南東北の旅 - 4(2012/08/12)
— いわにしみいる —
しょっぱなから割とパンチの効いた急段の洗礼を受けて、登り始めて早々に汗が噴き出し始めました。
この石段を一段登るごとに煩悩が消滅していくのだそうで、奥の院に着く頃にはきっと煩悩が消え去って真っ白に漂白されたような無垢な心境になっている事を期待しつつ、登っていきます。
汗を拭き拭き、一つ目の折り返しを曲がって暫く進むと、「せみ塚」と呼ばれる場所に到着。
案内の看板に上に記載した芭蕉の紀行文が掲載されていて、懐かしいと感じると共に、少し記憶違いをしている箇所があることに気が付きました。
(上の文章もこの看板に出ていた文章を引用させてもらいました。)
ちなみに、せみ塚とは、芭蕉がこの地で詠んだ件の句の短冊をここに埋めて石碑を建てたという場所だそうです。
この辺りには岩をくり貫いて墓標のようにしている箇所が沢山あるのですが、これは墓石の代わりでしょうか。
その中にまた新たに看板が掲げられている場所がありました。
その看板には「弥陀堂」と書かれていて、どうやらこの壁面に仏様の顔が浮かび上がっているようなのですが、原付はいくら目を凝らしても一向に仏の顔は見つけられず。。。
ここの仏様の顔が分かると幸福が訪れるとのことですが、原付はまだまだ信心が足りないようです。。。
実はこれ、後に見た地図で知ったのですが、写真のように一部分だけを見ていたのでは仏様の姿は拝めないらしく、もっと全体的に見ないといけなかったようです。
そこからもう少しだけ登ると「仁王門」に到達。
仁王門では仁王様と閻魔様が睨みを利かせていて、邪心のある人はそれ以上登ることができないようになっているのだそうです。
通せんぼされないよう神妙に通過し、更に数段の階段を登ると、道が二手に分かれました。
左手には開山堂が見えていますが、順路は奥の院から先に回るようになっているようで、看板には奥の院方向に矢印が出ていました。
その看板のある場所に建っているのが「性相院」、更に少し進むと「金乗院」 に至ります。
金乗院の前にはなにやら寺のそれとしては見慣れない物がありました。
神社で言えば鈴が吊り下げられている場所に、巨大な数珠が吊り下げられているような格好になっていて名前を「ぴんころ車」 というそうです。
普段はピンピンと、死ぬ時はコロリと逝けるようにという願掛けになっているとのこと。
折角なので一周回してみました。
数珠のような玉の一つ一つがゴロゴロと音を立てます。
何だかマニ車みたいですね。
そして更に階段を登っていくと次に見えてきたのが「中性院」。
この寺は軒先に「おびんずるさま」と呼ばれる少し険しい顔をしたなで仏が祀られています。
なでることで病気を治して無病息災のご利益が得られるそうで、もちろん精力的に撫で回してきました。
さて、ここまで登ると奥の院は目と鼻の先。
最後の一頑張りでようやく奥の院に到着。
仁王門までは景色に余り変化のない登りだったので結構きつかったのですが、仁王門から先は寺ごとに休憩を挟みながら登れたので余り辛さを感じることなくたどり着きました。
しかし。。。
奥の院の雨戸は固く閉ざされたままで中の様子を伺うことは出来ませんでした。
後で一関のおじさんに聞いた話によると、普段から開いていないらしいですが。。。
仕方がないので本堂の前をぐるりと一周回って、今度は下りのコース。
奥の院から今しがた登ってきた参道を逸れるように道が続いていて、そこを進んでいくと「華蔵院」という寺があります。
その脇に「三重小塔」なる塔が建っているということなので、見に行ってみると。。。
ご覧のとおり、その名に違わぬ実にこじんまりとした塔でした。
しかも岩屋の中に鎮座していて、手前には格子がはめられているのでイマイチ見づらかったです。。。
— せみのこえ —
そしていよいよ山寺めぐりのメインイベントと言っても差し支えない開山堂へ。
さっき道が二手に分かていた箇所を開山堂のある方へ進んでいきます。
結構急な崖に石垣を積んだ石畳の遊歩道になっているのですが、そこには手すりがなく、少しスリリングな感じです。
手すりがない分見通しが良く、「開山堂」と脇に建つ「納経堂」が見渡せる絶好の撮影ポイントです。
実際には上の写真のような感じなのですが、試しに納経堂だけをクローズアップしてみると、
なんだかとんでもない絶壁に建てられているかのようにも見えます。
その開山堂を右手側に進んでいくと、その先に山寺でもっとも行きたい場所である「五大堂」に至ります。
ここは懸作りの舞台のような形状になっているために、非常に見晴らしが良い場所です。
五大堂から見た山寺の町並み。
吹き抜ける涼しい風に当たっていると、登り道でかきまくった汗がスーッと引いて行き、とても心地よい場所です。
涼風に当たりながら、ふもとの町並みやその向こうの山々を眺めたり、眼下に見える今さっき登ってきた参道を眺めたりしていると、芭蕉がここで見たであろう風景が脳内で再生されたような錯覚に陥りました。
呼吸も整い疲れも幾分癒されたので、ぼちぼち山を下ることにしました。
原付たちが五大堂にいる間、他にやってくる人はなく、さながら貸しきり状態で楽しめました。
まさに早起きは三文の徳。
実際、戻り道ではようやく登り始めてきた参拝客と何人もすれ違って行ったので、その中にいたのでは、こんなに清々しい気分にはなれなかったかも知れません。
そんな訳で無事に麓まで降りてきました。
ちなみに、後日とある廃道探索者のサイトを見て知ったのですが、この山寺、下山時に楽に下れるように滑り台を設置していたらしいのですが、それだけでもなんだかなまぐさというか登りで苦労して消し去った煩悩を全力で取り返すような雰囲気を感じないこともないのですが、あまりにも急傾斜だったせいで、カーブで勢いがつきすぎてコースアウトして負傷する人が続出したとかで、程なく廃止されたとのこと。
その遺構は藪に埋もれて今も静かに佇んでいるらしいです。。。