ほぼ日本一周ツアー【1】(2000/09/15~09/17)
一昨年、昨年と、このところ毎年のように札幌のS君と会っている。毎年会っているのに、お互い話が尽きないので、いつも最後は物足りなさを感じつつの解散となる。そんなS君は作曲も手掛けていて、先日、自主製作したというミニアルバムを送ってくれた。アルバムの中に収められている曲は、T-SQUAREのようなポップなフュージョンの雰囲気を持ちつつ、ゲームミュージックの世界の流行も取り入れたような、ドラマティックな楽曲が収められていて、同世代なのにこれだけの作曲ができるなんてすごいなと尊敬した。
お礼に自分が出演したライブを録画したものを送ってあげたら、なんか気に入ってもらえたらしく、彼のそのオリジナル曲のベースパートを、自分の演奏でぜひレコーディングしたいというオファーを送ってきた。
レコーディングは当時まだ未経験だったが、いずれチャレンジしてみたいとは思っていた。ただ、やったことがないので段取りなどが分からず、そのうち・・・と先延ばしにしていたのだ。そうしたタイミングでのお声がけである。手ほどきを受けるまたとないチャンスなので、ふたつ返事で参加表明をしたいところだが、いかんせんS君は札幌にいる。レコーディングというからには機材のあるところまで出向かなければならない。即ち楽器を担いで自ら札幌に出向かなければならない。そんなの行って帰ってくるだけでも大仕事だ。わざわざ札幌まで出向くような話だろうか。ちょっと逡巡したが、自分の好きな楽曲を自分の演奏で記録に残せることへの誘惑が勝り、札幌行きを了承した。
日程を調整する中で、9月の土日がターゲットとなった。自分は夏季休暇を当てがって、ターゲットの土日を起点にした8日間の休みを取ったが、S君はその土日しか休めないとのこと。つまり与えられた時間はその2日間のみ。2日間でレコーディングなんて完了させることができるのだろうか。
まぁ正直なところ、レコーディングのお誘いが、2人が集まるための口実のようなものだというのは、うすうす感づいていた。だってレコーディングなどやったことがないと言っている人間が、そんな短納期で作品を仕上げられるわけがないことは、S君だって知っているはず。所詮楽器を囲んで尽きない話の続きができればそれでよいはず。もちろん、行くからには全力を尽くす所存だ。
ただ、遠路札幌まで出向いて、ひたすら楽器だけ弾いて帰ってくるのでは何だかもったいない。なので、8日間の休み中にS君に札幌のローカルな名所でも案内してもらおうかと考えていたのだが、アテが外れてしまった。
仕方がないので休暇の残りは1人でどこかを散策することに。といっても北海道は昨年観光したばかりなので、どうせならまだ見ぬ場所に訪問してみたい。もちろん北海道にはまだ未訪の地が沢山あるのだが、出発までにあれこれ考えているうちに福岡へ行ってみたくなった。どうかしてるぜ。札幌から福岡といったら日本の端から端みたいなものである。普通そういうルートで観光することはない。無駄の極致なプランだが、普通の人がやらなさそうなことをやってみたくなったのだ。当時職場が変わって少し収入に余裕ができていたから、やってみようと思ったのもある。
まぁ今になって振り返れば、S君と会うのはまた別の機会に譲って、最初から九州に行っておくべきだったかなと思わなくもないが、この旅行が自分の人生における得難い経験となったこともまた事実。後悔はしていない。
ということで再びの北海道と、まだ見ぬ九州をいっぺんに回る欲張りツアーを敢行することになったわけだが、今回は日程的にも移動距離的にもマイカーというわけにはいかない。ということで札幌と福岡への移動手段は思い切って空路を選択した。
そしたら楽器が持ち運べないことに気が付いた。いま自分の楽器を収納しているケースはソフトケースなので、そのまま荷物として預けるのは不安だ。かといって寸法的に機内には持ち込めないので、結局ハードケースを購入することにした。予想外の出費である・・・。なんかどんどん方向性がおかしくなっているような気がするが、気にしたら負けであるw
一路、札幌へ:
2000/09/15

