青森出張2024【4】(2024/07/15)
地獄めぐり・その2:
ここからは戻りのコース。気温は30度に届かない程度で決して暑くはないのだが、日差しが強く、帽子を被っていなかったので頭皮が熱い・・・。

暑さのせいか火山ガスのせいかは分からないが、ほのかに左のこめかみのあたりがズキズキしてきた。
他にも見どころはあるようだが、頭痛が悪化したらまずいのでぼちぼち引き上げることにした。

戻り道、重罪地獄と呼ばれる場所があった。写真にはあまり写っていないが、この辺りはもうもうと白煙が上がっていて、いかにも地獄の様相を呈していた。というか、せっかく極楽にたどり着いたのにまた地獄に戻ってしまった・・・これも普段の行いか。

そして小高い丘をひとつ越えると、やがて参道のところに戻る。

境内の辺りから、より一層殺伐としたはげ山が見えた。こちらは地獄めぐりの順路とはなっていないらしく、史跡のようなものもなく、ひたすら荒涼としている。ここをまっすぐ行くと再び極楽浜に出られるようだ。それを一瞥しながら出発地点の総門に戻ってきた。いくつか端折ってしまったが、およそ45分の散策であった。隈なく見ていくと更にもう少し時間が必要になりそうだ。
恐山の名は自分が学生だった時分には耳にした記憶がある。当時はオカルトがブームとなっていたこともあり、そうしたオカルトの世界での存在としてだが。今回たまたま半日強の自由時間を得ることができたので、ちょうどいい機会だと思って訪ねてみたが、なかなかどうして、単なるオカルトの舞台ではなく、自然の驚異が宗教の世界観を余すところなく表現している希有な場所であった。見に来られて良かった。
下北交通:
さて、時間も押し始めている。今日は大間崎までたどり着くことが目標である。のんびりしていられない。

まずはこのまま北上して津軽海峡に面する大畑という町を目指す。引き続き県道4号を下っていくが、道は林道に毛が生えた程度の細道で、山襞に沿って丁寧に巻きながら進んでいくのでカーブだらけだ。
もちろん、大畑といえば下北交通である。下北交通は旧国鉄大畑線を引き継いだ鉄道会社である。元々はバス会社だったが、引き受けに名乗り出たことで下北交通大畑線として経営が引き継がれた。だが経営は厳しく、様々な合理化も功を奏することなく、2001年に廃止となってしまった。
廃止後に大畑線キハ85動態保存運転会という団体が、旧大畑駅で車両の保存、維持を行っており、廃止前に使用されていた車両が今も大切に保存されている。

こちらが旧大畑駅の駅舎。現在もバスターミナルとして利用されている。

駅前の光景はこんな感じ。何とも閑散としている。徐々に衰退したのではなく、以前からこんな感じだったのかなという雰囲気だ。大畑地区の中心であることや、大間方面への玄関口である風情はない。

かつての鉄道線の切符売り場は、今もバスの切符売り場として機能している。

その奥にホームと車庫が見える。が、車両の姿は見当たらない。恐らくこの車庫の中に保管されているのだろう。まぁ、そうだろうなとは思ってはいたのだが、ワンチャン期待も空しく車両に出会うことはできなかった。
駅舎の片隅に大畑線キハ85動態保存運転会のパンフレットが挟まっていたので見ていると、毎年5月から10月の第三日曜日に運転会が開かれているということだ。第三日曜日は次の日曜だ・・・。こればかりは仕方がない。南部縦貫鉄道の様にはいかなかったか。
車両とは出会うことができなかったが、最果て感漂う地に足跡を残せただけで満足。
国鉄大間線の遺構を辿る:

さてお次はいよいよ大間を目指す。大間といえば本州最北端の町であり、近海マグロが有名だ。せっかくなのでそのマグロを食してみたいところだが、それは到着の時間次第である。

大畑の町に入る少し前から、辺りに霧が漂い始めた。霧といっても地表付近には降りてきておらず、かといって雲というにはあまりにも低い位置に漂っている感じだ。
ここから先は国道279号線をひたすら進んでいく。街から暫くの間はバイパスになっていて、意外にも快適なルートである。が、木野部峠を越えて緩やかなカーブで下りきると木野部の集落となり、そこからは従来の国道に戻る。この木野部という集落の読み方は「きのっぷ」である。恐らくアイヌ語を語源としたものだと思われるが、日本語離れした地名だ。
先ほど見てきた下北交通の駅があった大畑と、これから向かう大間との間に、かつて国鉄大間線という鉄道路線の建設が進められていた。戦前の話である。元々は国鉄大湊線の下北駅から大間駅を結ぶ路線として計画され、そのうち大畑までの区間が先行開業して国鉄大畑線を名乗っていたのだが、そこから先の区間は戦局の悪化により建設が中止となってしまった。
だが橋やトンネルなどの施設を含む路盤は、多くのところで既に完成しており、国道279号線の沿道に現在も多くの遺構が残されている。といってもほとんどは深い藪の奥に眠っており、片手間で見に行けるようなものではないと聞く。またトンネルは既に塞がれており、その中の様子を見ることも叶わない。
というわけで国道を流しながらもし見つかれば、位のつもりで車を走らせた。

途中、国道に平行するようにコンクリートの2連アーチがあった。恐らく大間線の遺構ではないかと思う。これはドライブレコーダーのデータからキャプチャした画像である。走行中は全く気がつかないまま通り過ぎてしまったのだが、帰宅後動画を見直している時に気づいた。
下風呂温泉郷:

さらに進んでいくと、むつ市をぬけ風間浦村に入る。海岸に沿った小平地に集落が点在する、鄙びた寒村の趣だが、進んでいくと唐突に中層のビルが視界に飛び込んでくる。
この集落は下風呂(しもふろ)といい、これらのビルは下風呂温泉郷の温泉旅館の建物である。この温泉は本州最北の温泉として知られている。下風呂も今回のドライブにおいて立ち寄りを考えていた集落である。といっても温泉に入るためではない。大間線沿線では珍しく遺構が整備されて公開されている場所があるのだ。
その遺構というのは、集落の後背地を通り抜けるアーチ橋である。前後の山越えのためにこの下風呂集落内は高架で通り抜ける必要があったようで、集落のほぼ全域に渡る長さの巨大なアーチ橋が残されているらしい。で、そのアーチ橋が観光資源として整備され大間鉄道メモリアルロードと称して公開されているそうなので、それを見に行ってみようと思っている・・・のだが、国道から遺構らしきものの姿が全然見当たらない。国道沿いに旅館含め家屋が密集しており、集落の奥の方の見通しが全く利かないのだ。

一旦集落を通り過ぎてしまったので、鋭角に合流する道をUターンするように左折して、ひとつ山側に併走している集落内の道を進んでみた。
ところが、それらしき看板が見当たらないまま、再び集落を抜けて国道まで戻ってきてしまった。あれ、どこにあるんだ?

狐に鼻をつままれたような気持ちで、再び国道を大間方向へ進めていくと、先ほど左折した集落内の道の合流地点のところに「鉄道アーチ橋入口」と書かれた看板が出ていた。ここだったか。さっき曲がった時に見落としていたようだ。

ここである。分かりづらいので国道側から見た写真を掲載しておく。もうほぼ合流地点にある。で、見つけたのは良いが駐車場がない。まぁ道幅は広いし、暫く見ていてあまり通行する車も多くなかったので、邪魔にはならないだろうと適当に車を路肩に寄せて停めた。
