岩手へ【1】(2006/03/16)

2月に金沢にいる弟一家を訪ねて我々の入籍報告とカミさんの紹介に行ってきたのだが、その際、お袋から岩手のみんなにも挨拶してきなさい、と言われた。

岩手はお袋の実家で、じいちゃんばあちゃんや親戚、従弟などが暮らしている。自分も両親が離婚する前までは帰省で年に1度か2度訪問していたのだが、両親が離婚したときに自分は父に引き取られることとなったため、以降は疎遠となっていた。最後に行ったのがもう16年も前である。細かい話は上記リンクを読んで頂ければと思うのでここでは割愛するが、流石に今更お久しぶりです、なんていって顔を出すのはちょっと気恥ずかしいし向こうも戸惑うのではないかと思い、当初は岩手のみんなへの顔見せはしないつもりだった。


だが、お袋から岩手へ行くことを強く求められたので、結局岩手にも顔を出しに行くことになった。お袋から岩手へ訪問する旨を伝えておいてくれるということだったので、出来るだけ間を空けずに行った方が良いだろうと調整した結果、3月16日から4日間で訪問することが決まった。

前回はカミさんの紹介のためだけに金沢へ行ったので現地であまりゆっくりできなかった。今回もまた自分の身内に会わせるだけで終わったらカミさんも流石にくたびれると思ったので、今回は金曜日を有休にして少し観光して回ることにした。カミさんの親戚はもっぱら九州方面にいるので、東北へはあまり行ったことなないらしく、観光すると聞いて楽しみにしているようだった。

金曜日は観光した後、夕方くらいに訪問したい、という旨を伝えたら、盛岡で暮らすお袋の妹(以下、叔母さん)が家に泊って行きなさい、と言ってくれたので、そこで一泊お世話になることにした。そのため観光は盛岡起点で行ける場所から探すことにした。


3月16日は自分らも出勤なので、業務後に寝台列車で向かうことにした。と言っても東北本線の寝台列車は殆ど廃止されてしまって、今では北斗星とカシオペアしかない。どちらもチケットの入手が困難なうえ盛岡にはかなり早い時間に着いてしまうので、時間調整を兼ねて奥羽本線を経由して青森へ向かう、寝台特急あけぼの号を利用することにした。

あけぼの号を使うと秋田で降りてそこから秋田新幹線で盛岡へ向かうコースとなる。やや無駄なルートと言う気がしなくもないが、寝台特急と秋田新幹線に乗りたかったのと、未訪である秋田県への第一歩を記したいと思ったのとで、計画の見直しはしなかった。

チケットを手配したところ、今回はB寝台個室ソロの部屋を2部屋確保できた。久々の個室寝台なので楽しみ。
ちなみに切符も前回同様、北東北フリーきっぷというのがあったのでそれを利用。利用条件は北陸フリーきっぷと同様である。


寝台特急あけぼのB個室ソロ:


2006/03/16

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仕事を終え、自宅で準備を済ませて上野駅へと向かった。

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程なくあけぼの号が入線し、指定された号車の入口から列車に乗り込むと、、、

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通路が大変なことになっていた。なんだこの狭い通路。通路奥に立っている女性の左右を見たら、いかに狭いかが分かると思う。恐らく60cmとかそのくらいしかなさそうだ。

この状態ではすれ違うことすらままならないな、なんて思ってたら、我々の個室へと向かう最中、向こうから歩いてくる人とすれ違う羽目になった。もちろんこの狭さでは体を触れずにすれ違うことなど無理である。仕方ないので空いている個室の入口に一時退避してやり過ごす羽目になった。もし、個室が満室で扉が閉まっていたら通路の端まで下がらなければならなくなるだろう。

いくら個室の広さを確保するためとはいえこれはあんまりだなぁ、と思った。この狭さではちょっと大きなスーツケースなどを持参している人なんかは通路に入れないかもしれない。


今回は2人での旅行なので、個室の上段、下段で2部屋確保した。なので両方の個室の違いなどもチェックできるまたとないチャンス。
で、その個室だが、何故か入口がものすごく低い。腰をかがめて通らなければならないほどだ。なんでこんな穴倉に入るようなことを強いるのだろうか。

