[読み物-04]マンションを買って売った話【2】

内覧会:


申し込みが済んだら後は引き渡しの日を待つばかりである。自分の性格的に座して待つというのが苦手なので何度も現地を見に行った。建物は徐々に立ち上がっていき、自分たちが住む筈の部屋が出来上がっていく様子を眺めた。これまでも近所のマンション建設現場は目にしたことがあるが、自らが購入したものが出来上がっていく様子、という視点での眺めは、これまで見てきたものとは全く違うものだった。


そして年の瀬も押し迫ったある日、建物内覧会のお知らせが届いた。ついに出来上がった自分の家に足を踏み入れる日が来た。
内覧会と聞いて出来上がった我が城を満足げに眺める会なのかと思っていたのだが、そんなふんわりしたものではないらしい。

内覧会というのは出来上がった部屋が瑕疵なく仕上がっているのかをチェックする場なのだそうだ。つまり検品である。自らの目でチェックして問題ないことを確認したら書面にサインをしなければならない。いい加減にチェックして万一引き渡し後に施工不良に気づいても、サインしてしまっているのでその修復が容易ではなくなる可能性があるらしい。なにそれこわい。


我々にとっては仕上がりをチェックをする場だが、販売会社にとっては、後から不備を突っつかれないようにするための言質を取るための場である。我々が素人である前提でもって、でもチェックしてサインしましたよね、とやってしまいたい訳だ。

もちろん建具が壊れているとか、とか壁紙が破れてる、なんていうレベルなら誰が見たって一目瞭然だが、そんなレベルの不具合を内覧会まで放置する訳がない。だからぱっと見には綺麗に仕上げて、何も問題なく完成しましたよ、とやれば、入居者はそうですね頑張りましたね、となってサインをする訳である。


そういう前提があるからか、マンションにおける内覧の時間は一軒家のそれと比べて短めに設定されているらしい。大抵の場合概ね20分程度だそうだ。短い時間ではチェックしきれないだろうから、という裏心もあるのだろうが、そもそもマンションは数十戸とか数百戸という単位で販売されるものなので1部屋にあまり長い時間が割けない、という事情によるものらしい。

だが、一生に一度の買い物をするこちらからしたらそんな事情は関係のない話である。人によってはじっくりとチェックしたいと思うこともあるだろう。でも、そんな心構えで内覧会に臨んだのに、内覧に同行する販売会社の担当者からプレッシャーをかけられたりすることもあると聞く。

プレッシャーなど無視して自分のペースでチェックをすればよい、なんてアドバイスも見かけたが、自分などそんなプレッシャーを与えられたら、大してチェックもしないままサインをしてしまいそうな気がする。でも一生に一度の買い物である。悔いなく自分が納得するまでしっかりチェックしたい。どうやって心を強く持てばよいのだろう、と更に調べていたら、一級建築士の同行サービスというものを利用するのも手だ、という情報を得た。

同行サービスの価格は5万円ほどで、値段的には気軽にお願いできるものでもないが、同行して貰えば理論武装はバッチリだしある程度の抑止力にもなるだろう。これから一生を過ごす家で致命的な不都合を見逃してしまったら取り返しがつかないので、そこは気前よくお願いすることにした。


来たる内覧会当日。マンションの前で依頼した一級建築士と合流して受付に向かった。受付を済ませた後、販売会社の担当者のアテンドで自分の部屋へと向かう。通る道すがらに見えるもの一つ一つが真新しく、新鮮な眺めについ舞い上がってしまう。が、そんな自分の浮かれっぷりに気づいたか、建築士から小声で釘を刺される。

「販売会社が早く切り上げるように促してくると思いますが、気にせずにチェックしてください。自分が主体的にチェックしますが、皆さんも一緒にチェックを進めてください。」

そうでした。。。気持ちを引き締めて部屋の前へ。ここが自分の家か。
担当者が開けた扉をくぐって中に入るとそこには真新しい空間が広がっていた。もちろん建具は全て新品で、ぱっと見きれいに仕上がっていてどこもおかしいところはないように見える。

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1つ目の部屋から順にチェックを始める。壁だの柱だの見ていくが、やはり特におかしい所はなさそう・・・と思って建築士の方を見ると、容赦なくあちこちに紙テープで目印をつけている。

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例えばこれ。収納庫の扉の枠なのだが、切断面の仕上げが綺麗になっていない、という指摘である。

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こちらは扉の上端部に薄く汚れが付いている事の指摘。
始終その調子で建具が汚れている、壁紙の貼り合わせが汚い所がある、小さな傷が付いている、窓の開閉がスムースでないところがある、などなど、性格の悪い姑のごとく次々とテープを貼って行った。

なるほど、そういう目線で見ているのか。自分なんかそういう細かい所はあまり気にしないたちなので、気にもしていなかった。
幾ら画一的に仕上げると言ったって、人間が作るものなんだから品質に多少のばらつきは出る物だろうし、汚れだって入居前に掃除すれば済むのだから、そんなものを指摘してもしょうがないのだと思っていた。

