岩手の地震の爪跡を訪ねて - 17(2011/05/05)

— 亘理から仙台空港 —

目覚ましが鳴り目を覚ますとすでに夜が明け、海の向こうから太陽が顔をのぞかせていました。
コンビニで朝食を買い込み、それを腹に落とし込んでから再出発。

作業をする人の邪魔になるかもしれないので、6時には戻ってこようと思います。

亘理インターの前を通り、沿岸部の畑の農道へ入り込むと、景色が一変します。
畑の中に流れ込んだ瓦礫や車がそのままになっていました。

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そのまま進むと阿武隈川にかかる亘理大橋にぶつかります。
ナビ上ではこの橋が通行止めになっていると出ていたので、近辺を見て回ったら戻る予定だったのですが、実際には特に通行止めになっている風でもなかったので、渡っててみることにしました。

橋の上からは太平洋に昇る朝日が見えました。
普段ならすがすがしい田舎の早朝といった趣なのに、と思うと胸が痛みます。

橋を渡りきって一旦引き返して再度同じ橋を戻りました。

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橋の上から見える光景は、のどかな田園風景といった感じで広がっていますが、良く見ると点々と瓦礫のようなものが散らばっていて、現実に引き戻されます。

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1階の一部が流失して2階が傾いてしまった家。

まだ時間がありそうなので、もう一度橋を渡って、いける所まで進んでみることにしました。

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倒壊したビニールハウス。

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未だ海水が引かない田んぼ。

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傾いた電柱。

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屈辱的な状態で野ざらしになっている車。

少し進むと集落に入りました。

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その集落を抜けて暫く行くと交差点がありました。

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信号は点灯していません。

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思い思いの方向に倒れてしまったフェンス。

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車両や瓦礫の撤去はだいぶ進んだようで、一箇所にまとめられていました。

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民家に突っ込んだままの状態の車。

気が付くと仙台空港まで来てしまいました。
仙台空港の建物は比較的何も無かったかのように見えます。

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空港周辺は道が広く、空港関係の倉庫や工場などが点在しているせいか、はたまた空港を整備するために瓦礫の片づけを優先したのか、余り瓦礫の散乱はみられず、比較的きれいな状態になっていました。

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途中で見かけた看板。
波で傾いたのか柱がゆがんでいますが、地震後に付けられたと思われる看板が泣かせます。。。

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ありえない場所に放置されたセスナ機。

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自衛隊の基地には近辺から回収された車がうずたかく積み上げられています。

時計を見ると6時を回っていました。
ダンプカーなどが走り始め、数台とすれ違いました。

そろそろ邪魔になる時間なので、立ち去ったほうがよさそうです。

再び仙台東部道路の仙台空港インターから高速に入り、仙台若林ジャンクションから仙台南部道路を経由して再び東北道に合流。

道は順調に流れています。

郡山から再び磐越道を経由して常磐道へ抜け、5時間ほどで自宅に無事帰ってこれました。

流石に余り寝ていなかったせいか、自宅に戻って荷物を降ろしたら、疲れて眠ってしまいました。

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いつもどおり旅日記の形式で取り留めのない書き方をしてしまったので、書きたいことが余り伝わらないかもしれません。

沿岸部の被災地の被害状況は、新聞・テレビに出ている情報を聞くだけでも筆舌に尽くしがたく、実際足を運んでもその思いが重くなりこそすれ軽くなることは全くありませんでした。

これらの地域はこれから復興作業がどんどん進んでいくはずですが、ある程度観光客を受け入れられる状態になるまでは、安全の面などから安易な気持ちで行くには危険すぎると感じました。

必要とされる場所に必要とされるマンパワーを提供しにボランティアで行くのであれば、それが一番だと思います。

あるいは見学するだけにしてもある程度目的を持って出かけて、それによって何かを得て帰ってこれるなら、東北の人たちは気がいい人が多いので、ある程度は大目に見てくれるのかもしれません。

見事復興した暁には、また遊びに行きたいと思いますし、出来るようなら従弟とまた釣りに出かけたいと思っています。

一方、内陸部は比較的被害も少なく、勿論、所々に生々しい傷跡もありますが、割と平常な状態に戻ってきているように感じました。
しかし、沿岸部の被害状況が連日報道されていることで、被災地に対しての遠慮があったり、余震に対する恐怖もあって、今回はどこへ行ってもゴールデンウィークとは思えない人気の少なさでした。

そのことで、普通に営業が出来る状態なのに、観光客が来てくれず、苦しい経営を強いられている店も沢山あると聞きます。
もし、観光に出かけたいと思っている方がいましたら、内陸部であれば遠慮なく出かけてください。
きっと東北の人たちの復興の力になるはずです。

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今回の旅で何よりの収穫だったのは、被災した親戚の人たちの生の声が聞けた事です。
みんな気のいい人たちで色々もてなしてくれたので、励ましに行ったのか励まされに行ったのかよく分からなくなってしまいましたが。。。

赤ちゃんが生まれたばかりで大変な時期なのに、原付の野次馬根性に付き合ってくれた従弟には本当に感謝です。

冒頭で触れたとおり、岩手・宮城の辺りは2000年代に入ってから数多くの大地震を経験してきています。
10年の間にこれだけの大地震に見舞われているのに、当地を離れずに住み続ける忍耐強さは特筆に価すると思います。

2000年代以降、全国的にも規模の大きい地震が多発し、地震の活動期に入ったとも言われていますが、一連の地震の一つの結末が、今回の3・ 11だったのかもしれません。
あるいは今後未だ発生していない大地震に見舞われるのかもしれません。
用心しておくに越したことは無く、現地で見聞きしたことは原付にとってまたとない経験となりました。

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今回の旅はいつもと違って重い展開もありました。

最初は行ったら邪魔になるのではないかと思っていましたが、何かしらの支援をしたい気持ちが半分と、野次馬的に現地の状況を見て回りたい気持ちが半分で結局思い切って出かけました。

勿論後ろめたさもありましたが、最終的には行ってよかったと思います。
大上段に構えて何かを語るわけではありませんが、少なくとも自分の身近な人たちに今回の旅で分かったことを伝えて、今後いつ来るか分からない災害に対して何らかのアドバイスをしていきたいと思いました。

東北はいいところですよ。

Posted by gen_charly