青森出張2024【5】(2024/07/15)

下風呂の大間線遺構:


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ということで、アーチ橋への入口に立った。目の前に見える階段を登っていくとアーチ橋に行けるようなので、早速登り始める。

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途中はこんな感じの木の遊歩道になっており、よく整備されていて歩きにくい場所はなかった。

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登り切ると前方が緩やかにカーブしている歩道橋のようなところに出た。

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そのまま進んでいくとレールに模したタイルが埋め込まれた通路になる。その先には線路も置かれているのが見える。ここがそのアーチ橋の路盤の上だった。

奥に見えるホーム状になっている場所は、

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なんと足湯になっていた。辺りには硫黄の匂いが漂っていて、この足湯もなかなか濃厚な硫黄泉のようだ。温度は思ったよりも熱くはなく、ゆっくり足を浸けていれば体がぽかぽかになること請け合いである・・・。が、自分は時間の都合で浸かるのは控えた。

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少し通り過ぎたところから振り返って撮影。

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もし大間線が開通にこぎつけていたら、ホームからこんな景色が見えたのかなと、現地で思いを馳せたりしたのだが、駅が設置される予定だった場所はここではないらしい。

現地でそのことに全く気づかず見に行きそびれてしまったのだが、ここからもう少しむつ市方向に戻ったところにある集会場の辺りが、駅の建設予定地だったそうだ。そこには今も駅ホームから外へ出るために作られた地下道があって、地元住民が通路として使っているらしい。それを知って地団駄を踏んだのは言うまでもない。

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アーチ橋から下風呂温泉郷を一望する。多分ベージュの建物の裏手あたりに駅の建設予定地があったのだろう。しかし下風呂にホテルという単語が合わさると、なんか妙にビロウな感じが漂ってくる気がするのは自分だけだろうか・・・。

それはさておき、いままさに戦前の貴重な未成線の遺構の上に立っているわけだが、その遺構そのものの全貌が見えてこない。いくら遺構だといわれても、こう綺麗に整備されてしまっていると、なかなか当時に思いを馳せることができない。ということで、戻り道のついでに温泉街の方へ進んで、遠景からアーチ橋を眺められる場所がないか改めて探しに行ってみたのだが・・・、

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道とアーチ橋の間には民家が建ち並んでいて、全貌を眺められる場所がなかなか見つからなかった。一番よく見える場所でもこんな程度だから、車を走らせていたらよほど注意して見ていないと気がつくはずがない。

とまぁ、そんな具合でちょっとモヤモヤ感が残る大間線遺構散策となったが、とりあえず時間も時間なのでぼちぼち先に進む。

 

ヤマセ:


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ここからは大間崎まで一気に向かう。相変わらず辺りには低い霧のような雲のようなものが漂っている。山登りをして雲に近い標高まで登ったあたりで雲が流れてきた時のような感じだ。

これはヤマセと呼ばれる現象のようだ。ヤマセというのは、東北の太平洋岸に吹き付ける冷たい東風のことで、この風によって海水面が冷やされて霧が立ち込めるらしい。そのままその霧が風と共に陸に流れてくるので、陸地も日照が遮られ気温が上がらない状態になる。これが発生すると農作物の生育が悪くなる。かつて東北地方で頻繁に起こっていた飢饉も、このヤマセが原因となっていた。

今回の出張では、青森市付近の気温は概ね30度未満の日が続き、35度近い気温が続いていた関東から青森入りした際には、その凌ぎやすい陽気に安堵したものだ。で、そこからさらに北上して下北半島へとやってきたわけだが、恐山の辺りまで青森市街と変わらない気温だったのが、そこから北側の海沿いに降りた途端、気温が一気に下がった。2021年のお盆に北海道に出張に行った際にも、急に気温が下がって寒い思いをしたので、念のため長袖を忍ばせていたのだが、それを着て丁度いいくらいの陽気になっている。

こんな場所で車中泊の旅をしたら快適だろうなぁ。

それはさておき、上の写真もよく見ると国道の橋から10mばかり奥まった所に黒っぽいコンクリートの建造物が見える。これも大間線の遺構かもしれない。

 

大間崎:


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薄らぼんやりとした景色の中を30分ほど走らせたら、大間崎に到着した。海岸からほど近いところにある駐車場に車を置くと、周囲にはお食事処と海産物を売る店が建ち並んでいた。

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そこを通り抜けて海岸に出ると、そこが大間崎。本州の最北端で北海道の最南端よりも北に位置している。

奥に見えるマグロと腕のモニュメントは、ここで実際に釣り上げられた巨大マグロの実寸大と、それを釣り上げる漁師の手さばきを表したものだ。大間はマグロの一本釣り漁法が盛んなのだそうだ。こんなの手で釣ったら、逆に海に引きずり込まれてしまいそうだが・・・。

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海岸から500メートルほど沖合に、海霧に霞んだ島が浮かんでいる。弁天島というそうだ。その様子をはっきりと窺うことはできないが、灯台がある無人島であるらしい。

かように500メートル先もはっきり見通せないほどの、どんよりした陽気なので期待するべくもないが、空気が澄んでいると、向こう側に北海道の島影も見えるとのことだ。

大間線の建設が中断された後、本州と北海道の間にトンネルを掘る構想が立ち上がった。その際、既に鉄道の建設があらかた済んでいて、なおかつ北海道までの距離が近い、ここ大間からトンネルを掘る案も検討された。その案が採用されたら大間線も開業し、本州と北海道を結ぶ大動脈になっていたことだろうと思うが、実際に掘られたのは津軽半島側だった。

大間沖には水深が急激に深くなっている箇所があり、なおかつ地盤が悪く、掘削に適さないことが判明したからだ。その辺の話は、青函トンネルの竜飛海底駅を見学するツアーに参加した際に、係員から教えてもらった。

大間経由となることに地元は大いに期待を寄せたということだが、津軽線の経営状態や下北交通の末路を見るまでもなく、無事開業にこぎつけたとしても、地元にとってその後の展開はあまり明るいものにはならなかったように思う。

Posted by gen_charly