夕方の羽田発新千歳行きの飛行機。当時の自分は仕事で出張することもないし、東北以外に親戚もいなかったので、飛行機は縁遠い乗り物であった。家族と旅行で飛行機に乗ることはこれまでも何度かあったが、手続きなどは親任せだったので1人で乗るのは初めて。無事に搭乗できるか不安だった。
荷物を預ける場所は間違えていないか、手荷物として持ち込むものに持ち込みNG品がないか、手荷物検査場の入口は間違えていないか、ひとつひとつが不安だ。
オロオロしながら、それらをどうにかクリアして、あとは搭乗口へ向かうだけとなった。で、チケットに記載されている83番ゲートを探しながら歩いていくのだが、いくら歩いてもそのゲートが見つからない。探しながら歩くうちに突き当りまで行ってしまったのだが、それでも見つからない。なんかおかしいと思って手近にいた係員に助けを求める。
係員はチケットを確認して目を丸くした。
「83番ゲートはここからだと反対の端になります。もう出発まで間がないので急いで向かいましょう!」
反対!?まさか全力で反対方向へ歩いていたなんて。しかもここにたどり着くまでにたっぷり5分は歩いている。それをもう一度戻るのか・・・。
係員の手を煩わせてしまうことへの申し訳なさと、搭乗口ひとつまともに見つけ出せない恥ずかしさと、出発に間に合わないかも知れないという不安がごちゃまぜの感情になって自分を襲う。係員もいい迷惑である。荷物満載のスポーツバッグが肩に食い込んで痛いが、とてもちょっと待ってください、なんて言える雰囲気ではない。足早に歩いて行く係員を頑張って追いかけるしかなかった。
ゲートにたどり着いたのは出発5分前だった。ここまで案内してくれた係員にお礼を言って飛行機に飛び乗る。どうにか間に合った・・・。この一件で精神的、体力的に疲れ果ててしまい、自分の席に着席したら離陸する前には眠りに落ちていた。
気が付くと新千歳空港に到着していた。散々な単独飛行機初搭乗だったが、それもまた思い出の1ページにしておこう。
それから列車とバスを乗り継いでS君の自宅に到着。遠かったー。S君宅に到着したのはかなりの深夜だったと記憶している。にもかかわらず嫌な顔もせず招き入れてくれた。
それからひとしきり談笑して就寝。
レコーディング開始:
2000/09/16
この日はレコーディング初日。曲は事前に送られてきており、出発前までに何度も聞いたので、メロディや展開は大体頭に入っていたものの、コード進行やリズムパターンなどがまだ解析できていなかった。そこでまずはS君からスコアをもらって譜読みから始める。その曲は3連シャッフルで、それがスリップビートによって展開されていくという難解なもので、なかなか頭に入っていかなかった。
今回、レコーディングをしに札幌入りをしているわけだが、当時の自分は、楽譜を1日で読みこなしてそのままレコーディングまで仕上げるようなスキルはなかった。案の定、楽譜を読むのに時間がかかり、フレーズを覚えるのに時間がかかる。なので進捗は全くもってはかばかしくない。
だがS君は、一向に仕上がりが見えてこない自分に呆れる風でもなく、練習の合間の無駄話で脱線しまくりだった。やっぱりレコーディングは無駄話をするがための口実だったかw
結局まる1日、深夜まで頑張ったが完成させられないままこの日はギブアップ。
島武意海岸へドライブ:
2000/09/17
大した睡眠も取らず朝を迎えた。タイムリミットが刻一刻と近づく中、この日がラストチャンス。だが曲はまだ完全には覚えきれていない。どうにもスリップビートの所でコードが変わるのが馴染まず出遅れてしまう・・・。
言い訳はさておき、最終日でこの体たらくでは、今晩までに仕上げることなど到底無理だ。だが相変わらずS君とは雑談で盛り上がって、気がつくと脱線している。昼前にはレコーディングはPC座談会へと発展的解消を遂げ、やがて気分転換にドライブでも行くかと誘われて、S君の実家の軽自動車を借りたドライブへと発展的解消を遂げることになった。つまり諦めたと言うことだw

ドライバーはなぜか自分が受け持つことになった。運転は嫌いじゃないのでそれでも一向に構わないのだが、いいのだろうか・・・。
行くアテは特に決めてない。S君が気まぐれに、右とか左とか言うのに合わせて進んでいたら小樽を過ぎた。言われるままに進んでいくと積丹町の島武意(しまむい)海岸という場所に着いた。ここで海岸のほう降りてみよーか、というS君の号令に従って国道から海岸沿いの集落への道を下る。
集落を抜けたどん突きが島武意海岸だ。

ここは積丹半島の最突端部に位置する。台地の上にある駐車場に車を置くと絶壁を下る遊歩道が取り付けられていて、そこを下ると周囲を崖に囲まれた海岸だった。海上にも険しい岩が屹立している。
なぜS君がここに行こうと思ったのかは分からない。これ以上進むとキリがないからこの辺でと思ったのだろうか。こんな険しい海岸でも日本の渚100選に選定されているらしい。渚というのはもっと穏やかな、波打ち際のようなものをイメージしていたが、そういうものでもないらしい。
太陽はもう西の空に沈みつつあった。そのせいかは分からないが周囲には人っ子ひとりいない。3人で来ているから心細さはないが、1人だったら早々に立ち去りたいと思うような場所である。まぁそれほどやることのある場所でもないし、風景を愛でるようなセンスがあるわけでもない3人なので、30分位しかいなかったが。
でもまぁ、ある意味地元の人だよりの旅なわけで、自分1人だったらまず来ない場所だ。そういう意味で割と満足。みんなが満足できたかどうかは知らない。
その日の晩はS君の家でごちそうになった。お父さんから、好きなだけ乗せて食べなさいと自家製イクラの漬けを振舞ってもらった。お言葉に甘えて丼のご飯が見えなくなるくらいイクラをまぶした、豪勢なイクラ丼ができあがった。もうその見た目だけで美味しいのだが、食べてみたら、水晶玉のように真ん丸な粒々のイクラが口の中ではじけて、これまで食べたことのない絶品のイクラ丼だった。やっぱり北海道の料理はうまいなぁ!と感涙しながら食した。
そしてレコーディングは、案の定満足な成果を残せぬままタイムアップとなった。