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陸前高田からは一時間半弱の道のりです。
市街を抜けて、緊張が解けたか同乗者がみんなで船をこぎ始めました。。。

原付も時折襲い掛かる睡魔と闘いながら、頑張って運転し続け、祭畤大橋に到着。

5月

今回(7月)

展望台に登り橋の方角を眺めると、前回来た時に見た景色が嘘のようにうっそうとした木々に覆われていました。

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— 地震にスカされる —

翌日。

昨日もそうでしたが、今日も朝から気温がぐんぐん上がり、すでに外の日差しは痛いくらいの強さになっていました。

今日はおじいちゃんの火葬のみ行うそうで、葬儀は明日になるということでした。
この炎天下のさなか、真っ黒な喪服を着なければならないと思うと少し気が重いです。。。

朝食を済ませて、車に分乗し ...

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程よい時間になってきたので、そろそろ一関に向かいたいと思います。

その途中で見かけたバスもすごいことになっていました。

陸前高田駅の次の駅となる竹駒駅の脇を通ったので、ここでも少し降りてみることにしました。

盛り土に設けられた階段が、かつてそこに駅があったという面影を僅かにとどめていましたが、健在だった頃の駅がどうだったか知らないのでどう変わってしまったの ...

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— 陸前高田へ再訪 —

陸前高田に入ると、まず見えてくるのが雇用促進住宅です。
海と貝のミュージアムの前辺りで車を止め再度小休止。

まだ到着予定時間までもう少し時間がありそうだったので、前回来た時と変化したことが無いか、少し見て回ることにしました。

5月に訪れたとき

今回(7月/反対側も同様になっています)

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— 再び岩手へ —

7月8日、終電を気にしながら、なかなか終わらない仕事に悶々としていると、携帯に着信。
こんな時間に誰だろう、と携帯の表示窓をを見てみると弟の名前が出ていました。

一服しようと休憩所に移動して電話に出ると、元気のない声で、

「じいちゃん亡くなった。。。」

GWに行った時には安定していると聞いていたので、まさか ...

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— 亘理から仙台空港 —

目覚ましが鳴り目を覚ますとすでに夜が明け、海の向こうから太陽が顔をのぞかせていました。
コンビニで朝食を買い込み、それを腹に落とし込んでから再出発。

作業をする人の邪魔になるかもしれないので、6時には戻ってこようと思います。

亘理インターの前を通り、沿岸部の畑の農道へ入り込むと、景色が一変します。
畑の中 ...

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— 興味本位で —

5月5日。

お礼を言っておばさんの家を出発。
ガソリンスタンドで給油を済ませて一関インターから東北道に入りました。

時間は既に0時を回り、車も少なく至って順調です。

すぐに宮城県に入り、そのまま暫く進んでいくと、仙台北部道路の案内看板が見えました。
地震での速度規制は出ていましたが、通行は出来るよう ...

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— 納豆は10パックもいりません。。。 —

店は沢山の人たちで賑わっていました。
おばさんは人ごみが大嫌いで、さっさと買い物を済ませたかったらしく、早足で店内に入っていってしまいました。
原付はカートを押して人ごみをかき分けながら進まなければならないので、はぐれてしまいそうでちょっとドキドキ。

岩手のお土産ということで、油麩 (あぶらふ)と一 ...

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— 思うに任せない石垣積み —

割と古い建物なので、今回の地震であちこち壊れているのではないかと思っていましたが、建物自体はさほど影響ないようです。
ただ、よく見ると、入り口のガラス戸が傾いているのが分かります。

建物が若干ゆがんでいる様子です。。。
岩手に来る前に聞いていた、庭の石垣もだいぶ派手に崩れていました。

それよりも、少 ...

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— そういえば小沢一郎 —

5月4日。

原付はいつもどおり?9時ごろに起床。
赤ちゃんが夜泣きしていたようですが、原付は全く気づかないまま爆睡していました。。。

従弟はあの後4時過ぎまで起きていたらしく、ウトウトしかかった時に赤ちゃんが夜泣きし始めてしまい、殆ど眠れなかったそうです。

朝食を済ませて一関に向かって出発。

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更に少し進んだところに、雇用促進住宅が2棟立ち並んでいるのが見えました。

見ると、建物の4階部分までは一様にベランダの手すりも窓のサッシもなくなっていて、最上階の5階部分のみがかろうじて原型をとどめています。
その姿に言葉を失うと同時に、失礼ながら軍艦島や松尾鉱山に立つ廃墟を想像してしまいました。

どのくらいの高さの波が襲い掛かったのか、これを見ると一目瞭然で ...

