岡山出張2nd.【5】(2023/11/12)

宮盛トンネル:


で、農免農道である。もう農道と聞いた時点で予想は付いたが案の定新しく作られた道だ。地図上に記載されているグネグネ加減から古い峠越えの道ではないかと期待したのだが、これはどう考えても違う。ということはこの先にあるトンネルも自分が期待するようなものではなさそうだ。

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新しい道だが、その割に場所によってはあまり手入れがなされていない様子も見受けられた。

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道はミカン畑の中を延々と登っていく。基本この辺りの農地を利用する人たちが使うための道なので案内看板がない。にもかかわらず各農地へと引き込まれた道が至る所で分岐しているので、どの道を通ればよいのか分かりづらい箇所がぽつぽつあった。

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高台の見晴らしの良い所から麓の田戸集落が一望出来た。こうしてみるとほとんどが瓦屋根の建物だ。この集落も歩いて散策したら面白そうなのだが、時間が。。。

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ハンドルを右にクルクル、左にクルクルとしながら登っていくとトンネルが見えてきた。
自分が期待したトンネルは宮盛トンネル(みやさかりとんねる)というそうだ。やっぱり新しいトンネルだった。さっき通って来た広域農道の蒲刈トンネルとよく似た意匠なので、同じ時期に一体的に整備されたようだ。昔通った高根島(こうねじま)の高根隧道のような素掘りのトンネルみたいなものを期待していただけにちょっとがっかり。

それはともかく、このトンネルは長さが550mもある。しかも前後の道の道幅を完全に無視した2車線分の幅を持たされている。これまでの道が尾根に沿ったグネグネ道だったことを考えると、今後その道が広くなるとは思えない。そもそもここまでが尾根を回り込む道なのだから、そのまま行けばやがて島の反対側に到達する。わざわざ長くて立派なトンネルを掘らなければならない意義が感じられない。こういう所で関係者を喜ばせるだけの無駄遣いをしているから事業仕分けされるんだ、なんて言ったら関係者から怒られるか。

 

トンネルはひたすら右へ右へとカーブして500mばかりの距離を進むと反対側に出られる。トンネルを抜けるとその先はまた1車線に戻る。こちら側も刈り払いが疎かになっている。伸びた枝が車に当たらないかヒヤヒヤした。こういう所を見ると作ることが目的で使うことは二の次なんて批判されてもしょうがないと思う。

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それから再び県道に復帰しそのまま進んでいくと再びトンネルをくぐる。大浦トンネルというそうだが、それを出たらいきなり豊島大橋に繋がっていた。いきなり橋になったので橋の手前の写真を撮りそびれてしまった。ということでドライブレコーダーの写真を掲載。

 

豊島:


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橋を渡ると島旅109番目の島となる豊島に上陸。上蒲刈島の東側に隣接している島だが、下蒲刈、上蒲刈の各島が蒲刈群島に属するのに対し豊島は下大崎群島に属している。群島はある地域にある島の塊を総称して付けられるが、この辺りは隣接している島が沢山あるせいか、地勢的なものや歴史的なものにも影響されているようだ。

この豊島(とよしま)は非常にややこしい島である。まずその島の名前。小豆島の西に浮かぶ豊島(てしま)や、弓削島の南に浮かぶ豊島(弓削豊島=ゆげとよしま)と同じ名前を持つが、それらとは別の島である。瀬戸内海には島が多数存在するので同じ名前の島がいくつもあったりする。

そして所属していた自治体もややこしい。現在は周辺の島を含めて呉市に属したので混乱は少なくなったが、以前は豊浜町という独立した自治体だった。ところが隣に浮かんでいる大崎下島のかつての自治体名称が豊町であった。なぜ隣に。しかもその読みは「ゆたかまち」。島の名前が「ゆたかじま」なのか、自治体の名前が「とよちょう」なのか訳が分からなくなる。。。

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そんな豊島だが、小さな島ゆえ見所はあまりない。とりあえず足跡を残す目的で橋を渡ってすぐの所にある観光案内の看板とそこから見える豊島大橋の姿を撮影するのみで、すぐに次の島へ移動した。

 

大崎下島:


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豊島の東隣に位置するのが大崎下島である。豊島とは豊浜大橋によって結ばれている。これで110島目。

大崎下島は周囲26キロほどと瀬戸内海の島としては割と中庸な島である。この島も人口は1500人あまり。どの島も過疎化と高齢化が深刻だ。そうした老人たちが生涯を終える頃には、島にはほとんど人が残っていない、なんてこともあり得る。インフラの維持なども考えると集団離島ということがあるかもしれない。せっかく作った橋も維持が難しくなって放置なんてことになる可能性もある。そうなった時ここはどのような光景が広がっているのだろうか。

大崎下島の北東に大崎上島があり名前的に対をなしているが、他の近隣の島と比べて幾分離れている。にもかかわらず上下を冠しているわけだから何かしらの由来があるのではないかと思ったが、ちょっと調べたくらいではそれらしき文献を見つけることができず、歴史的なつながりはよく分からなかった。案外たまたまひとまとめにされただけで大したつながりはなかったのかもしれない。

 

時計を見ると間もなく12:15になろうとしている。このあと島の東側にある小長港から13:00に出港するフェリーで大崎上島に渡る予定なので残り時間は45分ほど。大崎下島は南東部にある御手洗(みたらい)の集落が見所らしく、道の至る所に看板が掲げられていたので、ちょっと見に行ってみたいなと思ったが、その前に東側に浮かぶ岡村島へも上陸しなければならない。

そちらを優先すると時間的に厳しい。御手洗集落は時間次第になりそうだ。。。

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橋を渡りきるとアプローチ道路によって島を一周する道に合流する。その辺りで車を停めて足跡付けを兼ねた撮影タイム。

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車を降りた場所からは豊浜大橋が見えた。この辺りの島々にかかる橋はこのトラス橋が用いられていることが多いようだ。昭和から平成の初めごろに掛けられた橋はこうしたトラス形式が主流でそれ以降に掛けられた橋は吊り橋が主流となっている。その間に技術革新があった、ということなのだろう。

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大崎下島側から見る豊島集落。かつての豊浜町の中心市街地だっただけあって人家が密集している。

Posted by gen_charly