沖縄離島探訪【9】(2006/11/23)
亀甲墓:
暫く道なりに歩いてくと前方にカミヌクー(亀の甲/亀甲墓)と呼ばれる沖縄のお墓が見えてくる。その脇を通り抜けて海に面した崖の上で小休止となった。
馬から降りるとなんか足が地についていないような不思議な浮遊感があった。乗船後の陸酔いみたいなものか。
我々を降ろした彼女らは早速その辺の草を食べ始めた。これぞまさしく道草である。
崖の上から海を眺めているこの人がゆうゆう広場の管理人。本文中でお兄さんと称させてもらっている。こんな風景をバックに立つと絵になりすぎて困る。
崖下にわずかに見える砂浜は四畳半ビーチと言う変な名前が付けられている。そのくらいの大きさで、と言うことだろうか。
プライベートビーチっぽい雰囲気を醸し出していたが、海が荒れているので今日は甲羅干しくらいしか出来なさそうだ。
崖の向こうに見えているコンクリートの構造物がカーミヌクーである。この辺りは浦野墓地という墓地になっているのだがその範囲は広大である。そもそも見てのとおりお墓の一つ一つが本土のお墓と比べると遥かに巨大である。小さなものでもちょっとしたテントくらいの大きさがあり、大きいものになるとちょっとした民家の家屋くらいの大きさになる。
この島では古くから風葬の風習があり、遺体を収めた棺を格納して数年かけて風化させていたそうだ。棺を納めるためには広い空間が必要となり、それがやがてこうした亀甲墓に発展したらしい。
ご覧のとおりほとんどがコンクリートで作られていて、色が白いのが本土のお墓との大きな違いである。そのせいかここが墓地であるという薄気味悪さのようなものは全く感じられなかった。
乗馬ツアー(戻り):
崖を見たり海を見たり馬を見たり墓を見たり、めいめい休憩していたら戻りの号令がかかった。
再び馬にまたがったところで記念撮影をしてくれた。やっぱりまだサマになっていない。。。
帰り道はナンタ浜を通らないこと以外、行きと同じコースを辿って戻っていく。ようやく手綱さばきの感覚にも慣れてきて県道横断は難なくクリアできた。折角慣れてきた所だがもう間もなく終了である。もっと乗っていたいところだがそういう訳にもいかず、なんとも名残惜しい。
無事ゆうゆう広場まで戻ってきて下馬する。出発前は街中に繰り出すなんて言われてどうしたものかと戸惑ったが、無事に戻って来られたので自分、案外センスあるんじゃないの?なんてちょっとだけ思ったが、まぁ優秀なお馬さんのおかげである。
広場まで戻ってからお兄さんと少し会話した。色々話していたらカミさんと同郷であることが分かった。と言ってもここへ来るまでの間には紆余曲折あってモンゴルの辺りを旅した末にたどり着いたらしい。与那国なんてよくこんな遠いところまで来ましたね、と話したら、モンゴルに比べたら全然近いっす、なんて言っていた。
そうしたさすらい人である氏だが、モンゴルでの思い出話をしたかと思えば、カミさんと地元の美味しい店の話で盛り上がったりしている。
どのくらいにスケールに合わせて話せばよいのか、違った意味で距離感の取り方が難しかった。
軒先にTシャツがかけられている(前ページ参照)。馬と言う漢字は走る馬の姿が元になっているのだが、そのTシャツはそれを再度馬の姿のようにデフォルメした漢字が書かれていた。カッコよかったので誰が作ったのですか?と聞くと、自分で作ったという。そういうデザインのセンスも持っているなんて。
カミさんがカッコいいシャツですね、と褒めたら気を良くしたのか、子供が生まれたら着せてください、と子供用サイズのTシャツを1枚プレゼントしてくれた(着せた写真はこちら。無事に着せることが出来た)。
こうして2時間ばかりの乗馬体験が終わった。予定外のアクティビティだったが実に得難い体験だった。
再び石垣へ:
広場を出て荷物を取りに一旦宿に戻る。宿に戻ると女将が我々の荷物を準備して待っていてくれた。それから空港まで送ってもらいお礼を言って解散。
飛行機の離陸までロビーの土産物屋を物色していたら長命草ちんすこうなる耳馴染みのないちんすこうが売られていた。試食があったので食べてみたらヨモギのような風味を感じて美味い。普通のちんすこうよりも上品な味だったのでお土産として購入。
それから他の店で売られていた、島の特産であるカジキマグロの蒲鉾も購入。いい土産が出来た。
飛行機は定刻どおり11:55に離陸。この飛行機で再び石垣島へ戻る。
与那国へ向かう時より天気が良かったので、西表島と石垣島の間に点々と浮かぶ島々が良く見えた。
新城島(あらぐすくじま)。パナリ(離れ)島とも呼ばれるこの島は上地島(手前)と下地島(奥)に分かれ、上地島には数名程度の住人がいるらしい。下地島の方はもっぱら牧場とのこと。
今でこそ無人島一歩手前状態の島であるがかつては多くの住民が暮らしていた。今でもお盆になると旧島民がこぞって帰島してその一時だけは島が大賑わいになるそうだ。
だが、既に定期船のない島になってしまったので、我々が上陸するにはかなりハードルの高い島である。
黒島。この島は牧畜が盛んな島で住民より牛の数の方が多いらしい。
飛行機の高度の都合上一部分しか写っていないが、小浜島。この島の名前は「こはまじま」という。福井県にある小浜市(おばまし)がアメリカのオバマ元大統領と同じ名前だということで一時期静かに盛り上がったことがあるが、こちらは読みが違う。なので大統領人気へのあやかりもなかったそうである。
奥に見える大きな島は西表島である。
このほか竹富島というサンゴを敷き詰めた真っ白な路地に昔ながらの民家が建ち並ぶ風景が有名な島があるが、この島は我々の座席とは反対側にあるらしく視界に入ってこなかった。ここも一度は訪ねてみたい島である。
ここまで来ると石垣島はもうすぐ。乱気流に巻き込まれることもなく戻って来ることが出来た。