小笠原上陸【29】(2008/09/15)
南島へ・2:
扇浦を過ぎたあたりで島影が見えてきた。南島だ。
この辺りで海の色がにわかにアクアブルーに変化した。上の写真と比較して海の色が全然違うことが分かると思う。
小笠原の島々は深い海から立ち上がる山の山頂部分のみが陸上に頭を出したものである。なので島の周囲はすぐ水深が深くなりリーフが発達しない。そのため白い石灰岩があまり供給されず周囲の海底は島の火山噴出物に由来する安山岩が優勢となり、これに合わせて海の色も深いマリンブルー(ボニンブルーとも呼ばれる)になっている。
ところが南島と父島に挟まれたこの海域の辺りは浅瀬が広がっていてリーフが発達している、そのせいでこの周辺だけはアクアブルーとなっているのだ。
向こうの方からオレンジ色のボートのようなものがこちらに近づいてくるのが見えた。だんだんと近づいてくるとそれは2人乗りのシーカヤックだった。他には同行者がいないようなので単独で訪れているらしいのだが大したものである。相当な上級者である筈だ。自分が酔わない体質だったら一度こういうのをやってみたいのだが。。。
この辺は浅瀬が続いているせいか波が穏やかだった。南島はもう目と鼻の先である。これは勝利を確信してよいのではないだろうか。そう思って照一さんに聞いてみたら上陸地点はこの先の外洋に面したところにあり、その辺りの潮の流れが早いのでまだ判断が出来ないのだそうだ。
最後まで気を揉ませるね。。。
船がさらに進むと南島の南端部が見えてきた。海の色が再びボニンブルーに戻った。と同時に照一さんの話していたとおりまたうねりが出始めた。
それから南端を回り込むように進路を変えるとほどなく入り江が見えてきた。我々の上陸ポイントはこの入り江の中にある。
ところがただでさえ狭い入り江の入口に蓋をするかのように岩礁が居座っている。それのせいで船が通れる場所は幅が5mくらいしかない。しかもその岩礁の周りは浅瀬になっているらしく白波が岩礁を洗っているのが見える。
なるほど、これは進入が難しい訳だ。何度聞いてもどうなるか分かりません、と気を揉ませる回答に終始していたのもただの予防線という訳ではなかったのだ。
一旦ここでボートの速度を落として停泊状態となった。照一さんは白波が立っている辺りを凝視している。この次の判断で今日島に上陸できるかどうかが決定する。
船のメンバー全員が固唾を飲んで照一さんのジャッジを見守る。彼がもし、いや今日無理だわと判断したら、南島を目前にして失意の撤退を余儀なくされる。それだけに彼が行けると判断してくれることを祈るような気持ちで見守った。
1分ほど様子を伺った後、無言のままボートの推力を全開して舳先の向きを岩礁の間の海峡へと定めた。お、チャレンジするのか。
複雑な海流が渦巻く中をエンジン全開で進むので、波が不規則に船に当たって複雑な揺れとなって我々に襲い掛かる。
静々と様子を伺いながら通過しようものなら波に流されて座礁してしまうので、やると決めたら覚悟を決めて一気に通過する必要があるのだろう。不規則な揺れに翻弄される中、手すりにつかまりながら片手でデジカメを構えてどうにか1枚撮影。
左右の岩礁が迫りくる。ちょっとでも進路を誤ったら即座礁というサドンデス。
南島の鮫池:
岩礁帯のある狭い海峡部を推力全開で突破した船はそのまま向こう側の内湾になだれ込むように突入した。広いまで進んだところで出力が絞られて周囲が再び静かになった。
我々4人を乗せたボートは照一さんの巧みなコントロールによって幅僅か5mほどの狭い岩礁帯を通過することに成功した。入り江は鮫池と呼ばれており、さっきまでの荒れた海と繋がっている場所とは思えないほど穏やかな海面が広がっていた。
さてさて、ボートがここにいるということはつまり南島への上陸が確定となったということだ。2度あることは、、、ではなく3度目の正直の方を見事勝ち取った。