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— 陸前高田-2 —

行ってみよう、と車を走らせたのは良いのですが、少し前に書いたとおり、気仙川を渡る橋は、気仙大橋、姉歯橋が共に流失してしまっているので、どこまで行けば対岸に渡れる橋が残っているのか分からないまま上流方向に進んでいきました。

さっき折り返した地点も通過し、更に上流へ進むと、大船渡線の落橋した鉄橋が見え、 そこの少し先に車が通行している橋が見 ...

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道は先にも通じているのですが、全ての車がここで右折していくところを見るとこの先は抜けられないようです。
そこで、敢えて直進して、すぐ先のアパートの脇に車を寄せて再び車を降りてみることにしました。
通行する車が殆どないので、ここならさほど通行の邪魔をせずに済みそうです。

よく見ると、そのアパートの駐車場にタクシーが止まって誰かを待っているようでした。

土 ...

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— 陸前高田-1 —

陸前高田は、岩手県内で一番大きな被害が出た場所です。
通行制限が行われている可能性があり、制限が行われていなかったとしてもひどい渋滞が発生している可能性が高く、状況によっては引き返すことになるのを覚悟して国道45号を進みます。

よって、もしかしたら戻ってこなければならないことも考えながら国道45号を進みます。

途中、 ...

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— 沿岸部の被災地へ —

5月3日。

またしても寝坊して9時ごろに起床。
朝食の時に昨夜の地震の話をすると、みんな覚えていないと言っています。
震度2くらいの地震は気づかなくなってしまっていたと言う話しは本当なのかも知れません。
(あるいは酔っ払って爆睡していたか。。。)

従弟は生まれたばかりの赤ちゃんの世話が済んでから来 ...

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— 再び祭畤大橋へ —

その後、昨日に引き続きもう一度祭畤大橋を見に行ってみようと思い、県道42号に出て進んでいくと、途中に「行者の滝」 の看板が見えました。

駐車場に植えられた桜が丁度満開になっていたので、少し観光してみようと立ち寄ると、駐車場からすぐ行者の滝を見渡せる展望台がありました。

雪解けで水量が増えた行者の滝は、なかなかの迫力。

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— 栗駒へ再訪 —

馬面電車を見学して車に戻ると、13時過ぎです。
まだ半日くらい時間があるので、天気も良いことだし、再度栗駒と祭畤の辺りに行ってもう少し詳しく見て回ることにしました。
ほぼ行って来いのコースになってしまい、ちょっと無駄足な感じになってしまったのが残念なところです。

一時間半ほどで昨日ガスで見えなかった崩落地に到着。

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— 廃墟スーパー —

5月2日。

従弟も今日は出勤日だというので、適当にぶらぶらするつもりです。
細かいスケジュールは何も決めていなかったので、9時ごろに起床。
1Fに降りておばさんに作ってもらった朝食を食べていると、
「そこの冷蔵庫も傾いているんだぞ。」
と、後ろを指したので振り向くと、冷蔵庫と背後に見え

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— 小さい地震は気が付かない —

夕方頃におばさん宅に到着。
従弟は建物には大して問題がなかったようなことを言っていましたが、到着してみると確かに見た目は昔のままで、特に大きな被害は出ていないように見えました。

従弟一家も揃っていて、荷物を降ろしておばさんの淹れてくれたお茶で一服。
コストコで入手した支援物資を渡すと、幸い喜んでもらえました。 ...

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道路わき出ている看板に従って駐車場に車を止めると、ちょっとした盛り土の上に展望台が設けられていました。

展望台に上がると、紙細工のようにひしゃげた祭畤大橋を見ることが出来ます。
秋田県側の橋脚2本分の橋を残し、残りは撤去されていますが、にわかに信じがたい光景です。

今日は天気も悪く、通行する車もGWとは思えないほど少なく人気がないので、だんだん不安になってきま ...