都内の東日本大震災【4】

3月11日 15時15分 余震:


ふと誰かが、揺れてない?と声を上げた。その声を聞いて足元に意識を向けたら、確かに揺れている。震度4くらいまでの揺れは、立っていると案外気がつかないものであるが、その揺れは徐々に大きくなって、足元を意識せずとも明らかに揺れているのが分かるほどの強さになって、地面を揺さぶった。その揺れで、ビルの避難階段に何人かの人が飛び出してきた。おいおい、避難指示出てたのにシカトして館内にいたのか。命知らずだな。

ふと、自社のビルをL字型に連結している場所に取付けられているエキスパンジョンジョイントが、揺れで建物に触れて、カシャンカシャンと音を立てていることに気づいた。あ、この音は地震直前にエレベーター内で耳にした音じゃないか。

なるほど、そういうことか。エレベーター内であの音を聞いた時には、既に地震の揺れが始まっていたのか。件の事務員は、別に第六感を研ぎ澄まして行動したわけではなく、危機管理意識が凄くしっかりした人だったようだ。というか自分が地震に気づいていなかっただけか。それにしても揺れを検知して、すぐに避難路の確保に動くとは恐れ入る。

というか、自分がもし、あと数十秒エレベーターに乗り込むのが遅かったら、乗り込んだ瞬間大きな揺れが襲ってきて、自分は間違いなくあの中に閉じ込められていたはずだ。そのことに思い至った時、背筋が凍り付くような恐怖が襲ってきた。

この時、地面を揺さぶった地震が、茨城県沖を震源とする余震だったことを後に知った。

やがて揺れが収まり、外に避難してから30分ほどが経過した。このまま路上に立ちすくんでいてもしょうがないので、一旦どこかに避難しようかと、総務の社員が声を上げた。すぐさま別の社員から、どこかってどこに?と声が上がる。だが自社では、そこから先の避難計画が想定されていなかった。まぁ確かに、今のところは大した被害はないけど、この後どんなふうになるか分からない、なんていう中途半端な地震への対応なんて考えたこともなかったのだろう。総務は暫し思案して、近所の小学校か公園辺りに・・・といったきり言葉を濁してしまった。

そうして総務が思い悩んでいる間にも、数分おきに地面が揺れる。さっきの余震で揺れに敏感になってしまったようだ。ただそれにしても余震の数が尋常じゃない。というかずっと揺れ続けているような気がする。もしかしてさっきの本震がまだ続いているのではないか?とすら思った。

結局、最終的に総務が下した判断は解散であった。やっぱり。

帰宅できる人は帰宅し、帰宅できない人は、暫く安全な場所で過ごしてくださいとのお達し。投げたな。

まぁ、都内の鉄道路線が全てストップしている状況下で、帰宅が困難な人も多い。彼らが今晩どこで安全を確保しつつ過ごせば良いのかなど、総務だって見当が付かないはずだ。多分自分だって、各自で身の安全を確保してくれと投げ出してしまう気がする。

我々の自宅は、幸いにしてここから徒歩で2時間ほどの距離だ。以前に避難訓練と称して、自主的に徒歩で帰宅したことがあるので、道順もバッチリである。老朽化したビルで夜を明かすよりは、頑張って帰宅した方が何かと安心だ。家の様子も心配なので帰宅することにした。

行動開始しようと思った時、こんな時のために事務所にスニーカーを置いてあったことを思い出した。だが持ち出すのを忘れてきてしまった。そのために置いてあるのだから、今使わずにいつ使う、だ。

周りには着の身着のままで出てきてしまった人もいて、帰宅を前に事務所に取り戻りたいけど、立ち入って大丈夫だろうか、と不安がっている人が何人かいた。じゃあみんなで行こうよと声をかけて、連れだって非常階段を登り始めた。大人数で行動すれば多少の安心感がある。ビルが倒壊したら被害が拡大するリスクもあるが、まぁ大丈夫だろう。

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エレベーターが停まっているので、非常階段を登ってオフィスへ向かう。そしてカミさんのいる側のオフィスから建物に入る。そこに広がっていたのは、書類が激しく散乱して、机も動いてしまっている事務所の姿だった。自分と一緒に登ってきたやつが、こちらの方が揺れが激しくて大変だったんだからと、しきりに力説していた。見る限り嘘じゃないとは思うが、お前あっちのオフィスの地震は経験していないのに、どうやって比較したんだ?とツッコミたくなった。今はそういう時じゃないので堪えたが。

