都内の東日本大震災【2】

3月9日 前震:


東北太平洋沖地震の本震に先立つこと3日前の3月9日、後に東北太平洋沖地震の前震と呼ばれる地震があった。

この地震は自分の中で印象深いものだった。なぜかというと、自分がトイレに籠っている時に発生した地震だったからだ。その日は午前中に健康診断があり、胃の検査で飲んだバリウムを排出するために下剤を飲んでおり、お腹が渋っていた。1日人間ドックというのを受診したのだが、1日といっても、実際の検査は数時間で終わってしまうので、午後は職場にいた。「1日」人間ドックというのなら、終わったら家に帰らせてくれてもいいのに・・・。

まぁそんなわけで、丁度お腹が渋り始めたのでトイレに籠ったところ、ほどなく建物が揺れ始めた。揺れは次第に大きくなり、もしかしたら大地震なのではないかと少し不安になった。トイレという場所は、狭く壁に囲まれた空間なので、一般には地震には強い場所だとされている。だから比較的安心な場所なんだろうけど、もし建物が崩れたりしたら、こんな衝立、屁のツッパリにもならない気がする。そう考えると、一度ズボンを上げて外に出た方がいいのかなとも考えたが、いかんせん絶賛渋り中の腹が心配だ。こんな緊急事態であっても、便意というのは押さえられないものなんだ、という新たな知見を得た。ともかく命と尊厳、どちらを優先すべきか悩んだ。

まぁ、悩む余裕がある程度の揺れだったわけだが。結局それからほどなく地震は治まり、ほどなくお腹の渋りも落ち着いた。

事務所に戻ってニュースをチェックすると、この地震は宮城県沖を震源とする地震で、宮城で震度5弱を計測したという。津波注意報も発表されたが、津波は数cm程度で被害らしい被害もなかったようだ。この地震の東京の震度は4とのことだった。4なんて大した揺れではないが、久しぶりの地震だったせいか、発表された震度以上の大きな揺れのように感じられた。事務所の建物は、狭い敷地に建つ比較的老朽化したビルだったので、より大きく揺れたのかもしれない。

帰宅後に、地震の時はどうしようかと思ったよ、とカミさんに話したら笑われた。いやマジで焦るよ。汚物にまみれて股間丸出しのまま息絶えるなんて、死んでも死にきれないではないか。

3月11日 14時46分 本震:


自分が勤める職場は、東京都中央区にある雑居ビルである。2つのビルが縦横に連結され、L字のような形になっている。このビルの6階に事務所が、そして9階にマシンルームが置かれていた。

この日は6階の事務所で、数日前から着手していたサーバーの構築を行っていたのだが、実機の設定を確認する必要が生じたので、9階のマシンルームに行くことになった。到着したエレベーターに乗り込んで9階のボタンを押す。ほどなく搬器が上昇を始めたが、なんか周りから「カシャンカシャン・・・」という耳慣れない音が聞こえてきた。その時は他のフロアーで工事でもしてるのかな、と大して気に留めることもないまま9階で降りた。そのままマシンルーム入口への廊下を進んでいくと、9階に入居している会社の事務員と思しき女性が、加湿器を両手に抱えて、血相を変えながら非常階段の方へと走り去っていった。

あの人加湿器なんか抱えて何してるんだろ、アロマオイルでもこぼしたのかな、なんて思いながらマシンルーム前に到着。エレベーターに乗っている時に聞こえていた、カシャンカシャンという工事の音は相変わらず建物内に響いている。何とも迷惑な工事だなと思いつつ、マシンルーム入口のドアについている電子錠に手をかけようとしたとき・・・、

ガッサン!!