もしかしたら自分がドルフィンスイムをやらないと宣言しているうえ、何度も南島を連呼していたのでこれで上陸できないなんてことになったらがっかりするのではないかと慮って、多少のラフプレイをしてくれたのかもしれないと思った。
もっとも彼がそういう客におもねった商売をする人じゃないことは後に理解する場面があったし、万が一それで事故を起こしたら他の3人に迷惑をかけるのみならず、自身が島で商売できなくなるリスクもある訳なので正しく冷静に海況を読んでの行動だったはず。
南島上陸の大変さ:
それはさておき、自分は憧れの島への上陸が確実となったことで早くも浮足立っていた。それはこの島へ上陸することがなかなか大変なことであるのを知っているからだ。
さっきまでさんざん書き煽って来た海況に左右されやすい問題ももちろんあるのだが、島へ上陸可能な人数が1日100人までに制限されているので、事と次第によっては人数オーバーでそもそも入島できないのではないかという問題もあったのだ。
今回申し込んだツアーは南島上陸とドルフィンスイムという2つのイベントを行うツアーだが、そのどちらを先にやるのかが出発時まで分からなかった。なのでもし最初がドルフィンスイムだったら、その後ノコノコ南島に行って監視員から定員に達したので駄目でーす、と制止されてまさかの無言の帰宅なんて結末になりはしないかと不安で仕方がなかった。
そうした2つの不安材料がともにクリアされていよいよ上陸となったのだから浮足立たない訳がなかった。ただ浮足立っているのは自分1人で他の3人はドルフィンスイムをメインイベントとしているからか、自分を変わった人を見るような目で見ていた気がする。
ちなみになぜ人数制限があるのかというと、この島は古くから観光スポットであったため、制限のなかった頃に無配慮に上陸した観光客によって島の植物がダメージを受けてしまったためである。さらには島にあるものを持ち帰ろうとするものが後を絶たず、そのことも問題となったので適正な維持管理を行って島を保護することになったという訳である。
維持管理していくために下記のような様々なルールや制限が設けられ、現在ではこれを遵守しない限りは上陸すらできないことになっている。
- 指定されたルート以外は立ち入り禁止
- 島の滞在時間は2時間まで
- 東京都認定のガイドの同伴が必須
- 1人のガイドが案内できるのは15人まで(それ以上の人数を案内する場合は2人以上のガイドが必要)
- 11月~1月までの間は植生回復の為上陸禁止
- 植物の種子や生物の卵などの持ち込み、持ち出し禁止
- ゴミは全て持ち帰り
でもやっぱり一番のハードルが海況であることに変わりないのだが。
鮫池の中には監視員のボートが停泊していた。それ以外にボードの姿はなかったのでどうやら我々が一番乗りで到着したらしい。無人島なのだからそこで見られる景色に他の人の姿がなければ最高だ。
我々の上陸地点は写真中央部の辺りだ。あの丘の向こうに神秘的で秘境ムードにあふれる風景が控えているのか思うと、はやる気持ちを押さえるだけで精いっぱいである。
ボートはゆっくりと上陸地点に接近し、やがて舳先を岩礁ギリギリに寄せて停まった。桟橋なんて軟弱なものはこの島には存在しない。ボートが舳先を寄せている隙に飛び移るのだ。
だが、上陸地点は下手に手をついただけでもケガをしてしまいそうなほど鋭くザラザラとした風化した石灰岩になっている。船は上下左右に揺れるので下手に飛び移るとバランスを崩してケガをする可能性がある。なのでタイミングを見計らわなければならず踏み込みをわずかに躊躇した。
「迷ってたらいつまで経っても上陸できないから、思い切って行っちゃった方がいいよ」
というアドバイスを受け意を決して飛び移った。無事着地。他の3人も順次上陸完了。