岩手の地震の爪跡を訪ねて - 6(2011/05/02)
— 栗駒へ再訪 —
馬面電車を見学して車に戻ると、13時過ぎです。
まだ半日くらい時間があるので、天気も良いことだし、再度栗駒と祭畤の辺りに行ってもう少し詳しく見て回ることにしました。
ほぼ行って来いのコースになってしまい、ちょっと無駄足な感じになってしまったのが残念なところです。
一時間半ほどで昨日ガスで見えなかった崩落地に到着。
ガスはかかっていないものの、平地と違って結構雲りがちのどんよりとした天気でした。
天気のせいで平板な写真になってしまい分かりづらいのですが、谷の奥のほうの斜面が上流のほうまで延々と崩落しているのが分かると思います。
写真中央やや右の崩落地の上には道路が通っていて、その道が谷を下ったところで沢を跨いで、この道に繋がっているのですが、未だに途切れたままです。
ちなみに、ここは「冷沢」と言うところだそうです。
一つ上の写真の更に下流側を写したものですが、崩落地をギリギリで避けるように民家が建っているのが見えます。
昨日はここで折り返してしまいましたが、今日はこのまま耕英地区を抜けて駒の湯温泉まで行って見ようと思います。
先に触れたくりはら田園鉄道のくだりで岸さんが宿泊していたのが、この駒の湯温泉です。
地震後発生した土石流で建物ごと押し流され、中に居た従業員の方や他の宿泊客数名とともに犠牲になってしまいました。
くりこま荘の所までは車で入ることが出来ました。
駒の湯温泉が有った所は、ここから目と鼻の先なのですが、ここで道は通行止め。
立入禁止の看板の脇に「慰霊碑までは歩いて通行できます~」と表示が出ていたので、くりこま荘の駐車場に車を置かせてもらって歩いて行ってみる事にしました。
相変わらず人気は殆どなく、見かけるのは工事の作業員ばかり。
本当に今がゴールデンウィークの最中なのか分からなくなってきます。
気温もだいぶ低くて、コートを羽織らないと寒いくらいです。
細い急な坂道を下っていくと、道の途中に慰霊碑が設けられていました。
慰霊碑には、
「平成二十年六月十四日午前八時四十三分頃
岩手県内陸南部を震源とする震度六強の大地
震が発生 耕英地区に甚大な被害をもたらし
直後に起きた大規模土石流に駒の湯温泉が
のみ込まれ七名が犠牲になりました
犠牲者の霊を慰め 頂いた多くの支援への
感謝 復興への念を永く語り伝えるために
この碑を建立します」
と書かれていました。
慰霊碑の後ろ側から、大規模な工事現場が見えます。
ただ、今日は休工日なのか、現場に人気はほとんどなく、強い風、どんよりした雲と相まって、寂しさが募ります。
沢の上流を眺めると、はるか上の山腹が崩壊しているのが見えます。
上流から土砂が一気に流れ下り、駒の湯の建物を押し流してしまいました。
かなり広大な範囲に渡って土がならされています。
崩落した土砂の上にはかつてその上のほうに生えていた木々がそのままになっています
改めて、地震の破壊力の凄さを思い知らされました。