という音と共に体が揺れた。音は誰かが観葉植物の鉢を倒して、植物が投げ出された時のようなノイズの多い衝撃音だった。それと同時にめまいを起こしたかのような視界の揺れを感じた。このところ寝不足だしな・・・などと思った瞬間、ガサガサ、ガチャガチャというけたたましい音が響き渡り、そして自分の体は揺れに翻弄された。その時、初めて地震が起こっていることに気が付いた。

何なんだこの揺れは。自分は地震といえばユサユサと揺れる地震しか経験したことがなかったのだが、今起こっている地震は、もっと細かくガサガサと揺れている感じで、何とも形容しがたいものに感じた。どこかで似たような揺れを経験したことがあるような、ないような・・・。

かと思えば、急にどこかに引っ張られるかのように、地面ごとグイっと動くような揺れも混じる。どこかに捕まっていないと立っていられなさそうな揺れは、20秒経っても30秒経っても収まる気配がない。何だ!?何が起こってるんだ。

このすさまじい揺れに、数秒後、建物の倒壊が頭をよぎった。数週間前にニュージーランドで発生した大地震では、クライストチャーチのビルが倒壊して、中にいた学生たちが多数犠牲になった。自社の建物は築年の古い雑居ビルである。こんな揺れではあのビルのように倒壊しても不思議ではない。倒壊に巻き込まれて瓦礫に埋もれて死んでしまうのか・・・背筋に冷たいものが走った。

が、走ったところでどうすることもできない。壁に手をついてひたすら揺れが収まるのを待つしかなかった。

それからまた数秒ほど過ぎた時に、停電の可能性に思い至った。設置してあるサーバー類は、基本的には無停電電源装置(UPS)に接続されているので、停電したからといって即座にマシンがシャットダウンされる心配はないのだが、それでも稼働時間は15分程度しかない。その間にシャットダウンしないと、マシンが電プチ状態になって壊れてしまいかねない。

が、それよりも喫緊の課題は、目の前にある電子錠である。建物が停電したらこいつが操作不能になって、マシンルームに入室できなくなるのではないかと思った。今とりあえず開放だけできれば、サーバーの方は地震が納まってからゆっくりシャットダウンすればよい。とにかく開けなければ!

ここ数年、企業で事業継続計画(BCP)というものを策定する動きがある。自分の職場もそれに基づいて、遠隔地にバックアップサーバーを設置したり、UPSを設置したりと、即座にサービス停止が発生しないように対策を講じてきた。でも入口の電子錠である。これが開かないだけで全ての前提が崩れてしまう。なんだか意外な落とし穴だなと思った。

まぁ、マシンがぶっ壊れるような災害が発生したとして、そんな状況下で、自社のサービスを利用したいんですけど、なんていうカスタマーがいるような業種じゃないから、そもそもあまり関係ない気もするのだがw


それはさておき、電子錠は4桁の暗証を入力することで解錠されるようになっているのだが、そのボタンを押そうにも、揺れで手がブレてしまい、思うように押すことができない。しかし早く開放しなければと気が焦るので、ますます上手く押せない。どうにか押しきってドアを開放。と、その瞬間、サーバーラックの上に置いてあったモニターと、別のラックに置いてあったNASがもんどりを打って落下。あちゃー・・・。

よく見ると、複数台並べて置かれたサーバーラックが、ガツンガツンと音を立ててぶつかり合っている。最初は落下物がこれ以上出ないよう、マシンルームの中に入って機器を押さえようと思ったのだが、ラックが転倒して下敷きになったらただでは済まされない。結局傍観していることしかできなかった。

まだ揺れは続いている。弱まる気配すらない。こんな地震経験したことがない。なんなんだこの地震は。気が焦っている時は、視界がスローモーションになるという話をどっかで聞いたことがある。一瞬、自分に今起こっているのはそれなのかなと思ったが、いくら進みが遅いといっても普通、地震の揺れを感じている間にこれだけのオペレーションはできない。

ずっと揺れが続くといえば関東大震災である。あの地震は2分以上に渡って揺れが続いたそうだ。ということは、これは関東大震災の再来ではないか。自分が生きて体験することになるとは思いもよらなかった。ついに恐れていた東京壊滅の日が来てしまったのか。

それから更に30秒か40秒くらい経った頃に、ようやく揺れが収まってきた。でも長々と揺れ続けたので、まだ揺れているような気がする・・・。とりあえずビルは倒壊せずに済んだが、これだけの大きな地震だ。他のフロアや建物の外はどうなっているだろうか。

停電は発生しなかった。マシンは何事もなく稼働を続けている。落下したNASは関連会社のものだから知らない。ともかく一旦事務所に戻らねば。カミさんの安否も気になるし、上司へ無事の報告をしに行かないとならない。ひっくり返っていたモニターの位置だけ直して、事務所へ戻る。

Posted by gen_charly