都内の東日本大震災【9】

3月17日 節電:


閑古鳥が鳴くものと思われた仕事は、想定外への対応が続いて、殊の外多忙を極めた。こんな状況だから定時退社してやろうと目論んでいたのだが、完全に予想が外れた。

それはさておき、福島の原発は1号機に引き続き、3、4号機も水素爆発を起こした。今のところ圧力容器自体の破壊は回避できているらしいが、爆発して屋根が吹っ飛んだ建屋の姿を見るにつけ、本当に大丈夫なのだろうかという不安が頭をもたげてくる。爆発によって放射性物質は既に東日本全域を覆っており、もはや手遅れだなどと言っている人もいる。

自社に中国人の女の子がいるのだが、本国にいる両親から強く懇願されてやむなく帰国したという。それだけの状況が揃っているのだから、自社も従業員の安全を考えた方がいいんじゃないですかね、と上司に振ってみたが、自分の上司はそれで首を縦に振ってくれるような素直な人間ではない。この辺りが前章で軽く触れた、緊急事態に陥った時のしがらみとなる部分だ。これを断ち切るということは即ち、クビになる覚悟でもって自主判断を行うということである。

多くの人は緊急時に正常性バイアスに陥りやすいのだそうだ。まだ大丈夫だろうと思っていると、いつの間にか手遅れになっているというアレである。職場の人間は社内でのしがらみや自分のポジションを維持するために、手遅れになるのは分かっていつつも、しかるべき決定を下さない可能性がある。一方で自分自身も、上司のしがらみを断ち切って逃げ出せるかというと微妙だ。冷静に考えたら、それが自分の命と比較するようなものでないのは言うまでもないが、何せ相手は目に見えない放射線である。みんなして茹でガエルにならないことを祈るしかない。

まぁ、その話を真剣に考えるにはまだ時期尚早かもしれない。差し当たっては自衛できそうなところを自衛していくしかない。早々にマスクを常時装着するようにして、通勤は計画停電の対象から完全に除外された電車通勤に戻した。

数日ぶりに地下鉄の駅に降り立ったら、なんだか妙に暗い。電力ひっ迫対策として節電を行っているという貼り紙があった。よく見るとホームや通路の蛍光灯が一部取り外されている。その光景になんか妙な懐かしさを感じた。それが何なのかすぐに分からなかったが、しばし考えているうちに思い出した。昔の地下鉄の駅は大抵こんな暗さだったのだ。それがリニューアルされるとキラキラと明るい駅に生まれ変わった。最近はあちこちリニューアルされて、暗い駅が少なくなっていたのですっかり忘れていた。

駅の雰囲気が明るくなったのは、パネルなどの交換による視覚効果なのだとばかり思っていたが、何のことはない、蛍光灯の数を増やしたからだったのだ。もちろん通行に支障をきたすような暗さではないので、これで一向に問題がない。というか退廃的なムードが漂ってむしろ好きw

3月18日 岩手の従弟:


あれから少し経ったので再び従弟に電話をかけた。あれほどの震災を経験したので落ち込んでいるのではないかと心配したのだが、彼は飄々とした性格なので、電話口でもいつもどおりのテンションだった。ただ、やはり物流の停滞に悩まされているそうだ。向こうでは車がないと何もできないので、ガソリンの枯渇が一番困ると言っていた。

従弟の父方の祖父が先日亡くなったそうだ。震災前には危篤状態に陥っていたので、震災によるものではないということだが、その後に大変な苦労があったらしい。何せ沿岸部で膨大な数の犠牲者が出ているので、その火葬のために内陸の火葬場が軒並みフル稼働状態となっており、受け入れてくれるところがなかなか見つからなかったそうだ。

だが空くまで待っていられるものでもない。どうにか四方手を回して地元の火葬場を押さえることができたのだが、今度は斎場に行くのに一苦労。車の燃料は底をつきつつあるのにガソリンを入れることができない。斎場に行く前にガス欠になったらどうしようかと、不安になりながらの移動だったらしい。

