奥多摩の廃ロープウェイ(2003/06/22)

奥多摩にロープウェイの廃墟がある。場所は奥多摩湖の最奥部。青梅街道から分岐する国道139号線に入ってすぐのところにある橋を渡ると、すぐに奥多摩周遊道路(旧:奥多摩有料道路)への分岐がある。これを曲がって奥多摩周遊道路に入るとすぐ料金所の跡地とちょっとしたパーキングがあるのだが、この物件はその料金所脇の斜面の上に存在している。

このロープウェイは小河内観光開発株式会社が1962年(昭和37年)に開業したもので、川野駅~三頭山口駅間600mの間を6分ほどで結んでいた。当時は青梅街道から見て奥多摩湖の対岸となる、三頭(みとう)地区へ渡る橋が架かっておらず、そちら側の山への登山客を輸送する目的で開業したそうだ。といっても当時から奥多摩湖の湖上には、ドラム缶でできた浮橋(ドラム缶橋)があり、徒歩でのアプローチが可能だった。三頭山方面へ行く人は基本的に登山客ばかりなので、歩いて行ける道があるのにわざわざロープウェイを使う人はあまりおらず、利用客は低迷した。結果、開業からわずか4年で運休となってしまい、その後再開されることなく現在に至っている。

上述のとおりこの路線は、現状では運休の扱いであるらしい。小河内観光開発株式会社(と経営者)が消息不明で、廃止手続きができないせいらしい。とはいえ、運休から40年近くが経過し、その間ずっと放置状態だったので施設は老朽化が進行している。廃止の手続きが行われないので行政による撤去を検討することもままならず、完全にスタックした状態となっている。

このロープウェイの存在を知ったのは、冒頭に書いたとおり昨年の暮れだ。あてどなく奥多摩方面をドライブしていて、休息のため現地に車を停めた際、敷地の向こうにロープがかかった妙に古びた鉄塔が見えたのだ。初めは工事の資材運搬用ロープウェイでもあるのかなと思ったのだが、そのロープを目で追いかけていくと、駐車場の道向かいに位置する山の斜面にロープが吸い込まれていて、その向こうの木々の隙間からホームのような設備とロープウェイの搬器が見えた。あれ?こんなところにロープウェイなんかあったっけ?と一瞬思ったが、どう見てもまともに運行されているものではなかった。

その斜面にはロープウェイの駅へ向かうためのものと思しき階段があった。階段があったら登ってみたくなるのが人の性ということで、その階段を登れるところまで登ってみたのだが、ロープウェイのホームはそこから更に10mばかり山の斜面を登ったところにあり、なぜかそこへアプローチするための道が見当たらなかった。

旅客輸送のためのロープウェイなら、駅に行くための道があるはずだ。位置的に最も妥当なのがこの階段なのだが違うのだろうか。周囲を軽く散策したが、ここの他に入口となりそうな道は見当たらなかった。結局その時は、それ以上の追及はせず、そのまま先に進んでしまったのだが、何となくこのロープウェイの存在は気になった。

それで、帰宅後に情報収集をしてみたところ、上述した経緯を知ることとなった。ちなみに駅へアプローチするための道は、周辺の再整備で既になくなってしまっているらしい。つまり前回登坂を断念した、あの道なき斜面を登っていく以外にたどり着く方法はないということだ。

でもそれが分かったら、もう一度見に行ってみたくなった。


で、再訪の日を窺っていたわけだが、初夏のこの日が丁度1日ヒマになったので、カミさん(当時は彼女)に奥多摩にドライブに行こうよと誘い出して2人で訪問してきた。まさかロープウェイの廃墟を見に行くなんて露ほども思わなかっただろうw

カミさんを連れて行くことにしたのは、1人で探索することに心細さを覚えたからだった。カミさんがいたからといって何かの役に立つわけではないのだが、何となく1人で行くよりは心強かった。要は共犯である・・・w

小河内観光開発ロープウェイ:


