九州初日の出 - 8(2013/01/02)

— 本当の本土最南端 —

おじさんの後について、神社の所まで戻り、鳥居のある正面の参道を下っていくと、道が枝分かれします。

20130102_102921

片方は立ち入り禁止の札が下げられているのですが、おじさんはそのロープを軽く跨いで先へ進んでいくので、原付たちも後に続きます。
ロープの先にも踏み跡はしっかりと続いていて、歩行が困難な場所はなさそうです。

20130102_105142

100mくらい歩くと石碑が建つ分岐に出ます。
左はさっきおじさんが言っていた渡し舟が出る海岸へ降りる道との事。

20130102_103157

分岐点の石碑は、「燈臺(とうだい)局所轄地」と書かれていて、ここから先が佐多岬灯台の敷地一帯だった事を表しているそうです。

原付たちはここを右へ。
更に少し歩くと、行く手に石積みの廃墟が見えてきました。

20130102_103456

歩道になっている場所には屋根瓦が散乱し、歩くとカシャカシャと音を立てます。
単なる倉庫か何かの残骸かと思っていたら、

20130102_103548

「ここはかつて灯台守の宿舎があった場所で、灯台守はここから島の灯台まで通っていました。戦時中に空襲があって全て焼けてしまって以来、そのままの状態です。」

まさかこんなところで戦争当時から残る廃墟に出会えるとは思っても見ませんでした。

20130102_103533

一番手前の建物は、既に屋根が落ちてしまい、窓や戸があったであろう開口部から、周囲の森の一部と化してしまった室内(だった場所)が見えました。

20130102_103619

一帯には数戸の建物が残っていて、まだ屋根が残っている建物の中は板の間や押入れなどの建具が残っている場所もあります。

かつての灯台守の人たちがここでどんな暮らしをしていたのか想像するとなんだかわくわくしてきます。

ちなみに、この宿舎には子供たちの姿も有ったそうですが、学校が近くになかったので、当時の子供たちは片道2時間かけて学校に通っていたとおじさんが教えてくれました。

2時間って簡単に言いますけど。。。
帰りが少しでも遅くなれば辺りは街灯一つ無い真っ暗闇で、しかも道は山道。
遭難してもおかしくありません。

20130102_103643

歩道沿いに建つ建物の裏手にも何軒かの建物が見えたので、可能であればこの廃墟をもう少しじっくり探索してみたかったのですが、流石にそれを言い出すことは出来ず、さらっと眺めるだけでした。

宿舎跡を抜けて再び獣道を進み始めた一行。

20130102_103743

宿舎跡を過ぎてからは道が尾根の上を通る場所が徐々に増えてきて、自分が歩いている場所の両側が切り立った崖になっているような所を何度か通過。

そのさなかふと足元を見たら、茂みの中に居たニホンザルと目が合いました。
サルは直後に茂みに逃げてしまいましたが、思わず「サルがいた!」と声を上げると、 カミさんはどこどこ?とテンションを上げたのですが、おじさんは事も無げに、

「サルとかイノシシはこの辺に沢山いますよ。」

とのこと。。。

20130102_104019

それから灌木が両側に茂る尾根道をもう少しばかりおじさんに付いて行くと、とうとう三方遮るもののない先端部に到着。

「はい。本当の本土最南端ですよ。」
20130102_104125

思いがけず足を踏み入れることとなった本当の本土最南端はやせた尾根の先にありました。

20130102_104134

背後を振り返るとさっき見た展望台が見えることからもそれより更に南に来ていることは明らかです。

20130102_104219

反対側へ振り返ると、田尻集落のある方向が見渡せます。
天気は穏やかではあるものの、気温が高いせいかやや靄がかってしまっていて、種子島なども含め、遠くの島などを目にすることは出来ませんでした。

20130102_104238

一方足元に目を向けると、崖の下に目の覚めるような鮮やかな青い海が穏やかに広がり清々しい気分になります。

ちなみに、ネットで「本当の本土最南端」で検索すると、この場所ではなくシェルパ斉藤さんが開拓したと言う、海岸沿いに最南端へ向かう道にチャレンジしている人の記事ばかりで、こちらはかなり穴場的なスポットのようです。

まぁ、確かにそっちの方がリアルに最南端という事になるのでしょうが、それを言ったら、ほぼ本土の属島と言っても良い灯台のある大輪島に上陸した釣り人の方が余裕で最南端を物にしている事になるわけで、この辺は余り深く追求しない方が良いのかもしれません。。。

20130102_104154

何はともあれ、基本的に立ち入り禁止のマル秘スポットに入り込んでいるという優越感も加味されて、達成感は格別です。

20130102_104245

またおじさんにお願いして記念撮影をして貰っているときに、すぐ脇が人工的な石積みになっていることに気が付いたので聞いてみると、元々ここにも簡易的な展望台が設けられていたらしいです。

また、今後の展開としてここを整備して本当の最南端の展望台として公開する事を計画していると言っていました。

10分くらい最南端を堪能していたら、そろそろ行きましょうか、と声がかかったので岬を後にしました。

20130102_105351

行きに比べて帰りはあっという間に感じるのはいつものこと、神社を経由して出発の時に通ったトンネルの場所まで戻ってきました。

20130102_105848

その帰り道の途中、来るときに通ったレストハウスの廃墟の脇を抜けるときに、おじさんがかつての佐多岬の様子に付いて教えてくれました。

いわく、昭和40年頃の旅行ブームの時には佐多岬もかなりにぎわったそうで、年間30万人からの観光客が押し寄せたそうです。
それからも主に団体客を中心にそこそこの客足があったが、近年は他の観光地の例に漏れず、客足がだいぶ遠のいてしまったとのこと。

当時はひっきりなしに団体客を捌いていたレストハウスや展望台は、いよいよ建物が老朽化してきたので解体することにしたのですが、何せ遊歩道しかない道なので重機が入れず、トンネルの先から展望台まで機材運搬用のロープウェイ(上の写真のやぐらがそのロープウェイの支柱)を通して荷物の受け渡しをしているとのことです。

Posted by gen_charly