石巻・浦戸諸島巡り【8】(2024/03/30)
白菜採種地記念碑:
路地を左折した先は、緩やかにカーブを描きながら徐々に高度を上げていく道になっていた。この道が東西に長い桂島にある2つの集落を結んでいる。この道を歩いて石浜集落を目指す。
斜面に数軒の民家が見える。この辺りは桂島集落から少し離れた場所となるが、ここも桂島集落の一部となるようだ。
見えている民家は軒並み建てられてから長い年月を経ているように見える。つまり、震災前からここにあったことになる。海岸沿いの建物が更地になっていることを考えると、津波の遡上は今自分が立っているあたりで止まったのだろう。

島の中央付近にある十字路の角に写真の石碑が掲げられていた。それには、この島が日本で初めて白菜の採種を行った島であると書かれていた。
白菜は日本の冬の野菜として欠かせないものだが、元々は中国が原産の植物である。それが日本に持ち込まれて栽培が始まったのだが、アブラナ科の野菜である白菜は、他のアブラナ科の植物と交配しやすく、良い種が取れず収量が安定しなかったという。
そこで、他のアブラナ科の植物が少なく影響を受けにくいこの島で白菜を育ててみたところ、非常に良質な種の採種に成功したのだそうだ。これが松島白菜として全国に広まり、こんにちのように冬の野菜として不動の地位を得ることができたというわけである。
集落を結ぶ道:

石碑を境に集落が途切れて、この先は暫く藪の合間を進む道になる。といっても元からそうだったわけではない。数十年前までこの辺り一帯は白菜畑だったそうだ。だが耕作が放棄され、今や一面の藪となってしまっている。

その道すがら、路傍に小さな花壇があった。その傍らには木で作られたお手製のかわいらしいイスが置かれ、その上にはキノコのオブジェが飾られていた。畑の所有者が道に彩を添えようと頑張っておられるようだ。
そこから100mほど進むと急に視界が広がった。その一角は草木が刈られ、海岸までよく見晴らすことができた。その谷間の真ん中に小さな陸繋島が見える。この特等席を満喫できるようご丁寧にベンチまで拵えられていて、島ののどかさを存分に味わえるようになっていた。

その隣にはスイセンが植えられていた。満開の少し手前でまだ花が開ききっていなかったが、あと数日したら見頃を迎えそうな感じだった。
傍らに、以前はここに菜の花畑が広がっていたことを紹介する看板が立てられていた。もちろんここでいう菜の花とは白菜のことである。思いがけず遭遇した綺麗なお花畑に、2人はテンションを上げてキャッキャとはしゃぎながら花と景色を堪能していた。
今日はまだちょっと寒いが、小春日和の頃にお弁当持参でここへ来て、2時間くらいぼんやりとしてみたいなと思った。

こうしてみると、なんだか地元にある裏山辺りの農道っぽい。学生の頃、こんな道を友達と自転車で爆走していたような気がする。ここだけ見ているとあまり離島にいる感じがしない。

やがて道は下りに転じ、ここを降りると石浜の集落だ。
それはそうと自分とカミさんの後姿の2ショットは大変珍しい。大抵チビとカミさんがどんどん先に進んで、自分がその後方を歩いているからだ。
最近、自分らが盛んに写真を撮っているのを見て、チビも写真を撮りたいと言ってきたので、自分が昔使っていたスマホをお下がりで渡してみた。SIMは挿していないので単なるデジカメだ。で、あとで写真をチェックしたらこんな写真が写っていた。構図はまだデタラメだが、チビに見えている景色や、写真に撮りたいと思う感性の一端を知ることができるのが、なにげに嬉しい。
石浜の集落:

集落に入る手前に枝分かれして斜面を登っていく階段があった。その上の方にお堂のようなものが見えたので、ちょっと寄り道してみた。
そのお堂は、見た感じお寺のようにも見えるし、ただの集会場のようにも見える。窓ごしに中を覗いてみたら、奥に祭壇が設けられていたのでやっぱりお寺のようだ。
せっかくなので訪問のご挨拶を兼ねて手を合わせてきた。といってもお賽銭箱もなければ寺の名前も書かれていない。なんとも欲のないお寺さんである。地図で調べてみたところ浄極庵というそうだ。
それから石浜まで降りてきた。のんびり、あちこちで足を止めながら歩いても20分少々の道のりだった。
こちらは背後に丘が迫っていて、桂島集落と比べると窮屈な印象だ。

だが集落の規模としてはこちらの方が大きいらしく、島の郵便局(浦戸郵便局)はこちらの集落にある。

そして集落の一段高いところには民宿もある。2階の作りがこじゃれている。こんな宿で2泊くらい、何にもせずのんびりと過ごしてみたいものだ。
野々島への渡船:
さて、ここから野々島へと渡るわけだが、その渡船は特にダイヤが決まっていない。通常は野々島側で待機しており、待合所に記載された番号に電話をかけて、こちらまで迎えに来てもらうシステムになっている。

こちらがその待合所。貨物用のコンテナを改造したような簡素なものだ。
掲示された電話番号に電話をかけると、数コールで繋がった。野々島へ渡りたい旨を伝えると、すぐ向かいますと言われて電話が切れた。

岸壁でのんびりしていると、本当に数分でこちらへやってくる船が見えてきた。程なく目の前の桟橋に接岸し、乗船を促された。

やってきた渡船は、ほぼ釣り船に等しいコンパクトなもので、運転室内に設けられた小さなベンチに腰掛けたら出発。一応、デッキにいることもできるらしいのだが、ライフジャケットの着用が必須になるため、大人しく船室に納まった。
だが、船室は窓が高い位置にあり、ベンチに腰かけているとほとんど何も見えない。その点ちょっと残念だったがまぁやむなしである。どうせ数分の船旅なので。
船内で船長というか船頭から、風が強いですねと話しかけられた。風のせいで行こうと思っていた田代島に渡れなかったんですと返答すると、今日は午後からもっと風が強くなるので、午後は船出ないかもですねと聞き流せない情報がもたらされた。自分らはこの後、寒風沢島と朴島に寄って塩竃に帰る予定なのですが、船欠航しちゃいますかね、と更に聞くと、あまり遅くならなければ大丈夫じゃないですかとのことだ。うーん・・・。
もし船が欠航したら、寒風沢か朴島の辺りで足止めを食らう可能性がある。もしそうなったら今日中に本土まで戻れなくなるかもしれない。そうなると手配しておいた仙台の宿もキャンセルしなければならないし、今日の宿泊先を島内で探さなければならない。予定が大幅に狂うのでそれは避けたいところだが・・・。
昨日と比べたら圧倒的に安定した天気だったので、内湾になるこの辺りはあまり影響がないものと思っていたが、そうでもないのだろうか。