧である。トンネル内でも位置計測が出来るソリューションってないものだろうか?w