185系普通列車で箱根へ (1989/05/04)
1989/05/04
この年、自分は中学生になった。その学校でK君という同級生と仲が良くなった。彼もまた鉄道が好きで、瞬く間に意気投合してつるむようになった。
で、今回は箱根へ行ってきたのだが、そのきっかけは特急踊り子号用の185系で運転されるという普通列車に乗ってみたいと思ったことだった。この列車は各駅停車であるものの、普段特別料金を払わないと乗れない電車に運賃だけ ...
京葉線 (1989/04/02)
1989/04/02
どうにも地味な印象がぬぐえない我らが東武東上線であるが、1987年に大きなイベントがあった。地下鉄有楽町線が和光市駅まで延伸されて、東武東上線と直通運転を開始したのだ。これにより都心部まで乗り換えなしで行けるようになったのだが、当初直通する列車は各駅停車だけだったので、座れるけど時間がかかってしょうがないうえ、ほとんどが川越市駅止まりだったので、川越市駅以遠 ...
三鷹電車区に見学に行った話 (1988/12/26)
1988/12/26
当時、例の同僚の姉が三鷹に住んでいて、極々たまに遊びに行っていた。それから数年後に自分が鉄道趣味に目覚め、やがて三鷹に電車区(車庫)があることを知った。
それからしばらく経った冬のある日、みんなで集まってクリスマスパーティをしようよという話になり、3家族がその三鷹の家に集まった。不思議な縁とでもいうのか、その3家族とも片親で子供が1人という家族構 ...
’88埼玉県民の日 (1988/11/14)
1988/11/14
11月14日は埼玉県民の日である。この日は県内の小中学校は全て休校となる。そのうえ大手鉄道各社が、県内乗り降り自由のフリー切符を子供200円未満という格安料金で発売していたので、電車が空いている平日に安価に遠出ができるまたとないチャンスである。県内の鉄道キッズにとって、この日は待ち望んだ特別な日なのだ。
ということでフリー切符を入手して撮り鉄の旅 ...
箱根の鉄路巡り (1988/08/14~08/15)
1988/08/14
お盆休みに父と例の同僚(とその娘)とで箱根の温泉宿に泊まりに行くことになり、2家族4人で父の車に乗って箱根へと向かった。
宿泊先は強羅駅の近くにある紀伊国屋旅館という宿だった。芦之湯にきのくにやという旅館があるがそこではない。どうも既に廃業されているようだ。
行きは宿に直行。宿の詳細は既に記憶に残っていないが、宿から歩いて1分くらいの ...
川越の車庫を見に行った話 (1988/08頃)
1988/08/xx(多分)
JR埼京線・川越線の車両が留置されている川越電車区という車庫が南古谷駅の近くにある。ここもまた事前の電話連絡で見学対応してくれる車庫だったので、これまで2、3度ほど見学させてもらっている。
この時何回目の訪問だったかは忘れたが、夏休みの自由研究で鉄道車両の仕組みみたいなものを発表しようと思い立ち、その取材のために訪問したのだった。 ...
撮り鉄でやっちまった話【2】(1988/07/29~07/30)
大船駅から乗るのはもちろん湘南モノレール。
湘南モノレールは懸垂式のモノレールである。その名のとおりガイドレールの下に車両をぶら下げて走る方式のモノレールで、その乗り心地がどんなものか興味があって、湘南江の島駅まで乗り通して往復した。乗り慣れないタイプの揺れだったせいか、大船駅に戻る途中で軽く酔った。
そのせいかは覚えていないが、途中駅でいったん下車したようだ。看板に ...
撮り鉄でやっちまった話【1】(1988/07/29)
1988/07/29
夏休みになって、撮影の旅に行きたい欲がMAXに達していた。とにかく撮りたかったのは鶴見線のクモハ12という電車である。鶴見線は神奈川県にあるので、埼玉に住む自分にとって気軽に行ける場所ではなかったが、夏休みの有り余る時間を活用して思い切って撮影しに行ってみることにした。
神奈川県には沢山の鉄道路線があるが、あまりフォローできていなかったので、つい ...
さいたま博覧会(1988/05/22)
1988/05/22
この年、埼玉県はさいたま博覧会の開催に全県が沸いていた。85年のつくば万博辺りから毎年のようにどこかで地方博が開催されていて、88年についに埼玉での開催となったのだった。
博覧会の目玉はなんといってもリニアモーターカー。そりゃ乗りたいでしょ、ってことでチケットを手に入れてさいたま博に行ってきた時の話である。
さいたま博の会場は熊谷市で ...
瀬戸大橋を渡って四国初上陸 (1988/05/03~05/04)
1988/05/03
3月に大阪に連れて行ってもらって以来、自分の鉄道熱は最高潮に達していた。この旅行以降3年くらいの間は暇があればひたすら鉄道写真を撮り歩いていた。といっても全部が全部掲載するとキリがないので、当サイトで紹介するものは印象深かったものに限定している。
で、あれからまだ2カ月しか経っていないのに父から再び大阪への同行のお誘いがあった。時期はGW、もちろ ...