とはいえこの惨状を見たら、彼の言葉を借りるまでもなく、こちらの方が激しく揺れたことは間違いがなさそうだ。同じ地震の揺れなのに、隣接した建物でなぜこれほどまでに被害の状況が異なってしまったのだろう。

3月11日 15時30分 帰宅開始:


スニーカーに履き替えて身軽になったところで帰宅を開始。もちろんカミさんも同じいでたちである。カミさんの同僚の女の子も自宅の方角が一緒だったので、3人で帰宅することになった。

出発前に上司に挨拶しに行って、ついでにこの後どうするんですかと尋ねた。上司の家は徒歩圏内にないので、ここに留まる選択をしたようだった。とりあえず帰宅できない人同士で、どこかの店に入って時間を潰すといっていた。こんな状況下で営業している店なんかあるのかね。とりあえず気をつけてお過ごしくださいと伝えて職場を出発した。

自宅へと向かう道は、我々と同じように徒歩で帰宅する人たちの流れができつつあった。歩道に人があふれて、まるで年末のアメ横みたいだ。といっても緊急的な避難行動をしているわけではないので、皆大人しく淡々と進んでいる感じだ。車道に目をやると早速渋滞が始まっているらしく、どの車もゆっくりとした速度で進んでいた。

道すがらのコンビニの店内を覗くと、弁当やカップラーメンなどをかごに入れた人が長い行列を作っていた。彼らも帰宅困難者なのだろう。籠城覚悟の兵糧調達というわけだ。劇場版のパトレイバーというアニメの中に、整備班がコンビニで食料を買い占めるシーンがあったが、なんだかその映像がデジャヴした。あのアニメはSFものであるにもかかわらず、その舞台設定が妙に現実みのある近未来に設定されていて、なんか好きなアニメだった。

そこに登場する様々なエピソードやシーンは、当時は未来にそういうことも起こるのかな、なんていう視点で見ていたが、それらのうちいくつかは、当たらずとも遠からずな形で現実となっている。シナリオを考えた人は、世間の情勢を読み取るのが上手かったのかもしれない。

その話はさておき、歩いている間にも頻繁に余震が発生している。人ごみの中を進んでいる時はあまり気が付かないが、信号の柱などがユサユサと揺れているのを見て気が付く感じだ。それにしても信号柱や街路案内標識ってこんなに大きくしなるものだとは思わなかった。何ならそのままボキっと折れてしまってもおかしくないと思うほど、盛大に揺れていた。

歩きながら一関にいる従弟に連絡してみた。一関の震度はまだ分かっていないが、隣町の栗原市で震度7を観測したという情報が出ているので、相当激しい揺れに見舞われたはずだ。安否が気になるところだが、通話中になってしまって全然つながる気配がない。

まぁ、従弟も一人前の大人だから、多分皆で建物外に避難するくらいはやっているだろう。恐らくは大丈夫なはずだ。それでもやっぱり無事であることを確認して安心したい。とはいえあまり頻繁にコールしたら、この回線輻輳に拍車をかけることになってしまう。より切迫した状況に置かれている人もいるのだから、そうした人たちの妨げにならないようにするべきだろう。

ということで10分に1回くらいの頻度でコールを続けていたら、何回目かのコールの時に従弟が電話を取った。すぐさま大丈夫だったかと聞くと、まだ安否が分からない人もいるんだけど、近い身内関係はみんな無事なので安心してくれとのこと。そっか、それを聞いて安心した。

一関はどんな揺れだったか聞いてみたい気もしたが、貴重な回線を占有するのに気兼ねしてしまい、とりあえず安否が確認できて安心したので、また落ち着いたらゆっくり話そうと伝えて電話を切った。

自分が従弟との連絡にチャレンジしている間、一緒に歩いていた同僚の子もしきりにどこかにコールしていた。繋がらないの?と聞くと、不安そうな顔で、宮城の沿岸部に住んでいる親族の安否が確認できないといっていた。こちらは今しがた繋がったから、もう少ししたら繋がるんじゃないかなと慰めた。沿岸部といったら津波の被害が心配だ。情報が少ないので、果たしてどんな状態になっているのか、杳として不明なのが歯がゆいが、無事であってほしい。

やがてその子の自宅の近くまで到着したので、気を付けて過ごすよう伝えて解散した。その子の電話は解散までずっと繋がらないままだった。

Posted by gen_charly