[読み物-04]マンションを買って売った話【5】
入居中の不具合:
このマンションは各部屋に情報端末が設置されていることをウリにしていた。パンフレットにもこの端末によって毎日の暮らしがより便利になる、などとアピールされていたのだが、内覧会の時かなんかに実物を展示するというので見に行ってみたら、なんだか安っぽい端末だった。
この端末はWindowsCEというOSをベースに作られていた。まだiOSやAndroidが情報端末のOSとして使われ始める前ではあったが、だからといってなぜWindowsCEなんか採用したのか。そこは組み込みOSだろう。。。
というのも、このOSは非常に出来の悪いOSとして知られているのだ。自分は職場で倉庫管理用のハンディーターミナルシステムとして稼働するWindowsCE端末を扱っていたこともあって、このOSの出来のひどさは身をもって経験している。こりゃ多分まともに使えないだろうな、と現物を見た瞬間に直感した。
端末は入居時に箱詰めされた状態で部屋の片隅に置かれていた。それを開梱して端末をセットアップし、早速使い勝手をチェックしてみた。機能としては掲示板や回覧板などの情報表示、マンション共用施設の予約、来客時のインターフォン、オートロックの解錠などがメインの機能となるようだ。おまけ機能として伝言板やインターネットブラウザ、メーラー、ブックマーク集なども搭載されている。
だが、そのGUIがまるでイケてない。このOSのアプリ開発はなかなか厄介ではあるので開発チームの苦労が偲ばれる。が、それにしてもひどい。画面遷移がダメダメなのだ。例えば施設予約をするために端末を操作して確定したら反映されていなかったり、入力に不備があってエラーメッセージが出るとそこから前の画面に戻れなくなったり、といった具合だ。
おまけ機能の方は家にパソコンがないんだけどインターネットはやってみたいと思ってたんだよね、みたいな人にとっては興味のある機能かもしれないが、こちらももれなく使いづらかった。文字入力時は画面上にキーボードレイアウトが表示されるのだが、それの反応がイマイチでURLを入力しようとすると物凄くストレスが溜まる代物だった。
インターネット接続したいなら悪いこと言わないからパソコンを買いなさい。
それほどまでにイケてない端末なのだが、インターホン機能だけは注目していた。1階のエントランスに来客があると端末が反応して画面に来訪者の映像が表示される。その後画面上に表示される解錠ボタンをタップするとエントランスの自動ドアが解錠される仕組みになっていた。それ自体は目新しい機能ではないのだが、家に不在の際に来訪があった際、来訪者の写真を数枚撮影して後から参照できる機能があり、これに大いに期待していた。ウチら夫婦は共働きで日中は家を空けているので、不在時の来訪者記録はありがたい。
ところが、イケてない端末なのでインターホン機能もやっぱりダメダメだった。来客時に解錠ボタンを押下しているのにオートロックが解錠されないことが頻繁に発生するのだ。
解錠ボタンを押下した後、モニタ越しの相手が自動ドアとの間を行ったり来たりした挙句、開かないよーと言われる。各部屋にはこのITボードの他に壁掛けの従来型のインターホンも設置されているのでそちら側から解錠することは可能だったが、それ意味なくね。。。
この機能はITボードの目玉である。それがまともに動かないってどういうことよ。ちゃんとテストしたのだろうか。
おまけに半月位経つと例外なく端末がハングアップしている。ハングアップすると来客があっても当然反応しない。再起動すると使えるようになるのだが、ばかばかしくて結局1年も経たないうちに端末を使うのをやめてしまった。
壁掛けのインターホンの方は至って安定動作しているのだが、困ったことにこちらにはモニターが付いていない。ITボードの方にモニター機能を寄せてしまったので壁掛けの方は省略したらしいのだが、この状態だとエントランスに誰が来たのかが応答しないと分からない。これでは迷惑セールスなどが来た時に居留守を決め込むことが出来ない。
更には休日早朝に突如火災アラームを誤発報して住民を叩き起こしてくれたりする。もう心臓に悪いったらない。
もちろんこの事象は我が家に限ったことではなかった。マンション全体でそういうことが多発したので流石に問題になり管理組合を経由してアプリケーション開発業者へ端末の改修を訴えたが、開発業者は納品検収後なので対応できない、という回答。そのうえ交渉途中に廃業してしまうというレジェンドっぷりでどうしようもない。
やむなく販売会社を相手取っての交渉が続けられた。住民側としては、この端末がマンション販売時のアピールポイントのひとつであり、それがまともに使えないのであれば資産価値を毀損しているわけだからちゃんと動く端末に交換すべき、と要求したのだが、販売会社側は、迷惑をかけていることはお詫びをするが、端末はあくまで開発ベンダーのものなので手出しができない。代替案として端末は回収して、改めてモニター付きの据え置き型インターフォンに取り換えたいという主張だった。ベンダーが廃業しているので、新たに業者を選定して1から開発させるにはコストがかかりすぎると踏んだのだろう。
終始主張が平行線のままだったので後に裁判沙汰にまで発展したのだが、結局最後は販売会社側の提案を受け入れることで終息した。
