都内の東日本大震災【3】
3月11日 14時50分 6階事務所に戻る:
とりあえず事務所に戻ることにしたわけだが、エレベーターはもちろん停まっていた。動いていたとしても、いつ余震が来るか分からないので乗りたくない。なので非常階段から6階へ降りることにしたのだが、ドアのところに加湿器がつっかえ棒のように置かれていた。そうか、さっきの事務員は避難口の確保をしていたのか。いや待てよ、どうやって地震の発生を予測したというのか。もしや超人的な第六感を備えた人だったのだろうか。
そのドアを抜け、階段を6階まで降りる。非常階段を降りている間も、体が揺れているような揺れていないような、足元がふわついているような気持ち悪い感触が続いた。
自社はこの非常階段を喫煙所として使っているのだが、6階まで降りたら何人かの社員が煙草をくゆらせていた。随分とのんきなもんだな。事務所に入ると、中にいる社員は一様に青い顔をしていたが、特にキャビネットが倒れるなどの被害はなかったようで、見た目はいつもの様子とそう変わりなかった。
自席も特に変化はなかった。が、よく見たら、自分の机の脇に置いてあった、デスクトップPCの入った箱の位置が20cmほどずれていた。上司は目の前に座ってやれやれという顔をしている。とりあえずマシンルームでの一件を報告。停電になって開かなくなると困るから、頑張って電子錠開放しときましたよ、とドヤったら、あれは停電になると自動的に解錠されるようになっているんだバカ、と鼻で笑われた。なんだ取り越し苦労だったのか。ドヤってハズい・・・。
そうであれば、開けっぱなしにしておく方がセキュリティリスクとなりかねないので、もう一度上にあがってドアを閉めに行った。
カミさんの安否がまだ分からない。カミさんの席は、例のL字型のビルのもう一方の建物内にあるので、ここからは見えない。まぁ、騒然としていないところを見ると無事なのだろうと思うが。
と、丁度そのタイミングで、会社が契約している安否確認システムから地震発生メールが届いた。そのメールには震源は宮城県沖、マグニチュード7.9、東京の震度は5強と書かれていた。まてまて。あんなデカい地震で震度5強ってことはないだろう。そもそも宮城の沖合で発生したマグニチュード8に満たない地震で、東京がこんなに揺れるわけがない。多分誤報に違いない。
3月11日 15時10分 避難:
そんな話を上司としていたら、総務の社員が部屋に来て、避難してくださいと指示が出た。今更?建物崩れそうなの?見た感じそんな風には見えないが。その総務の社員に理由を聞くと、余震の危険性があるからだと言った。ひとまず建物外に出て、ほとぼりが冷めるのを待つつもりらしい。このまま再度戻ってくるなら、とりあえず身ひとつでも良いかなと思ったが、状況次第では避難所への移動や、このまま解散となる可能性もありそうだ。そうなったらここには戻ってこないと思うので、とりあえずカバンとコートは持って出ることにした。
建物前の道路には、近隣のオフィスから避難してきた人たちが、既に三々五々集まって道を埋めていた。周囲の建物を見回す限り、倒壊している建物やガラスなどが割れている建物はないようだ。その集団を目で追っていたら、少し離れたところにカミさんの姿が見えた。どうやら無事だったようだ。同僚の女子と話し込んでいたので、一瞥しただけだがまずはひと安心。
避難といっても別に何をするわけでもなく、みな所在なさげに路上に佇んでいる。その様子を見ながら、自分はこの先の展開を考えた。
次の展開として考えられることは、建物に戻るか、解散するか、どこかの避難所に避難するかのいずれかだろう。とはいっても、この分だとオフィスに戻って業務再開となる可能性は低そうだ。かといってどこか避難所へ避難しなければならないほどの被害状況があるわけでもない。となると解散となる可能性が高そうだ。
オフィスに戻り、次の余震で建物が倒壊したなんてことになったら、そのジャッジをした人が一斉に非難を浴びることになる。だから少なくとも総務がその判断をするとは考えにくい。恐らくそれは社長であっても同じだろう。恐らくここにいる人のほとんどは、大きな地震を経験したことがないので、この地震が収束へ向かうのか判断ができないと思う。だから、ここにいつまで留まれば良いのか、という問いにも答えは出せないだろう。
なので自分は、解散になると踏んだ。恐らく他の会社も、オフィスの建物が中にいた方が安心といえるような、耐震性に優れた建物でもない限り同様の判断を下すだろう。そうなれば解散となった会社から順に、社員がめいめい帰宅を始めることになる。だが電車は確実に止まっているので、徒歩か車で移動を開始するはずだ。
自分は過去、電車が事故で止まって帰宅難民になったことがある。その時は自宅まで徒歩で帰宅することにしたのだが、その路線に沿った道は、ありとあらゆるところが渋滞して、人の波は歩道を埋め尽くさんばかりに広がっていた。今回もきっとあの日の再来になるはずだ。ただしその前例と異なるのは、影響の範囲が関東一円に広がっているであろう事だ。つまり、徒歩では帰宅できない距離から通勤している人は、帰るに帰れない状態となるだろう。そうした人たちはオフィスなどで、ほとぼりが覚めるまで籠城を決め込むことになりそうだ。
となると、近隣のコンビニは早々に売りものが枯渇してしまうのではないか。そうなった時に喉が渇いても対処ができなくなってしまうので、とりあえず手近の自販機で飲み水とコーヒーを買っておくことにした。散々思索して出てきた結論がそれか、とかいわないでほしいw
外にいると地震の情報が全く入ってこない。そこで携帯のワンセグでテレビを受信してみることにした。真っ先に映し出されたのはお台場あたりのビルの屋上から、火の手が上がっている様子をヘリから中継している映像だった。といっても屋上の室外機のようなものが燃えている感じで、建物が火災に見舞われているとか、そこかしこで火の手が上がっているという状態ではないようだ。
その画面のサイドに津波警報を示すテロップが表示されている。津波くるのか。そして画面が次の中継に切り替わると、その津波が今まさに畑を呑み込んでいくところの中継だった。場所は宮城県名取市となっていた。宮城県に津波が襲来しているのに、お台場の映像では少なくとも津波については触れられていなかった。ということは宮城県沖を震源としたあのメールの情報は正しかったのか。いやでもそれだと東京のこの酷い揺れが説明できない。一体何が起こったというのだ。
自分の上司は仙台出身の人である。とりあえず情報を伝えねばと思い、名取の辺りに津波きてるらしいですよと、中継の映像を見せながら伝えた。すると上司は少し間を置いて、だめかもな・・・とつぶやいた。
このつぶやきを聞いた時、上司の故郷である仙台市内が津波に襲われて、壊滅状態になってしまうのではと勘違いしたのではないか思ったが、そうではなく、この名取市にほど近い場所に暮らす、甥のことを心配しての発言だったそうだ。後に聞いた話では、その甥は辛くも避難して無事だったそうだが、建物は被害を受けて家財等一切を流されてしまったとのこと。