北東北の旅【14】(2010/08/17)

弘南線 平賀駅:


なんかふたたび鉄道ネタが続いてしまっている。が、この先も暫く鉄道ネタである。といっても自分の趣味を最優先にしていたわけではない。十三湖からここまで走行中に気になる物件を見つけたら立ち寄るつもりでいたのだが、これといったものが見つからないままここまで来てしまったという次第。

もちろん五所川原の立佞武多の資料館とか、弘前城とかメジャーな観光スポットはあるわけだが、2人ともそういったものにあまり興味を惹かれない。特にカミさんは前述したとおり地元の食材探しをするのが好きなので、スーパーや道の駅があるととりあえず立ち寄っているのだが、取り立てて記事にするようなトピックがないことが多く、結果的に鉄道ネタが続いているというわけだ。

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というわけでやってきたのは弘南線の平賀駅。これまで訪ねた周辺の駅と比べたら随分と立派な駅舎だ。建物はJAの事務所が入っているらしく、商業施設や情報拠点があるわけではないが、デカい駅のように見せかけるインパクトは計り知れない。

それはさておき、この駅を訪れたのはこの駅に併設して弘南線の車庫があるからだ。車両が撮影できれば駅に立ち入る必要もないのだが、周辺を軽く見回した限り、沿線から撮影できそうなポイントがなかったので、入場券を購入して駅の中から見学させてもらうことに。

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こちらは持ち帰り用に買った入場券。これとは別にもう1枚入場券を購入し駅員に撮影の許可を伺ったところ、ホームの向こう側への立入はNGとのことだった。

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仕方ないのでホーム越しに停車している車両を撮影させてもらった。なので収穫はこの1枚のみ。奥の車両は元東急7000系の中間車を改造した車両だが、全国各地の中小私鉄に同じ改造を施した車両が譲渡されていることもあって目新しさはない。

ちょっと気になったのは前面のおでこの行先表示板。通常ここには巻き上げ式の行先表示幕が設置されることが多いが、弘南線は途中駅どまりの列車がないせいか行き先がシールになっている。できるだけコストを押さえたい意図が見え隠れしている。

 

大鰐線の6000形:


続いて、弘南鉄道のもうひとつの路線である大鰐線の大鰐駅に向かった。大鰐線は奥羽本線の大鰐温泉駅から分岐して中央弘前駅へと向かう路線で概ね奥羽本線に並走している。ただし弘前側の起点となる中央弘前駅はJR弘前駅からだいぶ離れた場所に単独駅として存在している。

蒸気機関車からのばい煙を敬遠されて集落の外れの方に建設されることの多かった国鉄線に対して、電気鉄道であるメリットを最大限に生かして市内の中心部に乗り入れを果たしている私鉄路線はあちこちで見ることができる。地域住民の移動手段としてのみ考えればそれで問題ないのだろうが、国鉄線を利用する人にとっては乗り換えが不便極まりない。近年はJR線沿線へ通勤・通学で利用する乗客から乗り換え不便なこうした路線が敬遠される傾向があり、経営悪化の要因になることもあるようだ。

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と、それはいいとして大鰐駅に到着。弘南鉄道は大鰐駅だが、JR線は大鰐温泉駅を名乗っている。五所川原駅もそうだったが青森県の鉄道はこういう武蔵野線方式が好きなのだろうか。

弘南鉄道はすぐ脇に入口があり、そこを入ってJR線の線路をまたいだ先に改札が設けられている。

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この駅に大鰐線の車庫が併設されていると聞いて訪ねてきたわけだが、改札の向こうに車庫がありそうな気配がない。あれ、と思い携帯で再度チェックしたら大鰐線の車庫は途中の津軽大沢駅にあると書かれていた。どこかで記憶違いをしていたらしい・・・。

ホームに車両も停車していなかったのでそのまま津軽大沢駅へと転進。記念に入場券だけは購入しておいた。カミさんが呆れる前にどんどん行こうw

 

津軽大沢駅は大鰐駅から10分ほど行ったところにある。

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駅舎は味わいのある作りで、駅舎の中も見て回りたいところだが、それよりも駅に近づいてきた時点でドーンと視界に飛び込んできた車両を早く見に行きたい。

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「線路やホームでふざけていると、最悪の場合、死にます。」

駅舎の脇になんか妙な看板が掲げられていた。書かれていることは至極普通のことなのに、海外のことわざみたいな何ともいえない言い回しだ。誇張も何もなく、ただ淡々と事実を述べているだけなのに、それが逆に見る者を戦慄に陥れるブラックユーモアのようなセンスがある。看板には石川小学校PTAと書かれている。PTAの中にセンスのあるコピーライターがいるのか、あるいはどこかに発注に出したのかは不明だが、子供たちにとってこの看板はさぞインパクトがあることだろう。名作だと思った。

 

それより車庫だ。近くを通りかかった職員に声をかけて見学の許可を頂き、車庫の方を見学させてもらった。

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これが今回、ぜひともお目にかかりたいと思っていた6000系という車両だ。元は東急で走っていたものだ。ご覧のとおり味気ないステンレス剥き出しの車体だが、全国各地に散っていった7000系と違い、この車両はもうここにしか残っていない。

東急はメンテナンスコストの低減や省エネルギー化に熱心な企業として知られている。青ガエルという愛称でおなじみの5000系は鋼製車体で製造されたが、従来の車両と比較するとかなりの省エネルギー車両であった。この車両のメンテナンスコストを更に低減化させるにあたり、目を付けたのが車両の外板である。従来の車両は錆を防止する目的で車体全体を塗装しておく必要があったが、ステンレスは錆びないので塗装が不要となるうえ丈夫で軽量化も果たせる。だが、ステンレスはコストが高く製造費用が高騰してしまう。

そこで当時アメリカで実用化されていたステンレス車両を参考に、5000系の外板のみをステンレスとした5200系という車両を製作した。この車両が日本のステンレス車両の第1号となっている。

そして、さらなるコスト削減を目指した車両として、この6000系がデビューする。様々なデータを得るために編成はいくつかのグループに分けられて、グループごとに種類の異なる機器が搭載されていた。こうして集められたデータをもとに量産化されたのが7000系以降の系列となる。東急は早い時期から車両のステンレス化に熱心だったが、それらもこの6000系で得られたデータが生かされている。

 

そういうわけで試作車の要素が強いこの系列はそれほど多く製造されず、結果として他社への譲渡も弘南鉄道に限られたというわけだ。自分が鉄道好きになった当時には弘南鉄道に譲渡されてしまっていたので、撮影のハードルが高い車両のひとつだったのだが、ようやく見ることができた。

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弘南鉄道にはもう1編成残されており、こちらの編成は前面に緑の帯がまかれている。弘南鉄道も後継の7000系が入線しており、6000系は定期運用がなくなってしまった。つまり廃車秒読み状態である。廃車前に訪問することができてよかった。

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車体の番号表記はレジン?のような素材を切り抜いた立体的なものが貼り付けられている。当時の技術力ではシール化するのは難しかったのかもしれない。こちらもいい感じにエイジングが進んで何ともいえない風合いだ。

というわけでこの車両を念入りに撮影し、さらに停車していた車両類をひととおり撮影させてもらった後、最寄りにいた職員にお礼を言って車庫を後にした。

Posted by gen_charly