裁判の後半あたりになってくると、iPadが発売されてタブレット端末が身近になって来た。住民側としては人気のiPadで開発されたシステムが使えるようになればより資産価値の向上に繋がるので、iPadに出来ないもんですかねぇ、なんていう意見も上がった。
建物の設備関連は基本向こう何十年にも渡って使い続けるような物なので、その前提なら設備の有無によって資産価値が変動するという主張も頷けるが、IT端末に関して言えばどんなに長く使っても1つのシステムが稼働するのはせいぜい10年程度だから、住民側が主張する資産価値の毀損についてはいうほどでもないような気がする。売却する時に10年前のタブレットがあってもそこに魅力を感じる人はいないだろう。
個人的にはインターホンがタブレット端末である必要はないし、そもそもそれ以外の機能は一切使っていなかったので、オーソドックスなモニター付きインターホンへの交換は歓迎であった。ようやく来客者の顔を見て判断が出来るようになった。
だが、ここまで来るのに8年である。ぼちぼちリプレースを検討していたか、既にリプレースされていた時期であるような気もする。となれば座して待っていれば自然とその時期の流行を取り込んだOSや端末になっていたのではないだろうか。
引っ越すことを考える:
インターホン問題や駐車場の順番待ち、共用施設の予約など、細かい不便はないではなかったが、普段の生活は圧倒的に便利で快適だし、採光や通風は優れている。通勤も調布にいた頃と比べたら圧倒的に楽、ということでその便利さを享受しまくっていた。
そんな中3.11が発生する。本震の時は職場にいたので自宅では被災していないのだが、その後の余震には参ってしまった。高層階なので、建物が大きくゆらゆらと長く揺れるのだ。頻繁に余震が続いたので、揺れていないときでも何となく揺れているような気がしてしまって気が休まらない。これがどうにも気持ち悪かった。
当時最新の耐震基準で建てられた建物だからそう易々と損壊することはないと思うが、それでも震度4とか5というレベルの地震が100回も200回も起こるなんてパターンは想定されていない気がする。これによって建物に疲労が蓄積してどこかで大きく損壊したりすることはないだろうか。そんなことを考え始めるとますます不安になってしまう。
それでも賃貸じゃないから、じゃあ引っ越そうかという訳にもいかない。気持ちに折り合いを付けながらそのマンションで暮らし続けていた。
余震活動もだいぶ収まってきたころ、我が家に待望の第一子が誕生した。チビは自分が思った以上に活発に動き回っていてある日ふと目を離したらいなくなっていた。真っ青になって探したらベランダに出ていた。慌てて出てきた両親を見てにっこり笑ってる。いやいや。。。
もちろんカギはかけていなかったが窓は締めていた。0歳児の力では窓ガラスは開けられないだろうと思っていたからだ。だがそんなことはなかった。ここは15階、万一転落したら絶対に助からない。でもそういうリスクが出始めるのは2歳か3歳くらいになった頃だと思っていた。その位の年齢になっていたら言葉もある程度通じるようになっている筈だから、口酸っぱく言い聞かることで回避できると考えていた。だが0歳である、言葉なんか通じない人間が勝手に窓の外に出てしまうのは非常に困る。
その事件をきっかけにこれまでの地震に対する今後の不安も相まって、一軒家の方が安心して暮らせるのではないか、と考えるようになった。
このマンションはあと数年で大規模改修を迎える。修繕積立金として毎月積み立ては行っているが、それだけでは足りないらしく追加で一時金が必要になるということは入居時に聞かされていた。
これからあれこれお金がかかるであろうマンションに住み続けるより、少し都落ちして今よりも安い物件に移り住めば、子供が事故を起こす可能性も減らせるしローン負担も抑えられる。都内在住というステータスや職場への通いやすさなどは捨てがたいが、それよりも日々気持ちに(更には懐に)余裕のある生活の方がストレスがたまらないのではないか、と考えるようになっていった。
カミさんに今感じている不安感と、住み替えをすることのメリデメを相談してみた。カミさんは今の暮らしに非常に満足しておりここに住み続けたいが、毎月のローン負担がそれなりに家計へのインパクトになっているということも事実なので、その点どうにかしようと思ったら安い家に引っ越すことも仕方ないのかなと思う。だけどもし引っ越すなら、少なくとも今のローンの残金が精算できるだけの価格で売れない限りは無理じゃない?とのことだった。
もちろん自分も何の勝算もなく住み替えたいと言っている訳ではない。丁度その頃ちょっとしたマンションバブルのようなものがあって取引市場が活性化していた。自宅のポストにも同じマンション内で売りに出されている物件の広告が頻繁に入ってきていて、しかもその値付けはなかなか強気なものばかりだった。
強気の価格で掲載されているがあくまで売り主の言い値だ。相場から乖離していたらもちろんいつまで経っても売れない。その点はもちろん前提として理解している。だが、不動産屋に行けば実際にいくらで売買されたのか成約価格が分かる。成約価格はいわば売買の相場である。それがある程度勝算の見込める価格であるなら、試しに売りに出してみてもいいかもしれない。
ということで、ちょっと不動産に行って探りを入れてみることにした。