なんか自分がガリバーにでもなって小人の国の電車に乗っているかのような気分で、指定された自室の扉を開けた。
今回自分は上段、カミさんは下段というフォーメーションだ。

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こちらが上段個室の内部。部屋を見た最初の印象は、中は思ったより普通だな、だった。だがそれはここまでさんざんせまっ苦しい所を通らされてきたことによる錯覚だと気づくのにそれほどの時間はかからなかった。

寝台が半分くらい畳まれた状態になっている。このままでは横になることが出来ないので、就寝時は左側のマットを展開する必要がある。だが、それによって靴のスペースと室内の階段が塞がれてしまい、入口扉も開閉不能となる。
つまり、就寝後に何らかの事情があって外に出なければならなくなった時には、都度ベッドを畳まなければならないのだ。

まぁ、割り切りだ、と言われたら、そうなんですか、と言うしかないが、もう少しマシな設計に出来なかったものだろうか。


とはいえ個室に籠ったら、就寝時まで奥のソファ部分に腰掛けて夜景を眺めるもよし、テーブルもあるので食事するもよしで、案外快適そうだ。
・・・と思っていたのだが、列車が走り出したらこのソファが進行方向と逆向きであることが発覚した。自分は動く乗り物に後ろ向きに座るとすぐ酔ってしまう体質である。案の定、大宮にもたどり着かないうちに気分が悪くなってきた。

ちょっと気分転換にカミさんのいる下段寝台を見学しに行くことにした。

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下段の方は、上段と較べたらトリッキーさがなく、ベッドを展開したままでも扉の開閉が可能になっていた。

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ただし、部屋の一部に上段の個室の階段部分がはみ出していて、そこだけ天井が下がっている。で、なぜかそこにソファーの背もたれが。
ここに座るのは無理じゃなかろうか。。。

これ、下手したらカプセルホテルの方がまだ広々して快適なような気がする。。。
個室になってるだけマシだろ、というJRさんからのありがたいメッセージと受け取るべきなのだろうか。

寝台料金がカプセルホテルと同等くらいであればこれでも充分我慢できるが、これでそこいらのビジネスホテルに泊まるくらいの値段を取られるのである。もちろん運賃や特急料金とは別に。


寝台列車の旅は多くの人にとって憧れの対象だと思うが、それでこれに乗らされたら興ざめもよい所。前日の晩に新幹線や飛行機で現地入りして、ビジネスホテルに泊まった方がよほど快適である。そりゃ寝台列車がどんどん廃れていくわけだ。

・・・と、なぜこれほどまでにこき下ろしているかと言うと、自分は1991年に広島を旅した時に寝台特急富士号のソロに乗ったことがあり、その時の印象が自分のB寝台個室に抱くイメージのベースになっていたからだ。

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これはその時に乗車した個室の写真だ。同じ上段の寝台だが、ご覧のとおりかなり広々としているのが分かると思う。もちろんベッドを畳む必要はない。
この部屋も今回の個室と同じグレードのB寝台である。なので、今回の部屋のあまりの貧弱さに声を上げずにはいられなかったという次第。

まぁ、このあけぼの号も既に記憶の中の寝台列車となってしまったので、言っても詮無いことではあるが。


下段の個室の見学を終えて少し他愛もない会話をしたあと、再び自室に戻った。
前述のとおりソファに腰掛けていると気分が悪くなってしまうので、やむを得ず寝台を展開して反対側に腰掛けていたのだが、そんなときに限ってカミさんが扉を叩く。

そうしたら寝台を畳んで扉を開けて、という動作をしなければならない。どうしてこうなった。


宇都宮を過ぎたあたりから見慣れない景色になり一頻り見とれていた。と言っても駅を通過するとき以外は森で真っ暗か、街の明かりが見えるかだけなのだが。。。
普段なら折角の個室寝台の旅を心行くまで満喫するのだが、仕事帰りで疲れていたせいか日付が変わって少しした頃には眠りに落ちていた。

Posted by gen_charly