紀伊半島と浜松のドライブ【2】(2023/07/24)
太地町くじらの博物館:
朝食を済ませたらすぐに出発する予定だったが、由緒ある神社の散策に殊の外時間を取られてしまった。と言っても元から9:30のショーには間に合わない見込みだったのでそれほど急ぐ必要もない。かといってダラダラしていてもしょうがないので、ぼちぼち出発。
道の駅から先の国道も相変わらずすこぶる順調に流れていた。順調に時間が繰り上がって、この分なら初回のショーにも間に合いそうな感じだ。そんな訳で心持ち急ぎつつ現地に向けて進んでいったのだが、
くじらの博物館の駐車場に着いたのは9:40。結局10分間に合わなかった。。。
くじらの博物館は前述のとおり、イルカやクジラのショーを開催している。イルカのショーは世界各地の水族館で開催されているが、クジラのショーは余り聞かない。クジラの曲芸とはどんな物だろうか、と興味を持ったのが訪問のきっかけのひとつだ。
くじらの博物館やクジラのショーが行われていることからも分かるとおり、ここ太地町はクジラに縁がある町である。
この町では古くからくじらの追い込み漁が盛んで、商業捕鯨が休止されて以降も近海での追い込み漁を続けていた静かな漁村だった。ところが欧米の反捕鯨団体によって製作されたThe Coveというドキュメンタリー映画の舞台としてこの地が取り上げられたことで、世界的にその名を知られることとなった。
太地町側は捕鯨は地域の文化であり、計画的に捕鯨しているうえ捕獲した鯨は余すところなく利活用を行っているため乱獲にはあたらない、という立場をとっているが、反捕鯨団体側は捕鯨そのものが鯨愛護の精神に反するということで、嫌がらせなども含めた執拗な反対運動を続けている。最近は騒動も幾分下火になってきているが、まだ和解がなされたという話もないようなので、折り合いの付かないままにらみ合っているような状況だろうか。
こうした問題の啓蒙を兼ねているのか、捕鯨を題材にした子供向けの絵本や教材などは数多く出版されており、近所の図書館にもいくつか蔵書されていた。
チビには沢山の本に触れてほしいので図書館で定期的に絵本などを借りて読ませている。その中にクジラの追い込み漁を描いた絵本があった。絵本は江戸時代辺りの和歌山県を舞台に、クジラ漁師が屈強なクジラと知恵比べや心理戦をしながらクジラを仕留めていく物語だ。借りてみたはいいがストーリーが比較的シリアスな展開なので流石にチビには早いかなと思ったのだが、意外にも読ませてみたらチビはその物語を食い入るように読み込んでいた。
捕鯨のことが分かる博物館があって、そこでクジラのショーが見れるんだけど行きたい?と聞いたら、行きたい!と即答だった。まぁショーが見たいだけかもしれないが。
もちろん自分としても、そうした騒動の舞台となった現場が今どうなっているのか興味がない訳ではなかったが、子供を連れて変なトラブルに巻き込まれたら困る。でも博物館なら安心してそういう情報を手に入れられそうだと思ったことも訪問の目的である。
というわけではるばる紀伊半島の南端までやってきた訳だが、初回のショーに間に合わなかったのは上述のとおり。と言ってもショーは複数回開催されるので、次の回まで博物館の方を先に見学しておくことにした。
まずは受付で入館料(大人1500円、子供800円)を払い、館内へ入る。
博物館は3階建てで吹き抜け部分にクジラのオブジェや骨格標本、それと追い込み漁の船がぶら下がっている。クジラがでかい生き物であることはもちろん知っているが、改めて実物大で見せられるとその巨大さに圧倒される。
建物はなかなかに年季が入っている。一角に記念メダル製造機が置かれているのを見て懐かしくなった。
自販機でメダルを購入し、刻印機に文字を登録して打刻してもらうとオリジナルの記念メダルが作成できるというもので、自分が小学生のころにはこうした観光施設に大抵置かれていたものだった。最近見なくなったなぁ、と思っていたらこんな所に残っていた。
すかさずチビがこれやりたい!と言い出した。自分が子供の頃もこう言うの欲しがって親にねだっていたくらいなので、その気持ちは良く分かる。だがカミさんはメダルとキーホルダー状のリングが合わせて800円もするのが気に入らないと言うことで、他を見に行こうとはぐらかした。チビの性格的に他を見るとすぐ目移りするのが目に見えているので、ひととおり見てから決めよう、ということだ。
建物の1階と2階はイルカやクジラの種類、生態などに関するものを中心とした展示になっていて、鳴き声の違いを聞き比べる装置などがあった。
クジラのショー:
それらを見学しているうちにクジラのショーの時間になったので館外に移動。これらの見学も料金に含まれているので、こうしたショーを見る施設としては非常にリーズナブルである。
クジラのショー会場は海の入り江を活用して作られている。すでに会場にはたくさんの見物客が詰めかけていた。聞こえてくる会話には日本語以外の言葉も多く混じっている。インバウンドも再開されて街中でも外国人の姿もよく見かけるようになったが、こんなアクセスの悪い場所にまで押しかけてくるのだからそのバイタリティには感心する。
日本では旅に出ることを旅行という言葉でひとくくりにしているが、英語ではトリップ、トラベル、ツアー、ジャーニーと言った具合にその旅の内容や期間に応じて異なる表現がなされている。トリップは小旅行、トラベル、ツアーは中期の旅行、ジャーニーは長期間の旅行(厳密にはその旅程)というニュアンスを持つ。さらにトラベルは定められたコースを順に訪ねるスタイル、ツアーは自ら目的地や対象を定めて旅行に出かけるスタイル、と言った具合に使い分けられているそうだ。