2003/06/22

というわけで再び現地にやってきた。途中までのアプローチは件の擁壁の階段を登る。そこから先は斜面をかき分けて一直線に登った。ぬかるみなどはなく、木々の枝に掴まりながら登ったので、それほど困難もなくホームのところまで登ることができた。

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そこに佇んでいた搬器はみとう号と名付けられていた。ここまでイタズラしに来る人はそう多くないのか、搬器は放置から40年以上経過しているものとは思えないほどきれいな外観をしていた。ちなみに対岸の駅となる川野駅にも搬器が放置されており、そちらはくもとり号というそうだ。

川野駅の方は今回は訪問していないがあちらも同じような状態らしい。

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それから段差の低い場所を見つけてホームによじ登ってみた。

斜面を登ってきた時には、状態は意外に悪くなさそうだなと思ったが、ホームから見ると様子が随分違っていた。ガラスはほとんどが外され、搬器の上には植物がはびこっている。

ここを訪れるものを誘うように搬器のドアが開け放たれている。こうしてみると何となく安全な感じにも見えるが、老朽化したロープが我々の重さに耐えてくれる保証はどこにもない。万一乗り込んでいる間にロープが破断したら、恐らく搬器と一緒に20m下の駐車場まで自由落下することになるだろう。軽率な行動は禁物である。

ちなみに扉から室内を覗いてみたが、搬器の中に座席などは設置されていなかったようだ。僅か6分の乗車時間ならそんなものか。

ホームには駅名票が残っていた。

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この駅は三頭山口という名前だった。手書きで書かれた駅名標は、一部剥がれが見られるものの保存状態が思ったより悪くはなかった。スプレーなどでイタズラしたりするような人がここまで来ないのだろう。

それはさておき、ローマ字のスペルがなんか怪しい。解読すると「MITOSAnGUTHI」と書かれているようなのだが、なぜnだけ小文字なのか。さらに「ち」を表すスペルも「THI」となっている。かつては「ち」のローマ字表記としてこの表記もOKだったらしいのだが、今日ではまず見かけない記述法である。パソコンで打ち込んでも「てぃ」と変換される。みとうさんぐてぃ。

ちなみにネットなどで見ると、川野駅の駅名標も大層奇妙であるらしい。それはそれでいずれ実物を見に行ってみたいと思っているのだが・・・。

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さて、ホームから通路を辿って改札口までやってきた。

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改札の隣に駅務室と思しき部屋があった。ここで切符などを販売していたのだろうか。

ここもガラスが外されている。破片が散乱していないところを見ると、維持管理するために誰かが定期的に訪れているような気がする。だとしたらその人は何のために・・・まさか失踪中のオーナーが再開の日を夢見て時折訪れている、なんて話はないだろうなぁ。

機械室と思しき部屋も見えたが、積極的に写真を撮ろうという気にならず目視したのみ。

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その事務室のすぐ背後は外部への扉が設置されていた。開け放たれておりここもガラスは全て外されていた。

こちらが正面入口なので、乗客がここへ来るための道がどこかにあったはずなのだが、奥多摩有料道路の整備に伴って切り崩されてしまったというのは前述のとおりである。本当に道は一切ないのか少し周辺を見回ってみたが、やっぱりこの駅前から続いている道は見当たらなかった。

それほど大きな建物ではないが周囲もざっと一周してみた。すると建物の隅の方に看板が落ちていた。

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その看板には「屋上展望台登り口」と書かれており、すぐ横の階段のことを指しているようだ。

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その階段は鉄製で、いい感じに錆びていた。踏み抜かないように気をつけながら上ってみると・・・。

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登った先は藪になっていた・・・。コンクリート製の建造物の屋上というのに盛大に植物が繁茂して隅の方まで行くことができなかった。

ということで、ロープウェイの廃墟をじっくり見学できて自分的には満足。カミさんの感想は聞かなかったが、存外に楽しそうな顔をしていたので、案外素質があるかも知れない。

三頭山口編は以上である。機会があったら川野駅への訪問も含め再訪したいなとも思うが、今度は冬場に来た方がいいかもしれない。

(おわり)

Posted by gen_charly