JR1周年スタンプラリー (1988/03/29)
1988/03/29
当時通っていた小学校に鉄道とライオンズをこよなく愛するOという先生がいた。この先生は非常に毒舌で、特に鉄道に関する辛口すぎる評価が面白かった。ともかく口は悪いのだが授業そっちのけで面白い無駄話をするので子どもたちには人気の先生だったが、その辛口の評価が特に面白くて、鉄道好きの子どもたちからは教祖のように崇められていた。
その面白い無駄話の中には鉄 ...
大阪の地下鉄巡り (1988/03/20)
1988/03/20
当時父は、自分の会社の支店を大阪にも出していて月に1度くらい大阪へ行っていた。その流れで前年夏に初めて父に大阪に連れて行ってもらい、大阪観光をしたり地下鉄の写真の撮影に付き合ってもらったりした。当時はまだ今ほど気軽に旅行に行けるような時代ではなく、また関東のメディアにおいて関西地方が取り上げられることも多くなかったので、大阪というのは知識として知っていても具 ...
北海道初上陸【10】(1999/09/02~09/04)
我々に大人の世界を見せてくれたお寿司屋を後にし、再び小樽駅から札幌行きの電車に乗って戻ってきた。
そして札幌駅。ここで何枚か列車の撮影をしたあと、市内観光に繰り出した。確か先に土産物を買いに駅前のデパートを散策した気がする。
その後、日本三大がっかり名所のトップという、不名誉な称号を持つ札幌時計台を訪ねた。時計台は古い木造建築で、何となく広い原っぱの真ん中 ...
北海道初上陸【9】(1999/09/02)
1999/09/02
ホテルからの眺めをビデオに撮っていた。この時に宿泊したホテルがどこだったのか、もうずっと前に忘れていたのだが、この風景をグーグルのストリートビューでマッチする場所を調査した結果、東横インに泊まっていたことがはっきりした。やっぱり何かしら記録は残しておくものだなと痛感する。
このエントリは旅行から10数年を経て書いている。当時はこうした旅 ...
北海道初上陸【8】(1999/09/01)
札幌への道中、あまり寄り道をする余裕はなかったのだが、道すがらにある阿寒湖には立ち寄った。お目当てはもちろんマリモである。阿寒湖といえばマリモ、あの天然記念物にも指定されているまん丸な藻を見てみたい。といっても事前学習をしていないので、それがどこで見られるのかさっぱりわからない。まぁ、現地に着けば分かるだろうと思い、土産物屋が建ち並ぶところに車を置いた。
そこ ...
北海道初上陸【7】(1999/09/01)
1999/09/01
まずは昨日からの計画のとおり、摩周湖を見に行ってみることにした。
摩周湖はかつて「霧の摩周湖」という歌がヒットしたこともあり、ある程度の世代以上の人であれば、名前を聞いたことはあるという人もいると思う。自分が生まれる前のヒット曲なので、まだ聞いたことはないのだが。でも「マシューコ」という、日本らしくない響きは何とも神秘的な印象を与えるもの ...
北海道初上陸【6】(1999/08/31)
網走の街に辿り着いた時には、既に夕方に片足を突っ込んだ時間となっていた。日没まであと2時間ほどしかないので、いまから観光しようとしても、行ける場所が限られる。ちょっと寄り道しすぎたか。
網走といえば監獄だ。網走番外地。そのくらい網走の刑務所は有名。自分ら的にはあまり興味のある対象ではなかったが、このまま何ら観光をしないまま網走を立ち去るわけにもいかないので、博物館 網走 ...
北海道初上陸【5】(1999/08/31)
1999/08/31
3日ぶりの布団の上での睡眠は実に快適で、朝まで熟睡して7時に起床。それから出発の準備を整えて広間にいったら、そこにいた女将から、こんな時間まで寝てたら観光できないよ!と呆れ顔で言われてしまった。7時起きって自分らにとっては結構な早起きなのだが・・・。
そのぶっきらぼうな口ぶりに良い印象は抱かなかったが、女将がそう言って呆れた理由は ...
北海道初上陸【4】(1999/08/30)
富良野に近づくにつれ、車窓から見える景色が、だんだん自分が思い描いていた北の大地のイメージとマッチする場所が増えてきた。これぞ北海道というような景色に、いよいよテンションが上がる。
それでちょいちょい車を停めて景色を眺めたりしていたら、富良野に着く頃には日が傾き初めていた。富良野に来たは良いが、具体的に見どころを定めて訪れているわけではなく、これから探さなくてはならない。 ...
北海道初上陸【3】(1999/08/29~08/30)
ロープウェイによって山頂に運ばれ、順路に従って山頂広場に立つ。眼下には日本三大夜景のひとつとされる煌びやかな夜景が広がっていた。
函館の市街は沖合に浮かんでいた函館山と、北海道本土との間の海が砂によって埋められた、トンボロと呼ばれる場所の上に作られている。
両側を海に囲まれた狭い陸地に光がぎっしりと詰まっている。それによって暗い中で見ても陸と海の境がはっきりとして ...