日本では旅行代理店などがトラベルやツアーを適宜使い分けているようだが、2泊3日程度の旅行であれば本来トリップが適切な表現となる。外人のトラベルやツアーと言えば月単位を指すし、ジャーニーと言ったら年単位のような壮大な物語となる。この辺りはアパートをマンションと称する日本人の見栄っ張りな部分なのかも知れない。
それはさておき、以前はガイドが先導してあちこちを見て回る、上記で言う所のトラベルが旅行の主役であったが、近年ではインターネットなどで入手できる情報が増えたこともあって、自らが行きたい所に行くツアースタイルの旅行が流行っているのだそうだ。
これを受け入れる側の視点で捉えると、以前のように観光ルートに定められていて、特段の努力をしなくとも自動的に観光客がやってくる時代は終わり、旅行者が見たい、あるいは体験したいと思えるコンテンツを持っている、ないしは提案できる場所こそが観光地として生き残れることを意味する。見たいものがそこにあればどんな場所でも行きたくなる訳だから、見所としての知名度やアクセスのしやすさは関係ない。逆に言えば風光明媚な所であっても手垢が付いてしまったような所は人気スポットたり得なくなるので、常にブラッシュアップを続けて集客の努力を続けていかなければならなくなってきていることも意味している。
ここ、くじらの博物館はアクセス面で言えば相当へんぴな場所だが、クジラという取り扱いがセンシティブな生き物を中心に捕らえた、他に類を見ない博物館であり、それこそを見たいと言う人は是が非でも訪れたい魅力がある場所、と言うことなのだろう。
まぁ、それにして良くこんな所まで来るなぁ、という風には感心してしまうが。
脱線したので話を元に戻す。そうした見物客の流れに出遅れてしまった我々は、とりあえず空いているベンチに腰掛けてみたのだが、どうにも前方が見づらい。周囲を見回すとフェンスの近くまで行ってかぶりつきでショーの始まりを待っている子供たちの姿が見えた。それを見てチビも前に行きたいと言い出したのでカミさんがチビを連れて前方に移動。
自分1人残されてしまったが、1人で見るならこんな見づらい場所で見る意味はないので、自分もアングルを変えた別の場所へ移動した。ただ、それぞれ移動した先はどちらも屋根がない場所だったので、照り付ける日差しを一身に受ける。途端に汗が噴き出してきた。
そうこうするうちに時間になりショーが始まった。クジラと言ってもミンククジラとかヒゲクジラといった巨大な種ではなく、ゴンドウクジラと言う体長3m前後のクジラが芸を披露してくれるそうだ。
飼育員の合図に従って優雅にジャンプして見せたり、胸びれをパタパタと振って挨拶したり、一斉に鳴き声を上げたりといったなかなか芸達者な子たちである。
芸を見せ終わるとすぐさま飼育員のもとに寄って餌をもらう所はイルカと一緒だ。
クジラはイルカよりも一回り程体が大きいせいかイルカよりダイナミックな芸を披露していた。もしかしたら飼育員が差別化を図るために調教を分けているのかもしれないが。
15分ほど様々なパフォーマンスを披露してステージが終了した。
このエリアではショーの合間にイルカやクジラと触れ合える様々なアクティビティも用意されている。ショーが終わるなり観客たちはそそくさとそれらの施設へと移動していった。アクティビティはいくつか種類があって、チビにも体験させてあげようとアンケートを取ってみたらカヤックに乗って餌やり体験ができるというカヤックアドベンチャーをやってみたいとのことだった。
だがショーの後のクジラと飼育員のやり取りを眺めていたらまた出遅れてしまった。今行っても少し並ぶことになりそうだったので、それならいったん博物館に戻って、まだ見られていないところの見学とイルカのショーを見たあともう一度来てみよう、ということになった。
という訳で博物館に戻りまだ見ていない3階へ。ここに展示されているのは捕鯨に関する資料である。その中にクジラをしとめるための捕鯨銃が展示されていた。上の写真が捕鯨銃である。昨年だったかNHKスペシャルで「鯨捕りの海」という番組を見たのだが、その時の砲手もこのような形状の銃を撃ってクジラを仕留めていた。
捕獲対象のクジラを決めたら息継ぎの時に浮上してくるタイミングを狙って一撃を加える。だが、どこに浮上してくるかは分からないうえ、やみくもに撃って急所を外すとクジラを苦しませてしまうことになる。そのため一撃で仕留めることを常に意識していると番組で話していた。
このようなもので射抜かれたらクジラもたまったものではない。その痛ましさを考えると残酷なことをしているようにも見えるが、牛や豚、もちろん馬、羊、山羊だって〆るときには同じことをしている。屠殺は目につかないところで行われているので、スーパーに並ぶ牛肉や豚肉を見てもそこに生きていた頃の姿を意識することは殆どない。そう考えると捕鯨の捕獲方法だけをことさらに映像化して残酷だと断罪するのはある意味アンフェアなのではないかという気がした。
ちなみに反捕鯨団体によるドキュメンタリー映画の舞台となってしまった地だけに、この博物館でそれらへの経緯や反論などが展開されているのかと思っていたが、意外にも反捕鯨団体については一切触れられていなかった。相手にしない、と言う方針なのかもしれない。
3階から屋上に出られるようになっていた。屋上の上からはかつての捕鯨船「第一京丸」が陸揚げされた状態で保存されているのが見えた。
ここから見ると小さな船にしか見えないが、駐車場へ向かう道すがらで見た時にはちょっとしたフェリーと同じくらいのサイズがある巨大な船だった。