まぁ、そもそもマンションなんてそうそう大きな瑕疵が見つかることはない筈。建築士もそのことが念頭にあるので、貰った費用に見合うだけの成果を出そうと必死なのかもしれない。ぶっちゃけ、そんな重箱の隅をつつくようなことをして、面倒くさい客だと思われるのは本意ではない。とはいえ、そんな些細な箇所でも直して貰えるならそれに越したことはない。

そういうことなら、とカミさんと2人して、目を皿のようにして気になる箇所を見つけていく。


そうしてあちこち目印を付けまくっているとき、トイレにいたカミさんから呼ばれた。

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行くと便座に尿のようなものが付いていると言っている。見ると確かに便座の蓋の裏側に濃い黄色のシミがついている。尿っぽくも見えるが、薄い泥水が跳ねて付着しているようにも見える。というか、建設中にそのトイレで用を足すなんて普通考えられない。だから自分の判定は尿ではない何らかの汚れ、だった。

なので、まぁそのくらいは拭けばいいんじゃない?と回答したのだが、カミさんはこれは絶対に尿だ、と言い張っている。じゃあちょっと確認しようか、と、同行した担当者にこの尿みたいな汚れ何ですか?と聞いてみた。担当者は耳にした瞬間、少し動揺したような表情をしながらその汚れをチェック。少しまじまじと眺めた後、作業者には居室のトイレは絶対に使わないように指導しているので、尿ではないと思うんですけど。。。と答えた。

じゃあこのシミは何の汚れですか?と更に聞いたら、それには答えず、持っていたクロスでその汚れをふき取って、まぁ、これできれいになりましたから、という。お前、証拠隠滅したな。

その態度にはちょっと不信感を覚えたが、まぁ、ぶっちゃけ自分的には部屋のトイレを入居前に他の人が使っていようが、拭いて綺麗になるレベルならそれほど気にはならない。

そこで、こういうのってどうなんですかね?と建築士にも聞いてみたら、まぁ、そのくらいはいいんじゃないですか?という回答だった。
カミさん不納得な表情をしていたが、権威のある人からそう言われてまで自分の意見を押し通す気概はなかったらしく、一旦それで矛を収めた。


チェックが済んだら、その指摘事項を担当者が手持ちの図面に記入していく。都合60カ所以上の指摘事項があって、図面にあらかじめ用意された指摘記入欄に収まりきらず、裏にまで書く始末。普通はこの1枚に数行程度の指摘が書かれて終わることが殆どなんだろうな。。。

時間は1時間ほどかかったが建築士が同行しているせいか、担当者からのプレッシャーのようなものを感じる場面は特になかった。
指摘箇所はこの後修復して、年明けに確認会を開催するそうだ。


部屋を出て建築士にお礼を言って解散。我々も帰宅しようかと思ったら、カミさんがやっぱりトイレの件に納得していなかった。さっきの担当者に話しても埒が明かないから違う人に相談する、といって1階の受付にいた別の人を呼び止めて、改めてその話を伝えた。

それを受けた受付の人は、ちょっと確認をさせてください、と言って再度同行を求められた。再び部屋に戻りトイレの前で経緯を伝える。といっても、汚れはさっき担当者がしれっとふき取ってしまったのでもうそこに証拠はない。そういう販売会社なのだから、どうせはぐらかされるのが関の山だろうな、と思っていたのだが、意外にも深々と頭を下げられ、責任をもって交換させていただきますという回答が得られた。

証拠なしに話しただけであっさり認めたところを見ると、実は割とありがちなトラブルなのか?〇〇の会社の人間は入居前の部屋のトイレを勝手に使うらしい、なんて話が広まったら大ごとになる可能性もある。事実確認をして変にこじらせるより、交換をして矛を収めて貰おうと判断したのだろう。面倒くさい住人と思われなければよいが。。。

というか、上の写真は用心深いカミさんが自分らに声をかける前に証拠として撮影したものである。だが、撮影していることを知ったのは内覧会の後だった。その時に出してくれたらもっと説得力があったのに。。。w


引き渡しの1カ月ほど前に、2回目の内覧会の通知が届いた。数々指摘した箇所はちゃんと直っているだろうか。そして便座は。。。?

今回は建築士の同行は省略した。カミさんも今回は来ない。自分1人で直っているかどうかのチェックはやや不安があったが、1回目の時に撮っておいた写真と比較しながら頑張ってチェックした。結果、指摘箇所は全て修正済みだった。


で、便座だ。同行の担当者からお詫びと説明があった。ちゃんと責任をもって交換しております、と交換の様子を撮影した証拠写真が印刷されたプリントを手に説明された。が、その写真に写っているのは便座ではなく便器だった。

あれ?と思って便座のシリアルナンバーを確認したら、指摘前と同じだった。いや、汚れていたのは便座なんだけどな。。。
とは言っても便座が汚れているということは水で流されているとはいえ便器も汚されている訳である。だったら対応としては間違っていないのか。。。なんかモヤモヤとしたが、まぁ前述のとおり自分はそういうのはあまり気にしないので、また指摘してこじらすのも気が引けて、そのことは指摘しなかった。

こうして2回目の確認会も終わり、あとは引き渡し日を待つばかりとなった。


Posted by gen_charly