そうした不幸があった一方で明るい話題も。従弟の奥さんが間もなく臨月を迎えるそうだ。ただしこんな状況だけに、万全の態勢というわけには行かないらしい。奥さんが通っている産婦人科は、通常分娩なら対応できるが、帝王切開に対応できなくなってしまったので、万一の際には北上の病院まで行ってくれと言われているらしい。

北上なんて一関からはだいぶ離れている。産気づいてからの移動ということは恐らくないと思うが、それでも万一の時のことを考えると不安が拭えないと言っていた。どうにか無事に生まれてきて欲しいものだ。

3月19日 少し息抜きをしに金沢へ:


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唐突にカニの写真を掲載して何事かという話だが、これは震災の前週に釣りに行った時に釣り上げたワタリガニである。不思議なことにこれがサビキ仕掛けにかかったのだ。サビキ仕掛けはエサかごからコマセを撒いて、集まってきた魚がうっかり仕掛けに喰いついたところを釣り上げる仕掛けである。なので仕掛けそのものにはエサが付いていない。しかも浮き釣りの一種なので仕掛けは海底に沈まない。カニなんて海底をウロウロしているはずなのになぜサビキにかかるというのか・・・もしかしたら震災の前兆現象だったのだろうか。

それはさておき、地震から1週間が過ぎた。相変わらず1日何度も余震が襲ってくるし、テレビのニュースはどうしようもなく暗い話題ばかりだ。東北がこんな状況なので、バラエティ系の番組はほぼ自粛され、延々と報道特別番組ばかりが流れている。それはそれで有用な情報だが、津波の甚大な被害か、福島の原発事故のアップデートばかりなので、だんだんと気が滅入ってくる。だったら見なきゃいいのだが、見なきゃ見ないで不安なのでついつい見てしまう。でもって見たら暗澹とした気分になって落ちこむ・・・。

このどうしようもない陰鬱な気分を愚痴ってやろうと、金沢に住む弟に電話をかけた。弟によると、金沢は本震の時でも軽く揺れただけで、余震もなく至って平常運転だそうだ。関西方面からの物流ラインと繋がっているせいか、特段の物資不足も起こっていないという。

なんだそのエルドラドのような場所は。自分の身の回りが陰々滅々としていると、日本が全部そんな風になっているのだろうと錯覚してしまうが、被害が出たのはもっぱら東日本なので、同じ日本でも西側半分は平常運転を続けているのだ。なんか羨ましいなぁ、などとグチグチと話していたら、だったら金沢に遊びに来いと誘われた。

そうか!このまま息の詰まる毎日をここで続けなければならない理由はない。ちょっとくらい息抜きしても良いじゃないか。このサイトの過去のエントリを見ておわかりのとおり、ウチらは旅してなんぼの種族だ。こうして家で陰々滅々としてるのはガラではない。しかもお膳立てを整えてくれているかのように、今週末は春分の日へと繋がる3連休だ。

さらにラッキーなことに、自分の車のガソリンタンクは上に掲載したカニ釣り(じゃないんだけど・・・)の帰りがけに満タンにしたばかりだ。なんだか金沢へ行くためのお膳立てが整っているのを感じた。よし、だったら金沢まで息抜きに出かけるか。

ただし、いくら満タンとはいえ、金沢まで無給油で走り切るのは少し難しい。それに金沢も給油が困難な状況になっていたら帰ってこられなくなってしまう。それで弟に金沢界隈のガソリンスタンド情報を尋ねてみたら、特に枯渇は発生しておらず、普段どおり満タン給油ができる状態であるらしい。それなら金沢まで辿り着ければあとはなんとかなりそうだ。

この時のお出かけの記録は別エントリにまとめさせてもらったので、興味のある方はそちらもご参照いただければ幸いである。弟の話していたとおり、石川県界隈は東日本大震災の影響をほとんど受けていなかった。そして自分とカミさん以外の身内がそこにいる安心感。久しぶりに震災のことを考えずに過ごした数日間は、まさしく息抜きだった。

Posted by gen_charly