石巻・浦戸諸島巡り【7】(2024/03/30)

市営汽船うらと:


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こちらが市営汽船うらとである。後ろからしか撮影していないのは、船の舳先側は桟橋が途切れていて、その向こう側へ回れなかったためである。それはつまり、市営汽船の乗り場がマリンゲート塩釜の一番端に追いやられていることを意味する。利用者見合いといえばそういうことなのかもしれないが、ちょっと寂しい。

後部から船に乗り込むと、船室内は3列+4列で座席が並んでいる。既に結構な人数が乗船していたが、先頭のかぶりつき席が空いていたので、速やかに陣取る。これで前面と側面の良好な見晴らしが期待できる。

ちなみにいつもならデッキに陣を張ることの多い自分だが、今回は大人しく船室内に入ることにした。まだ気温が低く、潮風を受けていたら寒そうだからというのもあるが、デッキは乗船客の通路になっていて、係員などが右往左往していたのにちょっと気兼ねしたからでもある。

というか何よりこの周辺は花粉がよく飛んでいるようで、今朝方からずっと鼻水と涙目が止まらないのだ。この状態でデッキなんかにいたら、鼻炎を悪化させてしまいそうだと思ったのが一番の理由である。

少しして船が出港。内湾であるせいか波はだいぶ穏やかで、確かにこれなら船の運航に影響が出ないわけだ、と納得。

これから訪問する浦戸諸島には商店の類がないので、昼食は持参する必要がある。昨晩スーパーでおにぎりなどを買い込んできたので、島に上陸したら見晴らしの良さそうなところに行って食べようと思っていたのだが、船に乗った瞬間チビとカミさんが、お腹空いたと訴えた。空気の読めない奴め・・・。多勢に無勢、結局船上で食べることになった。島でのランチも楽しみにしていたのだが致し方なし。

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前方の窓から島影が見えた。この島は馬放(まはなし)島という無人島だ。かつて鹽竈(しおがま)神社に奉納する神馬を放牧していた島だそうだ。

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そしてその辺りから、航路の周辺に夥しい数の棒が立っているのが見えた。見た感じノリの養殖っぽいが、水面下なのではっきりとは分からなかった。水深の浅い汽水湖の湖岸に生えるヨシの群落みたいだ。

馬放島と桂島の間の海峡は松島湾においては広い水道になっている。そのせいか風が幾分強くなって、船も潮を被ってしまった。こうなってしまうと周辺の景色をカメラで撮影するのが面倒くさくなる。オートフォーカスが手前の水滴にピントを合わせてしまうからだ。

マニュアルモードに切り替えるのが面倒だったので、一旦撮影の手を止めた。

桂島:


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やがて桂島の島影が近づいてきた。集落は小ぢんまりとまとまっている感じだ。

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港に船が接岸し、自分の島旅118番目の島として桂島に降り立った。桂島は浦戸諸島の一番西側に位置する有人島で、人口は120人ほど。主な産業は漁業だそうだ。

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港には無人の待合所があり、漁港に面して集落が広がっている。この集落は桂島集落と呼ばれ、この島に2ヶ所ある集落のうちのひとつとなっている。

▲今回歩いたルート

さて、前述したとおり、我々はこれから桂島、野々島、寒風沢島、朴島の順に島を巡って、朴島で再び市営汽船に乗って塩竃に戻る計画である。これらの島々は目立った観光スポットがないので、ブラブラとあてどなく散策する感じになる見込みである。一応、それぞれの島で散策する経路はざっくり考えていて、事前に計算したところ、朴島までの散策で5キロほど歩くことになるようだ。朴島からの戻りの便の時間も考慮したうえで逆算すると、各島への滞在時間は30分~45分と見積もられた。

そのペースで進むと朴島14:00発の6便に乗れる。一応その次に16:30の便もあるのだが、2時間半も空いてしまうのでその便は保険としておきたい。まぁ、寄り道がどのくらいあるか次第になると思うが。

桂島には集落が2つある。ひとつは今いる桂島集落で、もうひとつが石浜集落である。市営汽船はそれぞれの集落の港に寄港するが、野々島へ渡る渡船は石浜港の方から出港している。であれば2つの集落を結ぶ道を散策していけば面白そうだ。桂島港で降りたのはそんな理由である。

では出発。

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港の待合所の通りに面したところに置かれた車止めが魚の形になっていた。アバンギャルドな緑色というカラーはともかく、その姿が面白いと言って2人が何枚も写真を撮っていた。

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待合所を挟んだ向こう側にはちょっとした公園風の広場があり、その向こう側が集落の入口となる。

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奥の路地から先は上り坂になって島の高台へと繋がっている。その両側に建ち並ぶ家々はどれも年季が入っている。

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2軒目は商店になっている。こちらもまた全体的にレトロな雰囲気をまとっている。既に閉店しているようで、入口はカーテンで閉ざされている。

同じ店なのか、建物内で分かれているのか不明だが、内海酒店わせねで屋という2つの看板が掲げられている。それにしても看板に掲載された電話番号が「(浦戸)70」だ。つまり手動交換機を使っていた時代からある看板ということになる。いつからあるのだろう・・・。

そしてもうひとつの看板、いきなりダジャレになっている。そのフォントも含め隣の看板とは別の時代のもののようだが、店主が代替わりしているのかもしれない。ちなみに「わせねでや」という言葉は「わすれないでね」という意味だ。

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そして、そこから数軒先で早くもこの道の峠を越える。すぐさま下りに転じ、前方の海が見晴らせるようになった。

こちら側は建物らしきものが一切ない。古い航空写真を見てみると、この辺りは一面の畑だったようだ。ただし、海岸に沿った防風林の内側に数戸の家屋の姿も見える。が、現在はご覧のとおり何もない。これも東日本大震災の津波によって、家屋が押し流されてしまったのだろう。

我々は道の先に見える路地を左折することにしているのだが、海岸まで歩いても1、2分の距離なので、どうせなら向こう側にタッチしてから戻ればよかったかな。

Posted by gen_charly